第14話 とも

 過呼吸のように見惚れるサキノ・アローゼと、息を荒げて凝視するルカ・ローハート。

 対戦相手の沈黙にミュウ・クリスタリアはつまらなさそうに溜息を衝く。



魅了エピカリス。妾にほんの微かでも色欲を感じた者を強制的に陶酔しはい状態に陥れる忌々しき力じゃ。人族に嫌悪を抱く純粋な亜人族ならばまだしも、下界で一世を風靡した妾にとって魅了できぬ者はおらん。ふんっ、他愛もない」



 戦場の閉幕を確信に変えたミュウは高台から着地し二人の元へと。



「後は陶酔したお主等の心臓を貫くだけの簡単な作業。さあ、終幕じゃ」

(みーちゃんすっごく綺麗で可愛い……もっと見ていたい……ずっと眺めていたい……)



 死が近付いてきているとも知らずに、完全にミュウの美に魅了されていた。









 ――――サキノは。



「長剣創造――っらぁッ!!」

「ぅぐっ!?」



 ルカの長剣は運悪く、咄嗟に腕で体を覆ったミュウの手枷に直撃。

 身体的なダメージは与えられなかったが、ミュウの体は初めて地を転がった。



「はぁ、はぁ……くそっ……悪運強いな……いや、決めきれなかったのは俺の実力か……」

「っ!? な、何でじゃ……? 何故お主は正気を失っておらんルカ・ローハート……!?」



 ミュウ・クリスタリアはこんらんしている!



「……すまん、お前が何をしたのかよくわかってない」

「な、な、な……!? なんでぇぇぇ!? どういうことじゃ!? ちょ、ちょっと待て!?」



 殺意どころか敵意ゼロでミュウはルカへ駆け寄り、ルカの頭を両手でしっかりと固定する。



「もしやお主、著しく視力が悪いのじゃな!? じゃから妾の姿がよく見えておらぬのだな!? 悪かった! そこまで配慮出来ておらなんだわ! ほれ見よ妾の身体を! 堪能せよ妾の美体を! 欲情しろおおおおおおっ!?」



 ミュウ・クリスタリアはわけもわからずじぶんをこうげきした!

 顔を美髪よりも紅潮させながら己の身体をルカへと近距離で見せつける。



「どうじゃ? どうじゃっ!? 妾の体は美しいじゃろ!? 興奮するじゃろっ!? 欲情するじゃろ!?」

「あーうん。それで何がしたいんだ?」

「何でぇええええええええええええええええええええええええええええええ!?」



 ルカは心の刃で斬り捨て、ミュウはふらふらとよろめきながら後退して膝から崩れ落ちた。



「はっ、はぁ、はぁあああああ!? ……な、何で君は! 魅了エピカリスにかからないんだ!? 君はあれか!? 思春期男子特有の『俺が妄想をしてるわけじゃない、彼女が妄想欲を刺激するのが悪いんだ』とか言ってしまう現実逃避責任転嫁型男児なのですか!? だから魅了エピカリスにかからないのも私が原因だって言うのね!? サイテー! サイテーだよ! 女の敵ぃ!!」

「何言ってるのか理解出来ないし、動揺で口調乱れてるぞ?」


「思春期男子が私に欲情しないなんてありえないんだからっ!? 君だって国民的美少女女優の私をオカズにしたことくらいあるでしょ!?」

「だから慎めって。国民的な女優が自分をオカズに使ってるとか聞くなよ」


「ほらぁ! 答えはぐらかした! 我慢してるんでしょ!? なんかこう――私への好きが溢れすぎて一周回って逆に効かないみたいな!? し、しかたがないなぁー! 私を一晩好きに出来るところ想像してもいいよぉ!? ほら興奮してくるでしょ!?」

「……そこまで言わせることになるなんて……なんかごめん」

「うぎゃああああ! 謝られると私が惨めに見えるうううう!?」



 世界を虜にしたミュウの実績は確かなものだ。戦闘前からサキノがミュウに見惚れていたように、下界の人間は魅了エピカリスがなくとも、ミュウの色欲に酔うのも珍しくはない。

 それが一人の少年には効かないというのだから、ミュウの困惑も当然だった。

 


(お、落ち着いてミュウ・クリスタリア! 魅了エピカリスは魔力を使用して私への好意を後押しする促進剤……私に『美』や『色欲』を抱いていれば必然的に『陶酔状態』に陥れる……彼女には効いてるから不発はありえないし……だとすれば、この子は本当に色情を抱いてない……!?)



 頭を抱えて悶絶するミュウは、しかしキッとルカを睨みつける。

 釈然としない心残りはあったが、立ち上がったミュウは真剣な眼差しでルカと相対する。



「はぁ……効かぬとも差支えはない……だが聞かせろ、ルカ・ローハート。お主は何故、亜人の混血のこやつを見捨てないのじゃ……?」

「亜人族の血が入ってるからってなんだってんだ。んなもん俺が知ってるサキノ・アローゼにレアオプションが付いたくらいにしか思わねぇよ」

(この男の子は一体誰……? どうしてみーちゃんに敵対してるの……?)



 サキノの無色の世界に罅が生じる。



「亜人族が何をしたか知らんのか……? 神に制裁を受け、世界から弾かれた亜人族をお主は何故認められる……!?」

異世界共生譚ファンタアリシアの真偽がどうだろうが、種族の枠組みでサキノを非難すんな。サキノ・アローゼっつー人間がなんか悪いことでもしたか? 人様に危害を及ぼしたか? 種族の対立なんて嫌悪対象を探してるだけにしか思わねぇよ。そんな身勝手な私情にサキノを巻き込むな」

(どうしてこの子はこんなにボロボロに傷付いてるの? どうして私のことを庇ってるの……?)


 

 サキノの本能がこれ以上の愚者になるなと疼く。

 


「血脈を隠秘しておったように本性も隠しておるかもしれぬぞ!? 人族でさえ下賤に媚び、騙し、裏切る! 妾はそんな輩を嫌というほど見てきた! それなのに半亜人をどうして信じられる!? 嫌悪を抱かぬ!? お主が……サキノ・アローゼを信じられる絶対的根拠はなんなのじゃ!?」

(この子にとって私は一体――)



 








「親友だから」





 それは全幅の【】。

 誰よりもサキノと時間を過ごし、誰よりもサキノの事を知る唯一の理解者。


 

「る……か……」



 サキノの双眸からポロポロと感情が溢れ、世界が緩慢に色を帯び始める。

 止まらない。溢れる思いが止まらない。

 縛り、心を傷付けていた茨が、ゆっくりと解かれていく。



「愚かじゃ……愚か愚か愚かァ!? 何が親友! そんなものはただの桎梏じゃ! どれだけ繕ろうとて亜人族のサキノ・アローゼも最後には全て失うのじゃ!!!」

「失わせねーよ。俺がいる限りな」



 ミュウはまるでこれまで己がそうだったかのように憤怒を込めて叫ぶが、ルカは決して譲らない。

 どれだけ否定されても少年は、少年だけは決してサキノを見限らない。



「亜人の混血? 亜人の純血? 俺の知ってるサキノ・アローゼは誰よりも正と義を他者のために使い、誰よりも他者の苦難に寄り添い、誰よりも世界を愛そうとしてる。そこに種族なんて関係ないっ! 世界の滅亡を望むお前が手を出していい奴じゃねーんだよサキノは!!」



 抱え続けてきた後ろめたさが、抱えられていた魔物ふあんが霞んでいく。

 サキノは涙がぼろぼろ流れる顔でルカの後ろ姿を見上げる。



「サキノが死を認めようが俺が認めない! 犠牲なんて誰一人出さない! 俺の正解――俺達の正解は――」



 サキノを否定された十全の【嫌悪】を力に。

 サキノを肯定する【】の力を開眼し――。



「――――サキノから世界みらいを奪おうとするお前を倒す事だッ!!!!!」



 を灯したルカはでミュウに最終決戦を仕掛けた。




± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±

【モノローグ⇒サキノ・アローゼ】



(悔しい……)



 こんなに惨めな私が。



(悔しいッ!)



 母の遺志を隠蓑に血を隠していたことが。

 人族に味方はいないと恐れていた自分が。



(悔しいッッ!!)



 下界で常に側にいてくれたルカを信頼出来ていなかったことが。

 異世界を知って肩を並べて戦う意志を無下に突き放したことが。

 己の身勝手すぎる我意からルカを危険に晒してしまったことが。


 ――それなのに。



(嬉しい――)



 惨めで愚かな私を『友』と言ってくれたことが。

 何も見えない後悔の暗闇を、たったの一言が温かく照らしてくれている。



(亜人の混血だと知って尚、私の味方でいてくれるんだね)



 友が戦っている。

 親友と呼んでくれたルカが戦っている。

 誰のためでもない、私のために。

 私が信じたものが正しかったことを証明するために。



「ごめんねルカ――それから、ありがとう……」



 誰に嫌われたっていい。

 人類に憎まれたっていい。

 世界に排斥されたっていい。



(ルカのためならば)



 だから立ち上がるの。

 友を救うため――ううん。






『共に』戦うために。

 


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