第4話
新しくできた暖炉を使ってみたくて、私は早速夕食の準備を始めました。
ノームが教えてくれた通り、暖炉の脇にあった赤い石を、近くの石で軽く叩いてみました。
すると、ぱちぱちと勢いよく火花が散り、あっという間に薪に火が燃え移りました。
「本当に、簡単に火がついたわ。すごい」
これなら、毎日料理をするのも苦になりません。
私は、畑で採れたばかりの新鮮なカブと、森で集めた香りの良いキノコを使ってシチューを作ることにしました。
お鍋は、王都から持ってきた数少ない荷物の一つです。
浄化した綺麗な小川の水を汲んできて、お鍋に入れます。
ぐつぐつと煮えてくると、キッチンになった洞の中に、食欲をそそる良い香りが立ち込めました。
完成したシチューを石のお皿によそい、ルーンと一緒にテーブルにつきます。
出来立てのシチューは、体の芯から温まるような、優しい味でした。
カブは昨日よりもさらに甘みを増している気がします。
キノコも、とても良い出汁が出ていました。
「美味しい……。昨日よりも、もっと美味しく感じるわ」
「くぅん!」
もしかしたら、あの浄化した小川の水を使ったからかもしれません。
ただ綺麗なだけではなく、水そのものに何か特別な力が宿っているような気がしました。
ルーンも、よほど気に入ったのか、勢いよくシチューを食べています。
あっという間にお皿を空にして、満足そうに「くぅん」と鳴きました。
その様子を見て、私も幸せな気持ちになります。
食事を終えた後、私はルーンと一緒に家の外に出ました。
空には、満月が煌々と輝いています。
月明かりに照らされた森は、昼間とはまた違う幻想的な美しさでした。
私が月を見上げていると、どこからともなく心地よい風が吹いてきました。
その風は、まるで意思を持っているかのように私の髪を優しく撫でていきます。
ふと見ると、私の周りを小さな光の玉がいくつか楽しそうに飛び回っていました。
光の玉は、風に乗って、くるくると踊っています。
「あなたたちは……?」
私が問いかけると、光の玉の一つが私の目の前で止まりました。
光が収まると、そこには透き通った羽を持つ小さな妖精のような姿がありました。
『あなたが、森を解放してくれた人?』
頭の中に、直接声が響いてきます。
それは、少女のようでもあり、少年のようでもある不思議な声でした。
「ええ、そうだけど……あなたたちは、風の精霊さん?」
『うん! わたしたち、シルフ! やっと、自由に飛べるようになったの! ありがとう!』
シルフと名乗った風の精霊たちは、私の周りを嬉しそうに飛び回り始めました。
彼らもまた、森の呪いによって長い間苦しめられていたのでしょう。
『お礼に、わたしたちが、あなたに心地よい風を届けてあげる!』
『暑い夏も、涼しく過ごせるように!』
『お洗濯物も、すぐに乾くように!』
シルフたちは、口々にそう言ってくれました。
彼らの純粋な好意が、とても温かく感じられます。
水の精霊、土の精霊、そして風の精霊。
この森の精霊たちは、みんなとても親切で優しいです。
王都で出会った、嫉妬と見栄にまみれた人間たちとは大違いでした。
「ありがとう、シルフ。よろしくね」
私が微笑みかけると、シルフたちは嬉しそうに光を放ち、夜の闇へと溶けていきました。
きっと、これからは毎日、快適な風が私の元に吹くのでしょう。
その夜も、私はぐっすりと眠ることができました。
翌日からの生活は、さらに快適なものになりました。
朝、私が目を覚ますと、シルフたちが運んでくる爽やかな風が部屋の空気を入れ替えてくれます。
畑で作業をする時は、水の精霊がいつも最適な量の水を撒いてくれました。
おかげで、野菜は毎日驚くほどの勢いで育っていきます。
カブだけでなく、甘いニンジンやみずみずしいトマトも収穫できるようになりました。
ノームたちは、時々ひょっこり顔を出しては何か困ったことはないかと尋ねてくれます。
この前は、もっとたくさんの種類の野菜を育てられるようにと、畑をさらに広げてくれました。
動物たちもすっかり私に懐いて、毎日遊びに来てくれます。
ルーンは、動物たちのリーダーのような存在になっていました。
みんなを引き連れて、森の中を元気に駆け回っています。
私は、そんな穏やかで平和な毎日を心から楽しんでいました。
ここは、まさに楽園です。
私だけの、誰にも邪魔されない聖域。
そんなある日の昼下がり。
私がルーンや動物たちとお昼寝をしていると、森の外れの方から微かに人の気配がするのに気づきました。
動物たちも、一斉にそちらの方を向いて警戒した様子を見せます。
「どうしたのかしら……」
こんな森の奥まで、人がやってくるなんて珍しいです。
もしかしたら、道に迷った旅人かもしれません。
私は少し気になって、様子を見に行ってみることにしました。
ルーンと数匹の動物たちを連れて、気配のする方へと向かいます。
森の境界線近くまで来ると、そこには豪華な装飾が施された馬車が一台停まっていました。
馬車の周りには、王国の紋章が入った鎧を身につけた騎士たちが数人立っています。
その中心にいたのは、見覚えのある人物でした。
金色の髪に、整った顔立ち。
傲慢そうな態度。
アルフォンス殿下でした。
「なぜ、殿下がこんな場所に……?」
私の顔から、さっと血の気が引いていきました。
隣には、聖女ミレイの姿もありました。
彼女は、不安そうな顔で忌々しげに森を見つめています。
「殿下、本当にこの森に入るのですか……? 不気味ですわ」
「黙っていろ、ミレイ。国中の神官や魔術師が、この森から邪悪な気配が消え、代わりに聖なる気が満ち始めたと報告してきたのだ。何か、疫病を解決する手がかりがあるやもしれん」
アルフォンス殿下は、苛立った声でそう言いました。
どうやら、王都の疫病はまだ収まっていないらしいです。
それどころか、解決の糸口を求めてこの忌み森まで調査に来たということでしょうか。
「しかし、殿下。この森は、入った者は二度と戻れないと……」
騎士の一人が、心配そうに進言します。
「ええい、うるさい! 聖女ミレイの光の力があれば、呪いなど恐るるに足らんわ!」
アルフォンス殿下は、そう言って無理やり森の中へと足を踏み入れました。
ミレイや騎士たちも、仕方なくその後ろについていきます。
彼らは、まだ森の変化に気づいていません。
一歩足を踏み入れた瞬間、空気が違うことに驚くでしょう。
私は、とっさに木の陰に身を隠しました。
彼らに見つかるわけにはいきません。
せっかく手に入れた、この穏やかな生活を誰にも壊されたくなかったです。
アルフォンス殿下たちは、森の中の光景を見て案の定、驚愕に目を見開いていました。
「な、なんだ、これは……! 忌み森が、こんな美しい場所に変わっているだと……!?」
「信じられません……。邪悪な気配が、全く感じられない……。それどころか、空気が清浄すぎる……」
ミレイも、呆然と呟いています。
彼女の聖なる力とやらでも、この現象は説明がつかないらしいです。
一行は、恐る恐る森の奥へと進んでいきます。
私は、彼らと距離を取りながら静かにその後をつけました。
一体、彼らは何しにきたのでしょう。私の胸に、嫌な予感がよぎります。
しばらく進むと、一行は私が浄化した泉のほとりにたどり着きました。
「この泉……なんて清らかな水なのだ。まるで、神殿の聖水のようだ」
アルフォンス殿下は、泉の美しさに感嘆の声を漏らします。
そして、彼は泉の水面に何かが浮かんでいるのを見つけました。
それは、一枚の葉っぱでした。
ただの葉っぱではありません。黄金色に輝く、不思議な葉っぱです。
その葉っぱは、泉の聖なる力に影響を受けて特別な力を宿していました。
アルフォンス殿下が、興味深そうにその葉っぱを手に取った、その時でした。
彼の背後の茂みから、一頭の巨大な魔物が雄叫びを上げながら姿を現しました。
体長は五メートルはあろうかという、巨大な黒い熊。
その目と口からは、禍々しい瘴気が漏れ出しています。
森の呪いが集まって生まれた、強力な魔物でした。
私がまだ浄化しきれていない、森の深部から出てきたのでしょう。
「ひいぃっ! で、出たーっ!」
騎士の一人が、情けない悲鳴を上げます。
「ミレイ! 早く、光の魔法で奴を浄化しろ!」
アルフォンス殿下が、ミレイに命令しました。
「は、はい!」
ミレイは、震える手で杖を構え熊の魔物に向かって光の魔法を放ちます。
しかし、光の矢は魔物の体に当たる寸前で、黒い瘴気にかき消されてしまいました。
「そ、そんな……私の魔法が効かないなんて……」
聖女の力が全く通用しないことに、ミレイは絶望の表情を浮かべます。
熊の魔物は、そんな彼らをあざ笑うかのように、ゆっくりと距離を詰めてきていました。
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