第10話
俺の言葉に、セレスティアは言葉を失っていた。
そのルビーのような瞳が、困惑と、そしてほんの少しの恐怖の色を浮かべて揺れている。
無理もないだろう、ただの村人の少年が、なぜ自分の流派の剣術の弱点を、一目で見抜けるというのか。
その表情の変化を、俺は楽しむ余裕さえあった。
「貴様、私を馬鹿にする気か」
やがて我に返った彼女が、低い声で唸る。
腰にさした長剣の柄に、そっと、白い手をかけた。
今にも、斬りかかってきそうなほどの気配だ。
だが、俺は動じない。
「馬鹿にするだなんて、とんでもない。俺は、あなたに忠告しているだけです」
「何、だと……?」
「あなたは、強い。それは認めましょう、しかし、あなたの強さは、所詮、訓練場で作り上げられたものだ」
俺は、彼女の瞳を見つめて告げる。
「本当の死線というものを、あなたはまだ知らない」
俺は、わざと相手を怒らせるような、挑発的な口調で言った。
これも、彼女の破滅フラグを折るための、大事な布石の一つだ。
彼女は、その高いプライドを傷つけられることで、逆に自分の弱さと向き合うきっかけを得る。
原作ゲームの、とあるマイナーなサブイベントで、そんな描写があったのを俺は知っていた。
「だ、黙れ! 貴様に、私の何が分かるというのだ!」
セレスティアが、ついに剣を抜き放った。
その切っ先が、寸分の狂いもなく、俺の喉元に向けられる。
周りの村人たちから、小さな悲鳴が上がった。
調査団の冒険者たちも、慌てて二人を止めようとする。
しかし、俺は平然と、その鋭い切っ先を見つめ返していた。
「分かりますよ、あなたの剣からは、迷いの匂いがする」
「……!」
「あなたは、自分の才能に溺れ、同時にその才能に怯えている。いつか、自分を超える者が現れるのではないかと」
俺は、まるで彼女の心を見透かしたように言った。
「その焦りが、あなたの剣を鈍らせているんです」
俺の言葉は、まるで鋭い刃のように、彼女の心に突き刺さったようだった。
彼女の剣を持つ手が、微かに震えている。
図星だったのだろう。
「なぜ、そこまで……」
「言ったはずです、俺は、ただの村人だと」
俺はそう言うと、彼女の剣の切っ先を、人差し指でそっと横にずらした。
彼女は、それに抵抗することさえできなかった。
俺は、呆然と立ち尽くす彼女に背を向ける。
そして、調査団の冒険者たちに向き直った。
「あんたらも、いつまでも油を売っていないで、さっさと仕事を始めたらどうだ? 調査が目的で来たんだろう?」
俺の横柄な態度に、冒険者の一人がカチンときたらしい。
「なんだと、このガキ! 調子に乗りやがって!」
大柄な男が、俺に殴りかかってくる。
俺は、その大振りの拳を、最小限の動きでひらりとかわした。
そして、男の腕を掴むと、そのまま綺麗な一本背負いの要領で、地面に叩きつける。
「ぐはっ!?」
男は、カエルの潰れたような声を上げて、地面に伸びた。
あまりにも鮮やかで無駄のない動きに、周りの冒険者たちが息をのむ。
「弱いな、そんな腕で、よく冒険者を名乗れるものだ」
俺は、地面に転がる男に、冷たく言い放った。
「て、てめえ……!」
他の冒険者たちも、武器を抜いて俺を取り囲もうとする。
それを、セレスティアの凛とした声が制した。
「やめろ、全員、武器を収めろ」
彼女は、いつの間にか剣を鞘に収めていた。
その表情からは、先ほどの動揺はすっかり消え失せている。
代わりに、何かを決意したような、強い光が宿っていた。
「彼の言う通りだ、我々は、調査に来たのだ。私情を挟むな」
彼女の言葉に、冒険者たちは不満そうな顔をしながらも、渋々武器を収めた。
セレスティアは、再び俺の方へと向き直る。
そして、騎士として、深々と頭を下げた。
「先ほどは、非礼を詫びる。そして、忠告に感謝する」
その見事な態度に、今度は俺が少しだけ驚いた。
原作の彼女は、もっと意地っ張りで、素直じゃない性格だったはずだ。
俺の介入が、彼女の成長を、少しだけ早めたのかもしれない。
「気にしないでください、俺も、少し言いすぎました」
俺は、そっけなくそう答えた。
セレスティアは顔を上げると、俺をまっすぐに見つめて言った。
「アッシュ、と言ったか。私は、王都へ戻り、今回の件をありのままに報告する」
彼女は、そこで一度言葉を区切る。
「いずれ、お前には王都から、正式な召集がかかるだろう。その時は……」
「その時は、また会いましょう」
俺は、彼女の言葉を遮って、そう言った。
セレスティアは、一瞬、驚いたような顔をした。
やがて、ふっと、小さく微笑んだ。
それは、彼女が初めて見せた、年相応の少女のような、柔らかな笑顔だった。
調査団は、村の被害状況と、魔物の残骸を簡単に調べた。
そして、その日のうちに王都へと引き返していった。
嵐のような一日が、ようやく終わりを告げる。
俺は、村の復興作業に戻った。
セレスティアとの出会いは、俺にとっても大きな意味を持っていた。
彼女の破滅フラグは、まだ完全には折れていないからだ。
同僚の嫉妬という、最も厄介な問題が残っている。
それを解決するためには、俺もいずれ、王都へ行かなければならないだろう。
そのためには、もっと力と、そして社会的な地位が必要だ。
俺は、冒険者になることを、この時決めた。
それが、一番手っ取り早く、確実な方法だからだ。
村の復興作業は、その後も順調に進んだ。
セレスティアたちが残していったポーションや食料の援助もあり、村人たちの生活は、日に日に安定していく。
そして、襲撃から一週間が過ぎた頃だった。
村は、ほぼ元の姿を取り戻していた。
いや、以前よりも、活気に満ちているかもしれない。
村人たちの顔には、困難を乗り越えたという、確かな自信が漲っていた。
俺は、村長に、村を出ることを告げた。
「そうか、君も、とうとう行ってしまうのか」
村長は、寂しそうな顔をしたが、俺を引き留めようとはしなかった。
「君のような若者が、こんな小さな村に、ずっといるべきではない。それは、分かっていたことじゃ」
「世話になったな、村長」
「何を言うか、礼を言うのは、こちらの方じゃ! 君は、この村の英雄じゃ!」
村長は、涙ぐみながら、俺の手を固く握った。
村人たちも、俺が旅立つと聞いて、大勢集まってきてくれた。
バルガスさんは、俺のために、一晩徹夜して鍛え直してくれた剣を渡してくれた。
【錆びたショートソード】は、見違えるように鋭い輝きを放つ、【勇者の剣(もどき)】へと生まれ変わっていた。
アルマンさんは、丈夫な自作の矢筒をくれた。
ティムは、泣きながら、手作りの木彫りの人形をくれた。
それは、俺の姿を模したものらしかったが、正直、あまり似ていなかった。
「アッシュ兄ちゃん、また、絶対に帰ってきてね!」
「ああ、必ずな」
俺は、ティムの頭を優しく撫でて、約束した。
俺は、村人たちに見送られながら、エリル村を後にした。
目指すは、この地方で一番大きな街、アークライトだ。
まずは、そこで冒険者ギルドに登録して、自分の力を試すことから始めよう。
エリル村からアークライトまでは、馬車で半日ほどの距離だ。
俺は街道を歩きながら、これからの計画を頭の中で整理していた。
ヒロインたちを救うためには、情報と、仲間が必要になる。
ギルドに登録すれば、その両方が手に入りやすくなるはずだ。
やがて、前方に巨大な城壁が見えてきた。
あれが、目的の街、アークライトだ。
活気のある、とても大きな街だった。
行き交う人々の数も、エリル村とは比べ物にならない。
俺は、少しだけその雰囲気に気圧されながらも、堂々と門をくぐった。
そして、街の中心にある、ひときわ大きな建物へと向かう。
そこが、冒険者ギルドだ。
ギルドの中は、酒と汗の匂いが混じった、むっとするような熱気に満ちていた。
屈強な戦士たちが酒を酌み交わし、妖艶な女魔術師が依頼書を眺めている。
まさに、ファンタジーの世界そのものの、賑やかな光景だ。
俺は、自分が少しだけ場違いな感じがしながらも、受付カウンターへと向かった。
カウンターにいたのは、大きな眼鏡をかけた、そばかすが特徴の受付嬢だった。
「あの、冒険者登録を、お願いします」
俺がそう言うと、彼女は面倒くさそうに顔を上げた。
そして、俺の姿を見て、あからさまに馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「あらあら、坊や。ここは、あんたみたいな子供が、遊びに来るところじゃないのよ」
受付嬢は、まるで虫でも追い払うかのように、しっしと手を振る。
「さあ、お家に帰りなさい」
原作ゲームでも、お馴染みの展開だ。
俺は、ため息をつきたくなるのをこらえ、冷静に言った。
「見た目で判断するのは、やめた方がいいですよ。後で、恥をかくことになりますから」
俺の不遜な態度に、受付嬢の眉が、ぴくりと動いた。
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