第9話

青白い閃光がもたらした静けさは、長くは続かなかった。

指揮官を失った魔物たちが、我に返ったように大きな雄叫びを上げる。

その一部は恐怖に駆られて蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、残りは怒りと混乱のままに、近くの標的である俺へと殺到してきた。


俺は冷静に、そして無慈悲に、その全てを斬り伏せていった。

戦いが終わった時、エリル村の東門前は、信じられないほど多くの魔物の死骸で埋め尽くされていた。

俺はその中心で、血に濡れた一本の剣を手に立っていた。


「お前さん、いったい、何という者なのだ……?」

教会から出てきたバルガスさんが、震える声で呟いた。

その場にいた誰もが、同じ疑問を心に抱いているだろう。

ごく普通の村人の少年が、なぜこれほどの力を持っているのか。


俺は彼らの戸惑いが混じった視線に答えることなく、ゆっくりと村の中へと歩き出した。

まだ、本当の戦いは終わっていない。

村の中にまで侵入してしまった魔物の残党を、一匹残らず片付けなければならないのだ。


「アッシュ兄ちゃん!」

その背中に、よく知っている子供の声がかけられた。

振り返ると、そこにはティムと、彼の両親の姿があった。

父親のアルマンさんは、長い病が嘘のようにすっかり回復しており、その手には愛用の猟銃が固く握られている。


「アッシュ君、君が、この村を救ってくれたのか……?」

アルマンさんの問いに、俺は答えなかった。

今は、感傷的な言葉を交わしている時ではない。

俺は、ただ一つだけを尋ねた。


「アルマンさん、まだ、戦えますか?」

彼は力強く、そして深く、こくりと頷く。

「ああ、もちろんだ。病を治してもらったこの命、あんたのために喜んで使わせてもらうぜ」

心強い仲間を得て、俺たちは村に残った魔物の掃討を開始した。


アルマンさんの正確無比な射撃がゴブリンの頭を撃ち抜き、俺の剣技がオークの硬い皮膚を切り裂く。

二人の前では、残った魔物など敵ではなかった。

一時間もしないうちに、村から魔物の気配は完全に消え失せていた。

エリル村は、原作ゲームの歴史を覆し、壊滅という運命を免れたのだ。


だが、その代償は決して小さくなかった。

家屋の多くが無残に破壊され、村人たちが大切に育てた畑は踏み荒らされている。

そして、何人かの村人が、魔物の犠牲となって命を落としてしまった。

俺がもっと早く介入していれば、と俺は唇を強く噛んだ。


だが、後悔に浸っている暇はなかった。

やるべきことは、まだ山のように残っている。

「みんな、聞いてくれ!」

俺は村の中央広場に、生き残った村人たちを集めて声を張り上げた。


突然のことに、皆は戸惑いの表情を浮かべている。

しかし、俺が魔物の群れをたった一人で食い止めたのを見ていた者たちは、静かに俺の言葉に耳を傾けた。

「悲しんでいる暇はない、すぐに村の復興を始めるぞ!」

俺の力強い宣言に、村人たちはざわめきながら顔を見合わせる。


「復興って言ったって、一体どうすればいいんだ……」

誰かが、か細く力なく呟いた。

その不安な声に、俺ははっきりと答える。

「まず、食料の確保だ。畑は荒らされたが、幸いなことに、獲物はすぐそこに転がっている」


俺が指差したのは、村の外に広がる魔物の死体の山だった。

村人たちが、息をのんで、ぎょっとした表情を浮かべる。

「ま、魔物を食べるなんて、そんなこと……」

「オークの肉は、正しい手順で処理さえすれば極上の豚肉になる。ゴブリンは食えないが、その血は畑の肥料として最高だ」


さらに、俺は続けた。

「皮や牙は、武具や装飾品に加工して、街の行商人に売れば金になる」

俺がよどみなく説明すると、村人たちは驚きに目を見開いた。

特に、猟師であるアルマンさんは、なるほどと、興味深そうに頷いている。


「次に、家の修復だ。森の木を使えば、資材はいくらでも手に入る」

俺は、鍛冶屋のバルガスさんに向かって言った。

「バルガスさん、あんたが建築の指揮を執ってくれ」

「お、俺がやるのかい?」

バルガスさんが、自分を指差して驚いている。


「ああ、あんたなら、この村の誰よりも道具の扱いに慣れているはずだ。頼んだぜ」

俺がそう言うと、バルガスさんは少し照れたように鼻の頭を掻いた。

「へへっ、坊主にそう言われちゃ、やるしかねえな!」

「女子供は、怪我人の手当と、炊き出しを頼む。ティムのお母さん、まとめ役をお願いします」


「え、わ、私がかい?」

「はい、あなたは、アルマンさんの看病をしていましたから、誰よりも薬草に詳しいはずです」

俺は次々と、村人たちに的確な指示を出していく。

全ては、原作ゲームで得た、生き残るためのサバイバルや村運営の知識だ。


最初は戸惑っていた村人たちも、俺の具体的で分かりやすい指示を聞くうちに、その目に少しずつ活気が戻ってきた。

そうだ、俺たちはまだ終わっていない。

自分たちのこの手で、必ずこの村を立て直すんだ。

そんな希望の光が、彼らの心に灯り始めていた。


「村長、あんたは、全体のまとめと、今後の近隣の村との交渉をお願いします」

最後に、俺は呆然と立ち尽くしていた村長に声をかけた。

彼は、はっと我に返ると、俺の前に進み出た。

そして、深く、深く、頭を下げた。


「すまなかった、アッシュ君……! わしは、君の忠告を、ただの子供の戯言だと決めつけていた……!」

村長は、震える声で謝罪する。

「この村が救われたのは、本当に、全て君のおかげじゃ!」

「謝罪はもういい、それより、今は動いてくれ」


俺が冷たく言い放つと、村長は顔を上げ、力強く頷いた。

「うむ、分かった! この通り、老骨に鞭打って、力の限り働かせてもらうぞ!」

こうして、俺の号令の下で、エリル村の復興が始まった。

村人たちは、悲しみを乗り越え、一つの家族のように一丸となって働き始めた。


その光景を、俺は少し離れた場所から見守っていた。

俺は、英雄になりたいわけじゃない。

ただ、俺の愛したこの物語の登場人物たちに、幸せになってほしいだけなのだ。

そのための、ほんの小さな第一歩。


それが、このエリル村の再生だった。

復興作業が始まってから、三日が過ぎた。

村は、驚くべき速さで元の姿を取り戻しつつあった。

オークの肉は燻製にされ、貴重な保存食となった。


バルガスさんが指導する建築チームは、壊れた家々を次々と修復していく。

俺の存在は、村の中でいつの間にか絶対的なものになっていた。

子供たちは俺を見かけると、英雄だとはしゃぎながら駆け寄ってくる。

大人たちは、俺に深い尊敬の念を抱き、何かにつけて意見を求めてきた。


その全てを、俺は淡々と受け流し、一つずつ処理していく。

そんなある日の午後だった。

村の見張り台から、とても慌てたような声が上がった。

「騎馬だ、王都の方角から、数騎の馬がこちらへ向かってくるぞ!」


その報告に、村人たちが緊張した面持ちで顔を見合わせる。

王都からの騎士か、と俺はすぐにピンときた。

先日、俺が放った「魔力溜まりの石」の強力な爆発。

あれほどの魔力反応を、国の魔術師団が見逃すはずがない。


おそらく、冒険者ギルドを通じて派遣された、公式の調査団だろう。

やがて、馬に乗った一団が、村の入り口にその姿を現した。

先頭を走るのは、白銀の美しい鎧に身を包んだ、一人の女騎士。

夕陽を浴びて輝く、見事な白金の髪。


背筋が伸びた、凛とした佇まい。

間違いない、彼女こそ、この物語のメインヒロインの一人だ。

天才女剣士、セレスティア・フォン・ヴァーミリオンだった。

彼女は馬から降りると、村の悲惨な状況と、その周りに積まれた魔物の死体の山を交互に見た。


そして、驚きに目を見開いた。

「これは、一体どういうことだ?」

その声は、鈴の音のように美しく、そして鋼のように冷たかった。

村長が、慌てて彼女の前に進み出る。


「これは、騎士様。ようこそ、エリル村へ」

村長は、丁寧に頭を下げる。

「わたくし、この村の村長をしております」

「状況を説明しろ、なぜ、これほどの数の魔物が? そして、誰がこれを討伐した?」


セレスティアは、村長に鋭い視線を向けた。

その強い迫力に、村長はたじろぐ。

「そ、それは……」

村長が口ごもっていると、後ろからアルマンさんとバルガスさんが進み出た。


「俺たちを救ってくれたのは、一人の少年なんだ」

「ああ、あいつがいなけりゃ、この村は今頃、地図から消えていたぜ」

二人の言葉に、セレスティアの眉が、ぴくりと動いた。

「少年、だと……? 戯言を言うな、これほどの規模の魔物の群れを、たった一人で撃退できるはずがないだろう」


彼女が信じないのも、無理はなかった。

その時、調査団の一員である、軽装の冒険者風の男が、げらげらと笑い出した。

「おいおい、聞いたかよ。こんな田舎のジジイどもは、ホラ話しかできねえのか?」

「たった一人でオークやオーガをねえ、寝言は寝て言えってんだ」


他の冒険者たちも、口々に村人たちを馬鹿にし始める。

その態度に、バルガスさんが激しく怒った。

「なんだと、てめえら! 人が本当のことを言ってるってのによ!」

一触即発の、危険な雰囲気になる。


それを、セレスティアの冷たい一言が制した。

「黙れ、どちらもだ」

その声には、有無を言わせぬ響きがあった。

冒険者たちは、途端に押し黙る。


「その少年とやらは、どこにいる。私が直接、話を聞こう」

セレスティアがそう言った、まさにその時だった。

「俺のことなら、ここにいますよ」

俺は、物陰からゆっくりと姿を現した。


その場にいた全員の視線が、一斉に俺に突き刺さる。

セレスティアの、美しいルビーのような瞳が、驚きに見開かれた。

彼女は、俺の頭のてっぺんから爪先までを、値踏みするようにじっと見つめる。

そして、侮蔑とも呆れともつかない、冷ややかな声で言った。


「お前が、この、ガキが、村を救ったというのか? ふざけるのも、大概にしろ」

その言葉に、俺は少しも動じなかった。

原作通りの、プライドの高い彼女らしい反応だ。

俺は、彼女にゆっくりと近づいていく。


そして、彼女の目の前で立ち止まり、はっきりと告げた。

「ふざけているのは、あなたの方でしょう。セレスティア・フォン・ヴァーミリオン」

俺が彼女の名前を口にした瞬間、彼女の顔色が変わった。

「なぜ、私の名を……?」


「その剣の構え、ヴァーミリオン流剣術の基本形ですね。だが、少しだけ重心が左に寄りすぎている」

俺は、さらに続けた。

「それでは、高速の突きを繰り出した時、体勢が僅かに崩れる。実戦では、その一瞬の隙が、命取りになりますよ」

俺の指摘に、セレスティアは息をのんだ。


俺は、彼女の情報を【鑑定】スキルで確認していた。

【セレスティア・フォン・ヴァーミリオン】

【職業:ソードマスター Lv.25】

【スキル:ヴァーミリオン流剣術(極伝)、高速剣、その他】

【状態:焦り、慢心】

【隠しステータス:同僚からの嫉妬Lv.3】


やはり、彼女はすでに破滅への道を歩み始めていた。

天才であるがゆえの、大きな慢心。

そして、その才能に嫉妬する、同僚たちの存在。

「お前、何者なのだ……?」


セレスティアの声は、明らかに震えていた。

俺は、そんな彼女に向かって、不敵に微笑んでみせる。

「言ったはずだ、俺は、ただの村人ですよ」

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