黄金の魔境都市

スター☆にゅう・いっち

第1話

 十九世紀、ヨーロッパから派遣された小さな探検隊が、アマゾン奥地の密林へと分け入った。目的はただひとつ――伝説に謳われる「魔法都市エルドラド」の発見である。黄金と不死の秘宝が眠るという噂は、大陸を越えて人々の欲望をかき立てていた。


 熱帯の森は、彼らの想像をはるかに超える地獄だった。道なき道を進めば、頭上からは猿の群れが果実を投げつけ、足元からは毒蛇が鎌首をもたげた。雨は一日に何度も降り注ぎ、川は濁流と化して行く手を阻んだ。蚊に刺され、熱病に倒れ、ある者は絶叫とともに沼に沈み、またある者は茨に絡め取られて息絶えた。隊員は十数名から次第に減り、ついには指折り数えられるほどとなった。


 それでも彼らは前進をやめなかった。黄金の夢が、現実の痛みや恐怖を忘れさせたのである。


 ある朝、濃霧がふと晴れた。目の前に広がる光景に、誰もが息を呑んだ。鬱蒼とした森の奥に、白亜の石で築かれた巨大な都市がそびえ立っていたのだ。天を突く塔の先端は陽光を浴びて輝き、屋根は黄金の瓦で覆われている。宙には光の玉がゆるやかに漂い、鳥の群れさえその周囲を避けるように飛び去っていった。


「……エルドラドだ」

 隊長のひとりが震える声でつぶやくと、皆は狂喜の叫びをあげた。


 都市の大通りは整然と敷石が並び、建物はどれも無傷であった。だが人影は見当たらない。不気味な静寂だけが漂っていた。彼らは恐る恐る、白大理石でできた壮麗な館へ足を踏み入れた。


 その瞬間、館の奥から人々が現れた。浅黒い肌、白い衣をまとい、目を伏せて一同に頭を垂れる。無言のまま、彼らは探検隊を恭しく迎えた。


「見ろ!」

 ひとりが勝ち誇ったように笑った。

「未開人どもが、我々の優越を認めているらしい!」


 要求すれば即座に応じた。食事を乞えば、黄金の皿に山盛りの料理が並ぶ。水浴びを望めば、黄金の浴槽に湯が満ちる。果物は切り分けられ、芳醇なワインは絶えず満たされていた。

 隊員たちは歓声をあげた。

「これぞ楽園だ!」

 長い苦難を経てきただけに、その安らぎは夢のようであった。


 やがて彼らはあることに気づいた。召使たちは、言葉を聞く前にすでに望みを知っている。心の奥底で「欲しい」と思うだけで、次の瞬間にはそれが現れるのだ。葡萄酒も果実も、まるで幻のように。だが奇妙なことに、彼らが料理を作る姿や、皿を洗う姿を誰も見たことがなかった。物はただ現れては消え、現れては消える――それだけだった。


 数週間が過ぎたころ、ある男が言った。

「そろそろ帰ろう。報告せねばならん」


 だが、いくら歩いても出口が見つからなかった。街を抜けようとすると、気づけば再び同じ広場に戻っている。塔も館も、何度も何度も繰り返し目に映る。まるで都市そのものが迷宮となっているかのようだった。


「仕方ない。しばらく住み着こう。食料もあるし、困りはしない」

 楽観的な意見に、皆も頷いた。疲れ果てた彼らは、深く考えることをやめてしまったのだ。


 一年、二年、やがて十年が過ぎた。誰も老いることがなかった。髪は濃いまま、肌には皺ひとつ刻まれない。

「ここは都市ではなく、檻ではないか」

 誰かが恐怖に怯えながら呟いた。しかし、その声はやがて沈黙に吸い込まれた。誰も帰ることはできず、外の世界の記憶は薄れていった。


 やがて二十世紀、伝説的な探検家パーシー・フォーセットがアマゾンを踏査し、この都市を見たという記録が残っている。彼もまた消息を絶ち、二度と戻らなかった。


 今もなお、都市のどこかでは、十九世紀に迷い込んだ探検隊の男たちが、市民のように暮らしているのかもしれない。望めば何でも与えられる夢幻の都で、終わりなき日々を繰り返しながら――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黄金の魔境都市 スター☆にゅう・いっち @star_new_icchi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ