クリスマスver.
◇◆◇
クリスマスイブの夜、
街の灯りはまるで星が降ったみたいにきらめいていた。
イルミネーションの光が雪に反射して、
世界全体が白く、やさしくぼやけて見える。
パーティー帰りの俺は、
手に持ったケーキの箱を片手に、静かな裏路地に入った。
通りを抜ける風が、マフラーの端を小さく揺らす。
「……ちょっと、あったかいものでも飲むか」
路地の角に、一台の自販機がぽつんと立っていた。
真っ白なボディに、金色の雪の結晶が描かれている。
電飾が淡く瞬き、どこか神聖な雰囲気さえあった。
ラインナップは普通だった。
ホットコーヒー、ミルクティー、ココア……
けれど、一番下の段に、一つだけ違う缶が並んでいた。
『きみ』 120円
白地に銀の文字。
ただそれだけ。
なのに目を離せなかった。
「限定デザイン、かな……」
そう呟いて、小銭を投入した。
カシャン――
冷たい金属音と共に、缶が落ちてくる。
拾い上げると、不思議なことに少し温かい。
掌の中で脈打つように微かに震えていた。
プシュッ。
タブを開けると、
白い蒸気がふわりと立ち上る。
その香りに、胸がきゅっと締めつけられた。
――懐かしい匂い。
冬の夜、公園で隣に座って笑っていた“あの人”のシャンプーの香り。
「……まさかね」
そっと一口。
舌に触れた瞬間、視界が揺れた。
味は、
あの日言えなかった言葉みたいに、
あたたかくて、苦くて、泣きたくなるほど優しかった。
缶を見下ろす。
いつの間にか、ラベルの文字が変わっていた。
『おれ』
……息を呑む。
自販機が小さく光った。
その中の液晶には、ぼんやりと映る俺の顔。
だが、それは“今”の俺じゃなかった。
――五年前の俺。
まだ、彼女が隣にいた頃の俺。
「……戻りたいの?」
どこからともなく、声が聞こえた。
やさしく、切ない声。
振り向いた先には、雪の中で微笑む“彼女”の姿があった。
「……メリークリスマス」
そう言って、彼女は自販機の中へと溶けていった。
銀色の光が一瞬だけ夜を照らす。
気づけば、俺の手には空の缶だけが残っていた。
缶の底には、小さな文字が刻まれている。
『また、逢いたいときにどうぞ』
◇◆◇
次の日の朝。
同じ場所を通りかかると、
自販機の最下段に新しい缶が増えていた。
『あなた』 120円
雪の反射で、缶が淡くきらめいていた。
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