第3話 巫女・冒険者(トラベラー)と導き手Ⅱ

 「おはよう。

 シュウ、いい天気だよ。」

 目を覚ますと、少年姿の蓮がベッドの横に立っていた。


 僕がベッドの横に置かれていた服を持ってシャワールームに入ると、蓮は昨晩のようにベッドをマジックバッグに収納し、テーブルとイスを出すと、朝食を並べ始めた。

 今朝のメニューは、クロワッサン、ハムとスクランブルエッグ、ポテトサラダの一皿にオレンジジュースだった。美味しかった。

 その後、蓮が再びテーブル類を片付けると、僕は寝る前に聞いていた話の続きを促した。


 「蓮、昨日の話の続きなんだけど、お菊さんが導き手をしてる櫻様って、先代巫女のひいおばあ様?」


 「そうだよ。菊様、今は導き手というよりも邸の奥を取り仕切っておられるから、そう見えないだろうけどね。櫻様が大好きすぎて、2回目の導き手だって。櫻様が生まれ変わってくるとわかるとすぐに神代家に現れたらしいよ。」


 「えっ?2回目?生まれ変わり?」


 「うん。

 500年くらい前にも櫻様の導き手だったって。

 その時は桜子という名前だったらしいけど。

 今の櫻様と同じ魂だからすぐにわかったって。

 菊様は櫻様にまた会えると信じて、ずーっと待ってたんだって。すごいよね。」


 「えっ?500年?

 それに導き手ってことは人ではない?」


 「そう。シュウは人の姿の菊様しか見たことがなかったっけ!?

 菊様は白いお狐様だよ。500年以上生きている九尾の狐だ。だからものすごく力もある。しばらく神仙界にもおられて、こちらでは神様として祀られてもおかしくないくらいだよ。」


 「へっ、へー。」

 また、僕の頭がクラクラしてきた。まだ頭が目覚めてないのかな?話についていけない。


 「あっ、これ。

 菊様から預かっていたシュウの剣だよ。

 菊様が、知り合いの鍛冶の神に頼んで作ってもらったって。今はポケットに入る大きさだけど、使うときにはシュウの体に合った長さになるらしいよ。それに大きさはシュウの成長に合わせても変わるらしいから、一生モノの剣だね。鍛冶の神は火の神でもあるから火の魔力とも相性がいいよ。」


 そう言って、蓮は僕の手のひらに剣を置いた。

 本当に、手のひらサイズのオモチャのような小さな剣だった。「使えるのか?これ。」と思ってしまった。


 「まだ朝も早いし、周りには人の気配もない。

 よし。

 シュウ、出発前に魔法の練習をしておこう。」


 「へっ?

 魔法の練習?」


 「そうだよ。この世界は魔法がある世界。

 でも、使い方がわからなければどうしようもない。」


 「そ、それはそうだけど……。」


 「じゃあ、やってみよう。

 手を出して。ボクがシュウに魔力を流すよ。」


 蓮が僕の手に自分の手を重ねた。手のひらからじんわりとナニカが僕の中に流れてくる。


 「感じた?」


 「うん。

 ナニカがじんわりと流れてきた。」


 「その感じ、初めて?

 何かに似てない?」


 「似てる何か? うーーん。

 言われてみれば感じたことがあるような……。」


 「あっ、そうか。

 体術のときに気を体に巡らせるのに似てるんだ。」


 「そう、正解。

 じゃあ、自分の体に気を巡らせて、手のひらから水を出すのをイメージして。

 魔法はイメージが大事だからね。」


 僕は蓮に言われるように、気を全身に巡らせたあと、気が水となって自分の手のひらから湧き出す様子を思い浮かべた。精神を統一し、集中して行っていたら、しばらくして手のひらからじんわりと水があふれ出してきた。


 「やったね、シュウ。

 それができたら、後は練習あるのみ。

 でも、今は基本だけ一通りやって、後は移動中に時間を見つけて練習していけばいいよ。」


 「うん。わかったよ。」


 感覚をつかんだ後は、水・火・風・土の魔法の基本的な使い方を蓮から学んだ。特に、火の魔法を剣にまとわせ斬るというのは元の世界にはないから、実際にやってみて初めて感覚がつかめたよ。一通りは使ってみたけど、剣を使う場合は、しばらくは相性のいい「火」を中心にすることにしたんだ。

 ただ、これらの練習は、すべて蓮が張った結界の内で行ったので周囲からは何も見えていないとのこと。僕からは周りの様子が見えているのに、周りからは見えていないなんて……。不思議だ。確かに見渡すかぎり砂ばかりで人は1人も見えない。

 夜、人が1人も通らないのは危ないからだってわかるけど、昼間はさすがに通るだろう。例えば、商人の一行なんかが通ったらどうなんだろうと蓮に聞いたら、「大丈夫、大丈夫。誰も気付かないよ。」だって。そんなはずはないだろうと思っていたら、この結界は、周囲から中のものを隠すだけではなく、感じ取れないし、モノが当たらないように避けることもできるんだって。巨大な見えないシャボン玉のようなものがふわふわ浮いていて、人や動物やモノが近づいても一定の距離をおいて避けるらしい。便利だ。

 しかも頑丈だから、強大な魔力をぶつけても壊れないから、遠慮しないでガンガン練習してねって言われた。言われるまで考えもしなかったから、気にせず練習してたけど。


 「じゃあ、そろそろ出発しようか。

 今いる場所の大体の位置がわかったら、キリハに連絡して、待ち合わせる場所を決めよう。」


 「うん。わかった。」


 「ああ、出発する前に、いくつか決めておいた方がいいものがある。例えば2人の関係、とかね。」


 「そうだね。」


 蓮と話し合って決めたこと。

 僕は商家の息子で将来のために今回の商談についてきたが、旅先の市場で浮かれすぎて、つい同行の者たちとはぐれてしまったので、はぐれた場合の落ち合う場所と決めていた町に従者の蓮と向かっているところ。そのため蓮は少年の姿でいること。蓮は15歳くらいの姿にしているらしい。僕は髪と瞳の色は変わっているけど、姿は7歳のままだ。蓮によると僕たちの顔は目立つということで、普段はフードで顔が見えにくいようにしたがいいそうだ。「さらわれて売られるぞ」と脅された。まぁ、僕たちは自分の身くらいは守れるが、あまり目立たない方がいいのは確かだ。



 あぁ、そうそう。お菊さんにもらった剣には「朱理しゅり」と名付けた。そして、その時に剣の柄に埋め込まれていた石(ピジョン・ブラッドと呼ばれる赤い石だ)に僕の魔力(神力?)を流した。これによってこの剣(どう考えても神剣だと思うけど)は完全に僕以外は使えなくなったみたいだ。これは“契約”なんだって。名付けと魔力による契約。僕と蓮、桃香と桐葉も契約していて、僕たちの場合は名付けと血による契約。だから、蓮たちには僕たちの場所が離れていてもわかるらしい(すごい)。でも、名前は付けたけど、血?いつ?

 あれっ?て顔をしてたのか、蓮が「シュウが剣術の修行中、剣を鞘に入れるときに指を切ったことがあったろ?そのとき舐めた。」と教えてくれた。ついでに「キリハも、モモカが転んで膝をすりむいたときに舐めてた。」と、桐葉のこともばらした。その時に蓮が、「なんでボクにれんって名を付けたんだ?」って聞いてきたから、僕も教えてあげたんだ。「僕は庭に咲くはすの花が好きなんだよ。その中でも白くて花びらの先がちょっと桃色なのが1番好きなんだ。蓮の毛の色が似てるって思ったんだ。そこからだよ。」って。それを聞いた蓮は、なぜかちょっと照れくさそうでうれしそうだった。ちなみに桃香が桐葉と名付けたのは、おばあ様の部屋にある桐だんすについている「桐の葉の紋」からだ。桃香は、なぜかあの紋が大好きなんだ。見るたんびに「このマーク、かっこいいでしゅね~。」と言っている。3歳児なのに好みが渋いよね。


 「じゃあ、出発しよう。

 辺りに、人の気配もしないし、結界を解くよ。」


 「うん。わかった。」


 こうして僕たちの桃香たちと再会するための旅が始まったんだ。



 その頃、桃香たちは……。


 「うひゃーーーっ。おちてましゅーーー。」

 ドサッ。


 「いたっっ……くない?あれっ?」


 「ふぅ。危なかったな、モモカ。

 われが間に合わなかったら大ケガするところだったぞ。」


 「あれっ。きりは、なんでひとのしゅがたになってるんでしゅか?」


 「ああ、こっちの姿の方がモモカを落とさないだろうと思ってな。」


 「そうでしゅか。ありがとでしゅ。」


 桃香は人の姿になった桐葉にうまく抱き留められていた。

 桃香の後から洞穴に飛び込んだ桐葉だが、重量と身体能力の違いから桃香より先に着地し、桃香にケガさせることなくキャッチしたのであった。

 さすがシルバーウルフ。ついでにできる男である。

 だから、今、桃香の顔の近くには、焦げ茶色の髪に灰色の瞳の20代後半に見えるイケメンがあった。人の姿になった桐葉である。

 これまでに何度も見ていた桃香は、別に驚きもせず、「ふわぁ~、イケメン、イケボでしゅね~」などと呑気のんきに思っていた。

 3歳児であってもイケメン、イケボという言葉は知っている。なぜか。イケメン、イケボ好きのお母様の教育の賜物(?)である。お母様のイチオシはお父様だそうだが。ラブラブである。お父様に一目惚れしたお母様がイロイロと攻略して落としたそうである。さすがである。

 お菊さんたちから「桃香は、お母様のような迫力あるゴージャス美人を目指さなくていいのよー。系統が違うからー。」と言われ、自分は美人さんになれないんだと思い、しょぼんとなった桃香であった。美人でないとは誰も言っていない。だが、系統が違うと言われても、3歳児の桃香には当然わからない。桃香は美人だ。清楚系(に見える)なだけだが、本人が何を言われているのかわかるのは多分数年後だろう。

 まぁ、それは今はどうでもいいのだが……。


 「モモカ、どこか痛いところはあるか?」

 桐葉は、桃香を地面に下ろして自分の目視と本人に尋ねることでケガがないか確認する。


 「うーーん。いたいとこ……、ないでしゅ。」


 「そうか。

 これからは、勝手に走り出すなよ。」


 「あい。ごめんでしゅ。」


 「それと、モモカ。

 今から吾が言うことをしっかり聞いてくれ。

 わからなかったら言うんだぞ。」


 「あいっ。……?」

 元気に返事をしつつも、何だろう?と首をかしげる桃香。


 「モモカ、今、自分の髪の色、わかるか?」


 「ふぇ?

 かみのいろでしゅか?ももかのかみは、くろいろでしゅよ。」

 そう言いながら自分の髪をさわる桃香。そして、つまんだ髪の毛を見てびっくりする。


 「へっ?

 きりは、へんでしゅよ。ももかのかみ、ピンクでキラキラしてましゅ。

 しょれに、まっすぐしゃらしゃらなかみが、くりんってなってましゅよ。

 なんででしゅか?」


 「ああ、そうだな。

 それに、目の色も金色になってる。

 服も白い狐から、白い兎になってるぞ。」


 「えーーーっ。ほんとでしゅか?

 きちゅねしゃんでないと、おきくしゃんががっかりしましゅーーー。」


 一瞬、なぜそこなのか?と思う桐葉であったが、桃香が自分のフード部分やしっぽ部分を確認しているのを黙って見ていた。


 「ほんとでしゅ。みみがながくて、しっぽがまるいでしゅよー。」


《キーーーッ。妾(わらわ)のかわいい桃香の子狐姿を 勝手に変えるなんてーー。許すまじ💢💢》


 「んっ?」

 何かが聞こえた気がした桃香であった。


 一方、菊様の怒りの声を聞き取った桐葉は、これは後が大変だぞと苦笑いをするしかなかった。

 桐葉は、桃香が自分の姿を確認するのを見ながら、「さて、何をどのくらい話したがいいのか」と考えていた。

 桐葉と蓮は導き手としての訓練のために、異世界にも何度も行っていた。その経験からここが異世界であることはなんとなくではあるがわかった。ただ、自分が行ったことがある世界のどれかなのかは、まだわからなかった。しかし、異世界の中には、ピンクゴールドの髪色と金色の瞳を持つ者を“聖女”と呼び、信仰の対象とする世界があることを知っていた。だから、「ふむ。モモカのあの色は注意が必要だな。」とは思っていた。

 それと、桃香がこれまでに知っていることと今、ここで教えたがいいことを考えていた。


 桃香は、まだ3歳なのだが、少しずつではあるが巫女の教育(?)を菊様から受けていた。それは、桃香が瞳に金粉を持って生まれてきたからだ。

 神代家には、稀にではあるが、瞳に金環や金粉が現れる子が生まれることがあるそうだ。大体、誕生後1週間以内に2~3回現れるだけなので注意して見ておくようにと、代々言われてきている。柊と桃香の場合は、菊様が胎児のときからわかっておられたようで、生まれて3日以内には確認された。吾が見た桃香の瞳は、ラピスラズリのようであった。瞳に金環や金粉を持つ者の誕生は珍しい上に、両者が同時期にしかも兄妹で生まれるというのは、家系図で調べてみても今までになかった。おかげで2人の誕生時には神代家は大騒ぎとなった。まあ、柊のときに教育方針についてもだいぶ話し合われたので、桃香のときは、驚きはしたが割とスムーズだった。結果、2人は、本人たちはあまり気付いていないが、遊びの中にも色々な教育が入れ込まれている。英才教育である。

 金粉持ちの巫女と他の巫女の大きな違いは何か?

 それは、この世界に帰還するための目印となるはずの巫女なのに、自身も時空を超えられるということだ。今は、当代の巫女、先代の巫女もおられるから異世界に行っても帰還できるが。本来なら目印が動いたら大変なことになる。だから、巫女が異世界に動く可能性がある場合は、巫女の形代かたしろを作っておくのだ。これがないと、この世界に戻れなくなってしまう。なんて恐ろしい。早めの教育が必要になるはずだ。

 そこで、柊が体術や剣術の修行中、桃香が「にーにが、あしょんでくれない~」としょぼくれているときに、菊様が少しずつ教え込んでくださっていたのだ。

 例えば、悪い気の祓い方とか。雷和神社は厄払いを得意とするが、関連で悪縁を絶ち、悪霊も祓う。神社がある神楽山は神域になるのだが、その山の一郭には樹海がある。そこの木に、深夜、人を呪うために藁人形を打ち付けに来る不心得者がいる。人を呪いたいほど辛いことがあったのかもしれんが、「人を呪わば穴二つ」という言葉がある。自分の命もかけることになるぞ。それよりも自分が幸せになる方法を考えたがよいと吾は思うのだが。人を呪って得た幸せには影がつきまとうからな。ああ、横道にそれたが、人を呪う気があると神域が悪い気で穢されることになるので、それを祓うことになる。まだ弱いうちに祓っておかないと、積もり積もって大きな厄災となるからな。

 さて、桃香は、その悪い気を弱いものから祓う練習をしていた。

 どうやって祓うのか?

 最初は吾も疑問に思った。どうも桃香には、悪い気が黒いもやに見えるようで、それに気付いた菊様が「桃ちゃんは、どうやって黒いもやをきれいにする?」と聞くと、「パタパタしてキレイにしゅるー」と答えたようで、はたきでパタパタして祓っている。

 邸で箒やはたきで掃除をしているのを見て、自分も手伝おうと思ったことがあるらしい。箒は桃香には長すぎたようで掃こうとしても上手く扱えず、ヨロヨロしていた。はたきはなんとか使うことができた。その上お手伝いをほめられてニコニコしていた。それから、きれいにする=はたきを使う、となったようだ。

 この桃香が使っているはたきだが、菊様の特別製だ。普段は桃香のポケットに入るミニサイズだが、黒いもやを祓うときには桃香が使いやすいサイズに勝手に変わる。使用は桃香限定で、落としても勝手に桃香のところに戻ってくる。しかも、使われている羽が凄い。菊様が朱雀の長にたのんで手に入れたという朱雀の羽だ。悪霊を払う力が強い朱雀の羽で作られているため、桃香が悪い気を祓う力を何倍も強力にする。たとえ樹海全体が黒いもやに覆われても、軽く1回で浄化できるほどだ。

 なぜ、はたきなのだ?と思ったが、菊様によると「桃香はまだ小さいのだから、本人がイメージしやすいものがよい。」とのことだ。なるほど。確かに桃香は、特に考えることなく、黒いもやを見つけたら「キレーイ、キレーイ」とはたきでパタパタしている。浄化しているという意識はないな・・・。

 と、いうようなことを思い出していた。


 「桃香、これからは吾がキレイにしてくれ、と言って からパタパタしてくれないか?」


 「うーん?……あい。」


 なんで?と思ったようだが、少し眠くなっていたのか桃香は了承した。再度確認が必要だな。周囲の確認をして、結界を張り、テント(生活必需品一式完備)を出す。桃香に食事をとらせて今夜はもう休むことにした。  

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