第3話

採れたてのカブで作ったスープは、本当に美味しかったです。

とろとろに煮込まれたカブは、口に入れた瞬間に溶けてしまうほど柔らかでした。

優しい甘さが、体中にじんわりと染み渡っていくようでした。

「こんなに美味しいスープ、初めて飲んだわ。あなたもそう思うでしょ、ルーン?」

私が思わず呟くと、足元に座っていたルーンが「きゅん!」と同意するように鳴きました。

ルーンの分は、お皿に入れてしっかり冷ましてあげました。

小さな舌で、夢中になってスープを舐めています。

その姿が可愛くて、私は自然と笑みがこぼれました。

「ルーンも気に入ってくれたのね。よかったわ」

「わふ!」

元気な返事が返ってきます。

精霊さんのおかげで、これからは毎日美味しい野菜が食べられます。

食料の心配がなくなったのは、本当にありがたいことでした。

王都にいた頃は、豪華な食事が毎日テーブルに並んでいました。

でも、いつもどこか味気なく感じていました。

貴族のマナーに気を遣いながら、緊張して食べる食事は少しも楽しくなかったからです。

「それに比べて、今はなんて自由なのかしら」

誰の目も気にすることなく、大好きなもふもふと一緒に、美味しいものを食べる。

私にとって、これ以上の幸せはありません。

スープを飲み終えたルーンが、私の膝の上にぴょんと飛び乗ってきました。

食後のデザートをねだるように、私の顔をじっと見上げてきます。

「ふふ、しょうがないわね。はい、どうぞ」

私は浄化しておいた木の実を一つ、ルーンの口元へ持っていきました。

ルーンは嬉そうに、小さな口でそれを食べ始めました。

夜になり、私とルーンは葉っぱのベッドで眠りにつきました。

森の夜は、虫の音や風が木々を揺らす音で満ちていました。

その心地よい音色が、まるで子守唄のように感じられました。

翌朝、私が目を覚ますと、何やら体が温かいことに気づきました。

それに、なんだか少し重いです。

そっと目を開けてみると、私の周りにはたくさんの動物たちが集まって眠っていました。

雪ウサギに森リス、それに見たこともないような綺麗な羽をした小鳥たちまでいます。

みんな、私の体にぴったりと寄り添って、すやすやと寝息を立てていました。

私のベッドが、いつの間にかもふもふ天国になっていました。

「まあ……みんな、いつの間に集まったの?」

私が身じろぎすると、その気配に気づいたのか、動物たちが一斉に目を覚ましました。

そして、私と目が合うと、みんな嬉そうに鳴き声を上げます。

「おはよう、ウサギさん。あなたもよく眠れた?」

「おはよう、リスさん。みんな一緒だと温かいわね」

まるで、「おはよう」と挨拶してくれているみたいでした。

ルーンも目を覚まし、体を大きく伸ばしてあくびをします。

そして、満足そうに私の腕の中に潜り込んできました。

「おはよう、ルーン。みんなも、おはよう」

私は、周りにいる動物たちの頭を、一匹ずつ優しく撫でてあげました。

みんな、気持ちよさそうに目を細めていました。

こんなに穏やかで、幸せな朝を迎えられるなんて夢にも思いませんでした。

朝食を済ませた後、私は家の周りをもう少し快適にしようと思いつきました。

洞の中は広くて快適だけど、やはり岩肌がむき出しなのは少し寂しいです。

それに、食事をするためのテーブルや椅子もありません。

「もう少し、生活しやすくしたいわね。ねえ、ルーン?」

私がそう言うと、動物たちは何かを察したように、一斉に森の奥を指し示しました。

前足で示したり、くちばしでつついてきたりと、表現は様々です。

「あっちに、何かあるのかしら?」

動物たちに導かれるまま、私は森の奥へと歩いていくことにしました。

もちろん、ルーンも一緒です。

私が歩けば、その後ろをたくさんの動物たちがついてきます。

まるで、私がお姫様で、動物たちが私のお供をしてくれているかのようでした。

しばらく進むと、少しぬかるんだ場所にたどり着きました。

そこには、泥水が溜まった小さな小川が流れています。

水はよどんでいて、お世辞にも綺麗とは言えませんでした。

「ここも、呪いの影響を受けていたのね。可哀想に」

私は小川のほとりにしゃがみ込むと、そっと水の中に手を入れました。

そして、いつものようにスキルを発動します。

「【清浄】」

私の手から放たれた光が、水面に波紋のように広がっていきます。

光が触れた場所から、泥水はみるみるうちに浄化されていきました。

水底に溜まっていたヘドロやゴミは光の粒子となって消え去ります。

よどんでいた水は、水晶のように透き通った清流へと姿を変えました。

それだけではありませんでした。

綺麗になった水の中を、きらきらと輝く小魚たちが気持ちよさそうに泳ぎ始めたのです。

川岸には、可愛らしい水草や色とりどりの花が咲き乱れます。

ただの汚い小川が、幻想的な美しさを持つ場所に生まれ変わりました。

「わあ……綺麗になったわ」

動物たちも、嬉そうに小川の水を飲み始めています。

私も手ですくって一口飲んでみると、ほのかに甘くてとても美味しかったです。

体の中に、清らかな力が満ちていくのを感じます。

私が見とれていると、ふと川岸の土がもこもこと盛り上がりました。

そして、土の中から、ひょっこりと小さな人型の存在が顔を出します。

土でできた体に、頭には葉っぱの冠を乗せた、可愛らしい姿でした。

身長は、私の膝くらいまでしかありません。

「あなたが、わしらの土地を綺麗にしてくれたお方か」

しわがれた、おじいさんのような声でした。

「あなたは……もしかして、土の精霊さんですか?」

「うむ。わしはこの土地に宿る、ノームじゃ」

ノームと名乗った土の精霊は、私に向かって深々と頭を下げました。

「長い間、あの忌々しい呪いのせいでわしらは身動きが取れんかった。感謝するぞ、人間の子よ」

「いえ、そんな。私は、自分が過ごす場所を綺麗にしたかっただけですから」

「謙遜するでない。おぬしのその力は、大地母神様の御業にも等しい。わしら土の精霊一同、おぬしに心からの敬意を表する」

そう言うと、私の周りの地面から次々とノームたちが姿を現しました。

その数、ざっと見て三十人はいるでしょうか。

みんな、私に向かって、恭しくお辞儀をしています。

「何か、困っていることはないかな? わしらにできることなら、何でも力を貸すぞ」

代表のノームが、親切にそう申し出てくれました。

ちょうどいいです。私は、家のことを相談してみることにしました。

「実は、住んでいる洞の中を、もう少し快適にしたいんです。食事をするテーブルとか、座るための椅子とかがあったら嬉しいなって」

私の言葉を聞くと、ノームは任せておけとばかりに胸を張りました。

「なーに、お安い御用じゃ。わしらは土と石を扱うことにかけては、天下一品でのう!」

私はノームたちを、大樹の根元にある私の家へと案内しました。

家の中に入ったノームたちは、感心したようにあたりを見回しています。

「ふむ、なるほど。確かに、これでは少し殺風景じゃな」

「よし、お前たち、仕事の時間じゃ! 腕によりをかけるぞ!」

代表ノームの号令一下、仲間たちが一斉に働き始めました。

彼らが地面に手を触れると、洞の地面が盛り上がり、みるみるうちに形を変えていきます。

「まあ、すごい!」

あっという間に、滑らかな石でできたテーブルと、数脚の椅子が出来上がりました。

壁際には、食器を置くための棚まで作られています。

「わあ、棚まで! これで食器を綺麗にしまえるわ!」

さらに、洞の中央には料理をするための立派な暖炉までこしらえてくれました。

石を積み上げて作った暖炉には、煙を外に逃がすための煙突までちゃんとついています。

「すごい……! まるで魔法みたい!」

私の目の前で、何もない空間が素敵な家具付きの部屋へと変わっていきます。

職人顔負けの見事な手際に、私はただただ感心するばかりでした。

ノームたちは、仕事が楽しいのか、みんな陽気な歌を歌いながら作業を進めています。

一時間もしないうちに、洞の中は見違えるように快適な空間になっていました。

岩肌がむき出しだった壁や床も、綺麗に磨かれて滑らかになっています。

「どうじゃな、こんな感じで。気に入ってくれたかの?」

代表のノームが、得意げに私に尋ねました。

私は、何度も頷きます。

「はい! とっても素敵です! 本当に、ありがとうございます!」

心からの感謝を伝えると、ノームたちは照れくさそうに笑いました。

「なに、礼には及ばんよ。これくらい、当然のことじゃ」

「おぬしは、この森の主じゃからのう。わしらは、いつでも主殿の力になる」

主だなんて、そんな大げさな、と思いましたけれど、彼らの気持ちが嬉しかったです。

ノームたちは、仕事を終えると満足そうにまた土の中へと帰っていきます。

最後に代表のノームが、何かを思い出したように振り返りました。

「そうじゃ。主殿、火を熾すのに難儀するようであったら、あそこの赤い石を叩くとよい。火打石よりも、よっぽど上等な火花が出るからの」

そう言って、暖炉の脇に置かれた、一際綺麗な赤い石を指さしました。

細やかな心遣いに、私は再び感謝の言葉を述べました。

こうして、私の家は精霊さんたちの力添えによって、ますます快適になっていきました。

新しくなった我が家を眺めながら、私は今夜の夕食の献立に思いを巡らせていました。

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