第4話「勇者再会、揺らぐ絆」

 王都の城壁の上から、俺は夜空を焦がす赤い炎を見つめていた。

 遠く荒野の向こう、黒煙が渦を巻いて昇っている。あの方向には勇者パーティの野営地がある。胸の刻印が脈打ち、まるで俺を呼ぶかのように熱を帯びていた。


「リオン」

 隣に立つレイナが低く声をかける。

「……あれは魔物の群れだな。勇者たちが囲まれている可能性が高い」

 言葉は淡々としていたが、その瞳は鋭い。副団長として、戦況を即座に読み取っているのだ。


 俺の胸は迷いで揺れていた。かつて仲間だった彼ら。俺を追放し、無能と罵った彼ら。いま彼らが窮地にあるなら、これは神が与えたざまぁの機会かもしれない。だが同時に、見捨てれば心に深い傷を残すのも分かっていた。


「行こう」

 俺の声は震えていたが、確かに口から出た。

 レイナは力強く頷く。

「よし、すぐに馬を」

 ルミナが淡い光を放ち、俺たちの周囲の空気を整える。

『選んだな、リオン。ならば我らが導こう』


 王女セレスティアは出立の際、俺を鋭く見据えた。

「これは試練よ。勇者たちを助けることがあなたの誇りになるのか、それとも復讐の刃になるのか。よく見極めなさい」

 その言葉は冷ややかだが、炎のような瞳の奥に期待の光があった。

 彼女は俺がどんな選択をするのか見届けたいのだろう。


 月明かりの荒野を駆け抜ける。馬蹄が土を蹴り、夜風が頬を叩く。近づくにつれて、咆哮と剣戟の音が鮮明になってきた。血の匂いが風に混じり、胸がざわめく。


 そして――戦場が視界に飛び込んだ。


 勇者パーティの野営地は地獄と化していた。

 炎に包まれた馬車。倒れ伏す兵士たちの亡骸。瘴気を纏った魔物の群れが押し寄せ、勇者たちは必死に応戦していた。


 勇者カイルは大剣を振るい続けていたが、その額には深い疲労の色。

「まだだ……俺が勇者だ、負けられない!」

 気迫はあっても剣筋は荒れ、体力は限界に近い。


 僧侶エリナは泣きそうな顔で回復魔法を唱える。だが光は薄く、仲間の傷を癒やしきれない。

 ジードの火球は軌道を逸れて魔物の群れをわずかに焦がすだけ。

 ミナは矢を放ち続けていたが、指は震え、矢筒は空に近かった。


「どうして……こんな数が……!」

 絶望が彼らの声に滲んでいた。


 俺の胸の刻印が激しく脈打った。

「レイナ、援護を!」

「了解!」

 副団長の剣が月光を受けて閃く。彼女は瞬く間に三体の魔物を斬り伏せ、突破口を作った。


 俺は深く息を吸い、吐く。世界の糸が鮮やかに広がった。

「――整え!」


 風が荒野を裂き、瘴気を吹き飛ばす。魔物たちの動きが鈍り、兵士たちの体が軽くなる。

 その一瞬の隙を突き、勇者カイルが渾身の力でオーガを両断した。

 だが、彼の視線は俺に釘付けだった。


「おまえ……リオン、なのか……?」


 戦況は少しずつ好転していった。

 レイナが次々と敵を薙ぎ払い、俺は鈴を鳴らして音の螺旋を放つ。魔物の聴覚が狂い、陣形が乱れる。

 カイルたちは驚きながらも、その隙を活かして戦った。


 だが最後に残ったのは、瘴気を纏った巨躯のトロルだった。

 全身を黒い炎に包み、唸り声と共に地面を揺らす。

「化け物め……!」

 カイルが挑みかかるが、大剣は軽く弾き飛ばされる。


「下がって!」

 俺は刻印の熱に導かれるまま前に出た。

 巨腕が振り下ろされる瞬間、世界の糸がくっきりと見えた。

 呼吸、筋肉の収縮、心臓の鼓動。すべてが乱れている。


「整えろ!」


 風が渦巻き、トロルの体勢が崩れる。その隙にレイナが跳躍し、首筋へ剣を突き立てた。

 巨体が悲鳴を上げ、荒野に崩れ落ちる。


 戦場に静寂が訪れた。


 荒い呼吸を整えながら、俺は周囲を見渡す。

 勇者たちは皆、疲弊し、倒れそうになりながらも生きていた。

 カイルがよろめきながら近づき、俺を見据える。


「リオン……どうして……お前が、こんな力を……」

 その声には驚愕と、悔しさと、恐怖が混ざっていた。


 僧侶エリナは信じられないという顔で呟く。

「だって、リオンは……無能だったはずで……」

 ジードは沈黙し、ミナは矢を握ったまま唇を噛みしめていた。


 俺はゆっくりと答えた。

「俺は追放された。けど、その先で神に選ばれた。それだけだ」


 そのとき、月光の中にルミナが姿を現した。

 銀の髪が風に舞い、戦場を清める。

『勇者カイル。お前たちは選択を誤った。無能と蔑んだ者こそが、世界の理を繋ぐ鍵だった』


 女神の声に、カイルは拳を震わせた。

「俺は勇者だ……なのに、どうして」

 その呟きは哀願にも近かった。


 ルミナは俺の肩に触れ、静かに言う。

『理を継ぐ者は、必ずしも勇者の名を持たぬ。リオン、お前が新たな道を開くのだ』

 胸の刻印が輝き、熱が全身を駆け巡った。


 戦いは終わった。だが、心の戦いはこれから始まる。

 俺と勇者パーティの立場は逆転した。追放されたはずの俺が、彼らを救ったのだ。


 ざまあみろ、と言いたい気持ちはあった。

 だが同時に、かつて共に戦った日々が脳裏に蘇り、胸は複雑に揺れた。


 レイナが静かに俺に耳打ちする。

「選ぶのはお前だ。彼らを赦すか、突き放すか」


 王女セレスティアの言葉が甦る。

「復讐か、救済か」


 夜明けが近づき、空が紫から青へと変わっていく。

 鐘の音が王都から響き、胸の刻印は強く脈打った。


――――

次回:第5話「選択――復讐か救済か」

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