一行目からセックス

写乱

第一話 はじめての経験

 吹き抜ける春の風が、汗の滲んだうなじを優しく撫でていく。少しだけ柔らかな午後の日差しがコンクリートに反射して、目を細めなければ立っていられないほど、世界はまぶしかった。私の足元では、少し薄汚れた白い上履きが、ざらりとしたコンクリートを踏みしめている。チョークの粉か、美術のときの絵の具の染みか、上履きには学校という日常が染み付いていた。


 私は屋上を囲む高いフェンスに両手をつき、喘ぐ息を必死に殺している。すぐ後ろに清史郎の気配がある。私のはだけたセーラー服の隙間から覗く素肌に、彼の熱い呼吸が吹きかけられるたび、背筋がぞくりと粟立つのを感じた。


「……絵里。 痛くないか?」

 耳元で囁かれた声は、風の音に掻き消されそうなほどかすれていた。教室で仲間たちと馬鹿話をしている時の、あっけらかんとしたいつもの彼の声とはまったく違う。切実な響きを帯びた、成熟した男を感じさせる声。私は返事をしない代わりに、こくりと頷いた。清史郎の硬く張り詰めた熱が、私の内側をゆっくりと押し広げていく。痛みと、それとは別の未知の感覚。硬い何かが、私という殻を押し破って進んでくる。つま先立ちになった上履きの中で、足の指がきゅうっと縮こまった。


 紺色の制服のスカートが、彼の動きに合わせてリズミカルにひらひらと揺れている。その中で私たちは、誰にも見られてはいけない、秘密の儀式を行っていた。グラウンドで活動する野球部の掛け声や、吹奏楽部が奏でる不規則なメロディーが、風に乗って遠くから聞こえてくる。いつもと同じ平和な日常の音。それが今ここで起きていることの背徳感を、より一層色濃く感じさせられる。


 ……どうして、こうなったんだっけ。

 ほんの数ヶ月前まで、私たちはただの「友だち」だったはず。夏の終わりの踏切で、風に乱れた私の長い髪を彼が直してくれた、あの瞬間までは。夕陽に照らされた彼の真剣な横顔。指先が額に触れた、あの静かな感覚。

 あの日から清史郎は、私の中でただの「友だち」ではなくなったのだ。一冬を越えたとき、私と清史郎は公然のカップルになっていた。


 突き上げてくる熱い塊に、思わず「ぁ……」と声が漏れる。まずい、誰かに聞かれたら。慌てて唇を噛むと、清史郎が私の腰を支える手に力を込めた。


「声、我慢しなくてもいいから」

 彼の言葉は、まるで魔法のようだった。せきを切ったように、身体の奥から熱い痺れが込み上げてくる。

 もう、どうなってもいい。

 彼の言葉を信じて、私はそっと、噛んでいた唇を解放した。


「……せいちゃん。……っ、きもち、い……」

 途切れ途切れに紡いだ言葉は、自分でも驚くほど、甘く濡れた響きを持っていた。それを耳にした彼の呼吸が、一瞬だけ乱れる。私の内側で、彼の熱がさらに硬度を増したのが分かった。

 伝わる。彼の塊の熱さが、硬さが、私の粘膜を通じて伝わる。

 私の一言が、こんなにも彼をたかぶらせる。その事実が、私の中に残っていた最後の羞恥心を勢いよく焼き切っていった。


 もっと。もっと欲しいよ。

 ただ彼に身を任せているだけでは、全然足りない。この焦れるような熱を、もっと深く奥底で感じたい。

 衝動に突き動かされるまま自ら足を上げ、目の前にあったフェンスの土台に、ぐいっと右足を乗せた。上履きのゴム底が硬い鉄の感触を伝える。


「お、おい……!」

 清史郎の戸惑う声が聞こえた。当然だ。スカートが太ももの付け根まで大胆にまくれ上がり、私の身体は、彼に対して全部を明け渡すように、大きく開かれていたのだから。


「……もっときもちくなりたい」

 私は、振り返らずに言った。熱に浮かされた声が震える。


「せいちゃん大好き……だから……もっと、絵里をめちゃくちゃにして……?」

 それは、懇願だった。自分の中にこんなにもグロテスクな欲望が眠っていたなんて、知らなかった。

 でも、もう止められない。セックスってこんなに気持ちいいんだ。私は、大きく開いた足に力を込め、自ら腰を後ろに突き出した。彼を誘うように。

 一瞬の沈黙の後、清史郎の呼吸が獣のように荒くなった。


「……絵里が、悪いんだからな」

 低い声と共に、今までとは比べ物にならないほど激しい衝動が、勢いよく私を貫いた。


「あ……っ、ぁ、あぁっ!」

 もう、声を抑えることなんてできなかった。フェンスを掴む指が白くなる。視界が春の陽射しいっぱいの空で白く点滅する。遠くの野球部の声が、まるで官能的なBGMのように、脳に直接響いてくる。

 気持ちいい。怖い。恥ずかしい。

 でも……でも、めっちゃ気持ちいい。ぐちゃぐちゃになった感情のまま、私はただ、彼の与える快感の嵐に身を捩った。


 どれだけそうしていただろう。何度も清史郎に貫かれて興奮が最高潮に達しかけた時、私はさらに彼を求めている自分に気付いた。彼の顔が見たい。彼の表情を、その目に映る私を、この目で見たい。

 私はブロックから足を下ろすと、熱に浮かされたまま、くるりと彼のほうへ向き直った。じゅるっと彼の熱いものが抜け去っていく感覚も、身悶えするほど気持ちいい。


「どうした?」

「……こっち、向いててほしい」

 私は、彼の肩をフェンスに向けて押すと、コンクリートの上に座らせた。そして、少しだけ乱れたスカートをたくし上げると、何の躊躇いもなく、彼の熱の上に自ら跨った。向かい合わせで、彼の膝の上に座る形。彼の驚く顔がすぐ目の前にあった。


「……せいちゃんの顔、見てたいから」

 そう言うと、彼の目が大きく見開かれた。その黒い瞳の中に、髪を乱して興奮する私の顔が映っている。私は清史郎の首に両腕を回すと、今度ははっきりと自分の意思で、深く、ゆっくりと腰を沈めた。

 入ってくる。彼が入ってくる。バックで貫かれるのとは、また違った感覚。ヤバい。これ気持ちいいっ。


「……っ、は……」

 彼が、苦しげに息を呑むのが見えた。彼の表情が、快感に歪んでいく。それを見ているうちに、私の身体もさっきよりずっと、熱く、甘く疼いた。


「……すごい、……絵里、すごい……」

 清史郎が、喘ぎながら漏らす。私は、彼の言葉に煽られるように、もっと、もっと腰の動きを速めた。激しく勢いよく、全力で腰を叩きつける。

 全力で彼を求める。ただ、せいちゃんを感じたい。彼と一つになりたい。二人でもっと気持ちよくなりたい。その想いだけが、私を突き動かしていた。


「せいちゃんっ……好き……!」

「俺もだ……っ、絵里愛してる……!」

 私たちは互いの名前を呼び合い、想いをぶつけ合った。視線が、唇が、身体が、一つに絡み合う。遠くから、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り始める。その音が、私たちのクライマックスの訪れを告げるように聞こえた。


 身体の芯が、灼けつくように熱くなる。彼が私の腰を掴む手に、ぐっと力を込めた。

「……イクっ……!」

「……私も……一緒に……!」

 彼の絶頂と、私の絶頂が、完全に重なり合う。真っ白な光が弾けて、思考が飛んだ。空の青と、風の音と、遠くで鳴り響くチャイムの音と、彼の匂いと、私の声が、ぐちゃぐちゃに混ざり合って、世界が反転する。私は、清史郎の肩に額を押し付け、訪れた激しい痙攣の波に、ただ身を任せることしかできなかった。


 どれくらいの時間が経ったのだろう。

 私は清史郎の膝の上で、彼の制服の胸に顔をうずめたまま、動けずにいた。どくん、どくんと、彼の心臓が勢いよくリズムを刻んでいる。その音が、何よりも愛おしかった。

 清史郎が、汗で濡れた私の髪を、優しく撫でてくれる。


「……絵里、すごかったな」

 ぽつり、と彼が言った。私は、恥ずかしくて顔を上げられないまま、こくんと頷く。はだけた制服も、乱れた髪も、そしてじんわりと快感の残る私の中も、私たちが友だちという一線を乗り越えた、生々しい証拠のようだった。

 友だちという安全な関係は終わったけれど、そこには何の後悔もない。


 私はゆっくりと顔を上げた。目の前には、少し照れくさそうに笑う、私の大好きな人の顔がある。その笑顔を見ていると、自然と笑みがこぼれた。

 私たちは、いま始まったばかりなのだ。

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