第二部・第5話「凍結の国〈フリオ〉—氷に閉ざされた拍」

一 北行の途


 〈ラマル〉を後にして北へ進むと、歌の熱は次第に薄れ、やがて風が全てを奪った。

 平原は凍り、川は氷に覆われ、木々は雪に埋もれる。

 吐く息は拍のように白く重なり、しかし次の瞬間には凍りついて動きを止めた。


「……音が、凍っている」

 イリスが灯籠を翳した。炎は燃えているのに、揺れが氷に閉じ込められ、秤は一向に針を振らない。

「振動が伝わらない。拍が“進まない”」


 カイルが太鼓を叩く。乾いた打音が響いたが、次の拍が来ない。

「一度鳴って、それで終わりだ。続かない……」


 レイナは剣を抜き、試しに空を裂いた。

 軌跡が氷の膜に封じられ、刃の音も消えた。

「斬ったはずが、斬ったことが“残らない”……」


 ミュナは芽吹きを抱え、涙をこぼす。

「芽が……眠ったまま目覚めない。凍ってる……」


 セレスティアは凍風に髪をなびかせながら言った。

「ここが〈フリオ〉。拍そのものを“凍結”させる国……」


二 氷の城下


 やがて雪原の中に白銀の城が見えた。

 壁も塔も凍りつき、光を反射して輝く。

 だが城下の街は不自然に静かだった。


 人々は歩いてはいる。物を売り、荷を運び、家に出入りする。

 だが彼らの唇は動かず、足取りも拍を刻まない。

 「氷の民は、すべての行動を“間引き”しているのです」

 迎えた白衣の司が、淡々と告げた。声も凍りついたように低い。

「祈りは凍結石に封じ、必要な時にだけ解かれます。過剰も不足もなく。——それが〈フリオ〉の秩序」


 イリスは目を見開いた。

「……“拍の貯蔵”。過剰拍とは正反対の仕組み」


三 凍結石


 城の大広間の中央に、巨大な青白い石が鎮座していた。

 内部には無数の“拍”が閉じ込められている。

 泣き声も笑い声も、太鼓も剣の音も、芽吹きの揺れも。

 すべてが氷に封じられ、瞬間のまま止まっていた。


「これが……凍結石」

 セレスティアの声がわずかに震える。

「祈りや拍を“貯め”、必要なときにだけ溶かして使う」


 案内の司はうなずいた。

「戦のときには力を、飢饉のときには祈りを。……平時には何も動かさず、凍らせておく」


 カイルが太鼓を抱えしめ、顔をしかめた。

「叩いても返ってこない。……拍は“返ってきて初めて輪”になるのに」


 ミュナは芽吹きを抱え、声を詰まらせた。

「芽は眠るけど、目覚めなきゃ意味がない……」


四 氷に縛られた民


 街を歩くと、広場の祠の前で人々が整列していた。

 彼らは順番に小さな氷片を受け取り、胸に当て、家へ持ち帰る。

 氷片の中には、個々の祈りや笑いが“封じ込められて”いた。


 少年が氷片を抱えて走り出すが、滑って転ぶ。

 氷片が砕け、中から笑い声が一瞬だけ漏れた。

 だがすぐに、冷気がそれを凍らせ、消した。

 母親が駆け寄り、息を呑む。

「……笑いが、失われた」


 レイナが拳を握った。

「これでは、命そのものが凍りつく」


五 凍結の危機


 その夜、俺たちは氷の城の奥で異変を知った。

 凍結石の内部で拍が積み重なりすぎ、亀裂が走っていたのだ。

 「拍が“貯まりすぎた”。——このままでは、石が割れて街全体が“凍結爆発”を起こす!」

 イリスの声が震える。

 セレスティアが叫ぶ。「拍を解かせ!」

 だが司たちは首を振った。

「秩序を壊すわけにはいかない。……凍結こそ和」


 カイルが太鼓を叩き、レイナが剣を抜く。

 ミュナが芽吹きを揺らし、イリスが秤を掲げる。

 俺は王鈴を握りしめた。


 胸の刻印が灼け、ルミナの声が届いた。

『凍結は悪ではない。だが、溶かさなければ和にならない。

 ——“融解の拍”を置け』


六 融解の拍


 俺は王鈴を掲げ、声を放った。

「《凍った拍を 一つずつ 返せ》!」


 セレスティアが布告を重ねる。

「布告。“融解の札”。凍結石の拍を一拍ずつ解き、街に戻せ!」


 イリスが札を刻み、レイナが剣の柄で氷に印を打ち、

 カイルが太鼓をゆっくり三度叩き、ミュナが芽吹きで香を広げる。


 凍結石の内部で、一つの笑い声が溶けた。

 続けて、泣き声が。祈りが。太鼓の音が。剣の響きが。芽吹きの風が。

 街に拍が戻り、人々が息をついた。


 しかし同時に、石の亀裂が大きく広がる。

 「全部一気に解かせば、石が砕ける!」

 イリスが叫ぶ。


 俺は答えた。

「だから“一拍ずつ”だ。

 凍結も和。融解も和。——その間で街を生かす!」


七 凍土に芽吹く声


 夜明け、街は初めて自然な拍で目覚めた。

 子どもの泣き声が通りに響き、母の笑いが返り、鍛冶屋の槌音が雪に跳ねた。

 芽吹きが氷の間から顔を出し、風が枝を揺らした。


 セレスティアが静かに告げた。

「凍結は秩序。だが融解がなければ、ただの死」

 イリスが記録する。

「〈フリオ〉は“融解の札”を制度化する」

 レイナが剣を収め、カイルが太鼓を抱え、ミュナが芽吹きを撫でた。


 氷の城の長がゆっくりと頭を下げた。

「外の和を認めよう。……凍結の中に、融解を置く」


 俺は王鈴を掲げ、胸に息を入れた。

「拍は凍らない。必ず戻る。——それが和だ」


結び


 その夜、遠響が空を走った。

 〈ルゼア〉の沈黙、〈サリド〉の律、〈ラマル〉の歓喜、〈フリオ〉の凍結。

 すべての拍が互いに干渉し、秤が大きく揺れた。


 セレスティアが呟く。

「四国の拍が揃えば……次は“全土”の和」


 ルミナの声が胸に響いた。

『次は、すべての拍を結ぶ“大試練”だ』


――――

次回:第二部・第6話「全土の揺れ、和を結ぶ試練」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る