シェイクスピアおじさん、AIでリメイクした自作をイケボと顔出しで配信中だけど、本当はBL作家になりたいんです
雀ヶ森 惠
序章【完全版】超開運★★★★★ヘリコン山【永久保存版】
1616年4月23日夜、俺は死んだ。
「ん〜、以前書いたハムレットって脚本のメモみたいなやつありましたよね、なんかあれ後で使おうと思って取っておいたんだけど、どこに行ったんでしょう……」
ハゲたおちょぼ口、しかし超イケボのおっさんが、木製の鍵付きチェストの中の紙束をガサガサと漁るも、目的のものは見つからない。
蝋燭の灯りに照らされた夜の書斎。古くなったインクの匂いと虫食いだらけの無関係なメモばかりが目に入る。
「さすがに古すぎて見つからないかもしれません。でも、何書いてたか忘れちゃったところもありますからね、今すぐ必要ってわけでもないんですけど」
部屋のガラス窓には大きな音を立てて雨が打ち付け、雷が遠くで瞬くと少し経って大きな音が響いた。
「ああ、嫌ですね。もう寝ましょうか。四月だってのに寒いですし」
おっさんは暖炉の前まで来て、太い指をこすり合わせるとぶるぶると震えた。
――そのとき、
ひときわ大きな稲妻が、おっさんの家を撃った。
ドドドド
間髪入れずに衝撃とでっかい音が屋敷を揺るがし、暖炉の火が踊るように揺らめく。
「うぎゃーッ!!! 」
すぐに主人の叫び声を聞きつけた使用人が、慌てて室内に踏み込むが、そこには動かなくなったおっさんが、書き物机と暖炉の間に仰向けに倒れている。
「! 旦那様っ」
駆けつけた使用人はおっさんを揺り動かすが、おっさんは目を開けたままぴくりともしない。
「……し、死んでいる」
1616年4月23日夜、俺は死んだ。
※※※
「シェイクスピアよ、目覚めなさい」
「……う〜ん」
「シェイクスピアよ、目覚めなさい」
「……う、う〜ん」
「三回目です、これ以上は言いません。シェイクスピアよ、目覚めなさい」
おっさんは上半身を起こすと、周囲を見渡した。
目に入るのは白一色の世界で、見渡す限りの雪に覆われた山肌と、眼下に広がり形を変え続ける白い雲だった。
「寒っ、なんです? この寒々しい光景は」
「貴方は死んでいます。寒いとか嘘を言うのはやめてください」
「いえ、比喩で言ってるだけです」
「生意気ですよ。劇作家だからといって、許されるとでも思っているんですか?」
おっさんが改めて辺りを見回すと、岩の隙間からわき水が染み出す小さな泉と、彼を見下ろす女性の姿があった。
彼女は亜麻の衣服にサンダルを履いて、弦楽器と悲劇用の仮面を持ち、ぶどうのツルと実で出来た冠をかぶり翼を生やしている。
とても神々しい、が……お世辞にも顔面が良いとは言い難い。を、通り越して相当残念な容貌をしている。ヤバい。
「私は
「貴女があの、悲劇と別れの歌の女神……ちょっと想像よりブ」
「ころすぞ」
「すみません」
しかし、自分は先程まで自宅の書斎で昔のメモを探していたはず、なぜこのような山の上にいるのか? そして彼女、女神の言った通り、
「さっきも仰ってましたけど……あの、ひょっとして俺死んでます?」
「はい、死んでますよ」
「どうして……」
おっさんは今更、ことの大きさにビビり始めていた。
「……実は、すみません」
「えっ」
女神は急に頭を下げた。
「いや、だからごめんなさい」
「なんで謝罪してるんです?」
おっさんは嫌な予感がして、女神の残念な顔面を見返した。
「間違って貴方を殺してしまいました」
「えっ」
「本当はフランシス・ベーコンを殺すはずだったんですけど……」
「えっ」
おっさんはその名前に聞き覚えがあった。
名前のみならず、一回だけ見たことがあった。室内でも帽子を取らない貴族の男だ。
しかしあいつがなんだというのだ……
「ですから、間違って貴方を殺してしまいました」
「えっ……って、どうしてくれるんですか?」
残念な顔が形式的におっさんへ詫びたが、心から謝罪しているとは到底思えない。
「もちろん現世に戻します。運が良ければ」
「えっ。運が良ければって……良くなかったらどうなるんです?」
「それは貴方が悩むことではありません。例えば場所と時代が、貴方の知る世界と異なるだとか。そう、期待はあらゆる苦悩のもとですからね」
「俺の言葉じゃねーかそれ!」
直後におっさんの足元が有無を言わせず、ぐらぐらと崩れる感覚がした。
白かった周囲の光景は一瞬にして暗転する。
「うぎゃーッ!!! 」
ふたたびイケボとともに、おっさんの意識と身体は底知れぬ闇へと飲まれ、前後左右天地の全てが溶けていった。
おっさんの切れ切れな意識に、嫁と娘たち、早くに亡くなった息子の顔が浮かんでは消えた。
※※※
雲ひとつない墨を流したような空の晩、落雷が地を震わせた。
202X年――新宿区、大久保公園。
夜明けの近い闇の中、雷の焼いた地面から立ち上る煙、それが徐々に消えていく。
全裸のおっさんは膝を付き、たたずむ。そう全裸で。
「ここは……どこでしょう?」
周囲を見回すと無人の、競技用の床と閉じられた柵に囲まれた空間であった。
外側の建物の灯りが昼間であるかのように輝き、おっさんの暮らしていたストラトフォードどころか、知る限りロンドンですらこんなに明るいことはない。
ひょっとしたら、やはりまだここは死後の世界であり、現世に『運悪く』戻れなかったのだろうか? あるいはここは地獄なのかも知れない。
そう考えて、おっさんは自分の生まれたままの姿にも、納得がいった。
ひどく寒かったし、奇妙な明るさも馴染みがない。やはりこの世界におけるおっさんは、よそ者なのだ。
ならば、おっさんは全裸でいることに、抵抗が無くなった。地獄において、裸で獄卒からの責めを受けることは当然であり、それは生前自らの犯した罪を精算することにあたるからだ。
「なんか俺、悪いことしたかなあ……」
思い当たるふし……
……
…………
………………
「あっ」
不意に目の前に強烈な光が現れた。
蝋燭や松明など、おっさんが知る限りではそんな光は存在しない。やはり超常現象なのだ。
そして二人組の男が、柵を開いて入ってくる。
「誰です?」
おっさんは、その見慣れぬ男たちを獄卒だと瞬間的に察知した。
「ちょっとそこのお父さん、なんで裸なの? 署で話聞かせて貰おうかな? 一緒に来てくれる?」
そう、男たちはこの世界の官憲なのだ。
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