異世界の管理人

東風(こち)

第1章

第1話 黄昏時(逢魔が時)には

 「にーに、もも“おにごっこ”ちたい。」


 今日も桃香ももかはかわいい。僕の妹がわいすぎる。

 桃香はつやつやとした黒髪(肩ほどの長さ)と濃紺の瞳、ぱっと見は日本人形のような3歳の女の子だ。

 何を着ていてもかわいいが、今日は、お菊さん自信作の白い子狐姿だ。

 手触りのいいもふもふで、ついつい撫でたり、抱き上げたりしたくなってしまう。


 「おりりゅ。じぶんでありゅく。」と言って、トテトテ歩く姿もかわいらしい。ふさっとした尻尾が見える後ろ姿もかわいい。

 傍には常にシベリアンハスキーの桐葉きりはが、見守るように付き従っている。たまには桃香を背中に乗せて運んでいることもあるが。その姿も家人たちをほっこりさせてくれる。桃香は、我が家のやしだ。


 しかし、桃香が桐葉を選ぶとは思わなかった。

 僕が7歳、桃香が3歳になった年に、家族から「しゅう、桃香、お前たちの相棒だよ。」と、犬を紹介?された。

 グレー系のシベリアンハスキーと白いポメラニアンだ。

 家族は、僕がシベリアンハスキー、桃香がポメラニアンの組み合わせだと思っていたようだが、兄として、かわいい妹に先に選んでいいよと伝えたところ、桃香は迷わずシベリアンハスキーを選んだ。家族は、ちょっとガッカリしたようだが、「お前たちがいいならいい。」と言ってくれた。

 家族の気持ちはわかる‼

 桃香ともふもふ白ポメの組み合わせ最強!かわいすぎる!と僕も思う。

 僕の希望?僕は、特にどちらの犬がいいとも思っていなかったので、桃香の希望通りでかまわなかった。


 結果、僕、柊と白ポメれん、桃香とシベハス桐葉の組み合わせになった。意外⁉と賢い蓮は僕のいい相棒になってくれそうだし、桃香が危なくないように見守ってくれる桐葉は桃香のいい相棒(保護者?)だ。しかし、名前が見事に全部植物だな。でも、家族全員が、ではないからね。


 その日から、僕たちの傍には蓮と桐葉がいる。


 今日は、桃香のお昼寝後、神楽かぐら山で一緒に遊ぶことにした。


 神楽山には、雷和かみなぎ神社がある。我が神代かみしろ家は代々その神職を担ってきた。当代の宮司はおじい様で、巫女はおばあ様だ。

 そして、次代の巫女である桃香は巫女姫と呼ばれている。また、僕は近い将来、冒険者(トラベラー)になるらしく、どちらも7歳から修行に入るそうだ。


 次代の宮司?

 次代の宮司はお父様だ。お父様は4人兄弟の長男で、兄弟全員が冒険者と神職の学習を済ませているらしい。

 普段はおじい様が神社を担当していて、お父様たち兄弟は国内外で、それぞれ別の仕事をしている。大きな行事の時だけ手伝いに戻ってきてくれれば十分、とはおじい様の談。

 まぁ、神社にはおじい様以外にも代々務めてもらっている神職はいるからね。


 僕も数え年7歳になった日から修行に入った。といっても、まだ学び始めたばかりで詳しいことは知らない。宮司はともかく冒険者って何だろう?って感じだ。


 今、学んでいること?

 薙念ていねん流の剣術・体術。薙念流は我が家に代々伝わっているものだ。神様に奉納する剣舞や舞踊も含まれる。巫女になる桃香も7歳になったら扇を使う舞踊を学ぶことになる。

 でも、まだ基礎・基本のところ。難しいことはわからない。心構えについても耳にたこができるまで言うぞ、と師匠が。耳たこ?すでに2・3個くらいはあると思うんだが。

 師匠?

 師匠はおじい様だ。修行中は師匠と呼べ、と言われている。ただし、家族の時間は別。だから、修行に関しては師匠呼びがマストだ。


 僕が修行に入って、桃香と遊ぶ時間が減った。にーにが遊んでくれないと桃香が不機嫌になった。僕も不満だよ。桃香が足りない。


 ということで、今日は本当に本当に(大事!なことだから2回言うけど)貴重な桃香との時間なんだ。夕方までだから、あまり時間はないけど。


 山で遊ぶときは暗くなる前に帰るように言われている。山には神社があるが、普段は立ち入り禁止になっている場所もある。理由については知らない。いずれ修行の中で学ぶ、だそうだ。


 「黄昏たそがれ時には気をつけるんですよ。」


 出掛けるときに、僕も桃香も必ず言われる言葉だ。

 黄昏とは、「そ彼は」の意、人の見分けがつかないころ、夕方のことだ。逢魔おうまが時ともいう。

 巫女であるおばあ様によると、黄昏時にはこの世とあの世が重なって、この世で見ないものが見えたり、あの世に紛れ込んだりすることがあるらしい。


 何か怖い!

 気をつけよう。


 山に入った僕と桃香(蓮と桐葉もいる)は、桃香の好きな花を摘んだり、木から果実を採ったり、見晴らしのいいところから町を眺めたりしていた。遠くには海も見えている。

 ツリーハウスもあるが、大人同伴でないと使用禁止だ。中にはオモチャもたくさんあるのに残念だ。今日は、ブランコのみ使用。

 桃香は桐葉の背に乗せてもらって(かわいい)、そこら辺りを走り回ってもいたので不満はなさそう。

 ケラケラ笑って楽しそうだった。

 さすが桃香。バランス感覚もすばらしい!


 「桃香、そろそろ帰ろうか?

 お父様たちが帰ってくる日だから、お出迎えするんだろう?」


 僕たちの両親は、2週間の海外出張を終えて、今晩帰ってくる予定だ。祖父母以外にも人はいるとはいえ、桃香にとっては両親がいないというのは初めての経験だ。最初の2、3日は夜になると寂しくて大泣きしていた。なだめるのが大変だったよ。


 「うーん」


 桃香、不満なの?

 眉間にしわ、寄ってるよ。かわいいけど。

 「とうしゃま、かぁしゃま、まだ?」って、何度も聞いてたよね。そろそろ、家で待つんじゃないの?

 あ、腕組みした。長さが足りなくて組めてないけど。

 言ったらプンプン怒るだろうな。

 笑いそうになって、咳をして誤魔化した。

 何か考えてるんだろうな。

 ちろっと太陽に目をやったね。残り時間を考えているのかな?賢いね。


 「にーに、もも“おにごっこ”ちたい。」


 “鬼ごっこ”か。最近の桃香のお気に入りだもんね。でも、2人と2匹しかいないんだけど。


 「おにぇがい♡」


 そのきゅるんとした目で♡まで付けてお願いするのは反則だよ。

 一体、誰から教えてもらったの?って、お母様からだよね。お父様、お母様に甘々だからね。見て学ぶとは賢すぎる。末恐ろしい気もするが。


 「じゃあ、1回だけだよ。暗くなるからね。」


 「うん。」

 にぱーっと笑う顔がかわいい。


 「にーにが鬼になるよ。

 ゆーっくり10まで数えて追いかけるからね。

 パンって手をたたいたら逃げて。

 わかった?」


 「あーい。」

 ウズウズしながら合図を待つ桃香。

 うっ、かわいい。


 「桐葉、桃香を頼んだよ。」

 「ヴォン」

 桐葉が任せろというように返事をする。


 パンっ。

 手をたたくと、桃香と桐葉が動き出す。


 「1、2、3・・・・・・・・・・・9、10。」


 「桃香はどこに逃げたかな?」

 「あっ、あそこの木々の間から白い狐耳がピコピコ見えてるね。

 あの位置に耳が見えるってことは、桃香は桐葉の背中に乗ってるねぇ。ん、西に 向かって移動しているみたいだ。」

 「じゃあ、そろそろ僕たちも追いかけようか。

 早く捕まえて、帰らないとね。

 行くよ、蓮。」

 「キャンッ。」

 蓮が、キラキラした目をして、尻尾をぶんぶん振っている。



 「にーにに、みつからないところにかくれとこ。

 あっちがいいかなぁ。

 きりは、おりりゅ。」

 桃香は、桐葉から下りてトテトテと歩き出した。桐葉は心配そうについて行く。

 「うーん、どこがいいかにゃ。」

 桃香は、立ち止まって辺りをキョロキョロ見ている。 正面にある夕日に照らされて金色に輝いて見える。


 「うっ、まぶちい。」

 「あっ、あそこにあながありゅ。

 かくれる。

 きりは、いこ。」

 桃香はテテッと走り出した。本人は走っているつもりだが、傍から見れば歩くに毛が生えた程度だが、桐葉は出遅れてしまった。

 山の斜面の一部に洞穴があるのだが、ロープが張られ立ち入り禁止の札がかかっている。運悪く、夕日が眩しくて札がよく見えないうえに、桃香の頭はロープのだいぶ下にある。穴しか見えていない桃香が入ってしまった。


 「ヴォヴォーン(待て、モモカ)」

 慌てて桐葉も後を追う。


 「うひゃーーーっ」

 「ヴォーン(モモカー)」



 「桐葉に乗ってるから、けっこう移動しているね。

 急がないと暗くなる前に戻れない。

 少し急ぐよ、蓮。」

 「キャン(了解)。」


 桃香が行った方角に急いだ僕たちだったが、桃香が立ち入り禁止の洞穴に入るのを見たときには心臓が止まりそうだった。全力で走りながら「桃香、ダメだ。止まれ。」と叫んだが、間に合わなかった。すぐに桐葉が後を追った。

 僕たちも洞穴につくとすぐに、入り口から中を確認した。洞穴の周辺は、まだ夕日に照らされて明るかったから桃香たちの姿もすぐに見えると思ったんだ。桃香の変な叫び声も聞いていたから、石につまづいて転んだか、コウモリにでも驚いてそこらへんに座りこんでいるだろうと思っていた。

 ところが、入り口からは桃香たちが見えない。奥に行くほど時間はたっていないはずだから、「桃香、桐葉、返事して。」と言いながら、2、3歩洞穴の中に入ろうとした。蓮が「ウウッ!?」って唸って、僕のズボンを噛んで引っ張ったんだけど、そのままった1歩足を前に出した途端、下に落ちる感覚があったんだ。地面があったはずなのに。


 「うわーーっ」

 「キャッン」



 うーん、顔がくすぐったい。やめろよ、と手で払おうとしたらもふっとしたものに当たった。

 「いい加減、起きろよ。シュウ。」

 声がした方を見たら、でっかい白い犬がいた。なんでここにサモエドが?それに、犬がしゃべってる?まだ、夢でも見ているのか?

 「サモエド?」

 「やだなぁ、ボクだよ、ボク。レン。」

 「へっ?!蓮?うそだろ?蓮はポメラニアンだ。

 それに、蓮はしゃべらないぞ。」

 「それだけど、ボクの言葉がわかるということは、

 ここは元の世界とは違う世界だということだよ!

 シュウ、出掛けるとき、いつもなんて言われてた?」

 「出掛けるとき?・・・・・・

 あぁ、黄昏時には気をつけろ?」

 「そぅ、それ。

 ここに来るとき、黄昏時だったろ?」

 言われてみれば、洞穴に入るとき、夕日で眩しかったような……。

 「黄昏時には、異世界の入り口が開くことがあるんだよ。

 特に、巫女であるモモカと冒険者であるシュウが一緒にいると開く確率が高くなる。」


 異世界?犬がしゃべる?なぜか大きさも違ってる。何が何だか、さっぱりわからない。


 「何のことだ?

 何言ってるか、わからないよ。

 巫女と冒険者が一緒だと何がマズいんだ?

 だいたい冒険者って何なんだよ?!」

 「はぁー、そこからか。

 わかった。説明するよ。

 それと、ボクとキリハは、シュウとモモカの相棒って言われてるけど、代々“導き手”と言われてきたんだ。その導き手についても説明する。

 とりあえず、今、知っといたがいいことだけ、伝えるよ。」


 そこで、初めて僕は「神代家」が代々行ってきた役割の一部を知ることになった。  

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