第13話 デッド・オア・シークレット

 ミュウの不意を衝くルカの一刀は勝負を決す――ことはなく、巨大化した長剣は空を斬った。



「空振り……マジか。完全に勝負を決めにいったんだけどな……」

「少々驚きはしたが想定内じゃ。得物を手放すなど常軌を逸した行動、お主も妾と同じように武器を創り変えられる可能性を加味しただけじゃ」


「後ろに瞬間移動――いや、片手で壁に張り付いている所から見ても糸の『収縮』ってところか……斬性を持つ硬質の糸と、吸着力のある接着性の糸……二つの性質を兼ね備えた糸の攻略なんて、たまごクラブの俺にとっちゃハードモード過ぎるぜ」

「ハードモード? 自惚れるな、攻略不可、じゃ。糸槍しそう



 身軽に高所へと登り上げたミュウは再び腕を振り上げ槍の雨をルカの直上へと振り下ろす。



「くそっ……その場しのぎにしかなんねぇが、今の俺が完全に防ぐ手立ては結界しかない……っ!」

「ほう? 結界で防いで見せたか。能力の是非はイマイチ不明じゃが、多少は応用が利くようじゃの。じゃがいつまで持つかのう?」


「あ、ぐ……!? 長ぇって……! ケルベロスとの連戦で魔力も少ないってのに……っ!?」

「ほれほれ防戦一方かのう~? つまらん、つまらんぞルカ・ローハ――おぉ? なにやらサキノ・アローゼの方で不穏な魔力の匂いがするのう……! くふふ、先に始末すべきはあやつじゃったか。お主は暫く大人しくしておれ――監獄プリズン



 嗜虐的な紅色の瞳のミュウが眼前で拳を握り締めると、周囲に突き立てられた糸槍が上部で捻転し、ルカを閉じ込める檻を形成した。まるで鳥籠のように逃げることも突破することも適わない厳重な収容所。



「さて、害亜駆除じゃ」

「俺との戦闘を中断してサキノのところに……? それに害亜駆除って――まさかあいつサキノの秘密に気付いたのかっ!?」



 ミュウは鳥籠を飛び越え、颯爽と優先なる戦場へと駆けていった。




× × × × × × × × × × × × ×




 巨大サソリの尾から射出される針はサキノに容易に回避され、しかし針は地面に突き刺さると糸となって四散した。



「いくら足場を粘着性の糸で埋めようと無駄。私の【白纏ハクテン】は風の力で粘着も無効化する」



 全身に白光を纏うサキノの優勢性は、ミュウの召喚物など相手にならなかった。

 現在サキノが相手取る傀儡蠍スコルピオネットは右腕が一本と、八本あった足は三本失った無残な姿となっている。



「体の一部が欠損すると、それも足場を埋めて動きを拘束するための糸に成り代わるみたいだけど、相性が悪かったね。これで――終わりッ!」



 足下へと潜り込んだサキノは縦断一閃、飛び上がりながら巨大サソリを両断した。

 ズシン……と崩れ落ちる傀儡蠍に、着地したサキノは「ふぅ」と一息つこうとした――しかしその時、パァンッと耳を劈くような音が響き。



「な――痛っ……!? くぅ……糸の四散は予想してたけど、本体の四散は斬性を持つ上に規模が桁違いなんて……」



 欠損した体の一部は精々足場を広範囲埋めるだけだったものの、本体の糸の四散はサキノの体を傷つけながら呑み込み、全身の拘束に至った。



「ん……周囲一帯、糸の巣窟ってところ……? 粘着糸の上を走るだけなら【白纏】で防げるけど、これは体中に完全に纏わりついてる……刀も動かないし――もう残り魔力も少ないんだけど、勝負を急がないとマズそうね……」



 瞑目したサキノはすぅ、と短く息を吸い、集中力を極限まで高める。



「【風冴ゆる、大気の加護を身に纏う――――白纏ハクテンハツ】!」



 紫紺瞳を開き魔力を全身から解放すると、拘束していた糸はサキノの体の内から発生した風によって跡形もなく斬れ失せた。



「はぁっっ、はっっ、はぁ……っ! これ攻撃も全部防げちゃうんだけど、魔力の消費が激し過ぎるんだよね……ともかく早く息を整えてルカを助けに行かないと――」

「何やら不穏な力を感じるのう? サキノ・アローゼ」

「な、何でみーちゃんがこっちに!?」



 ルカと交戦中の筈のミュウの接近に、最大の焦燥がサキノの心臓を鷲掴みにした。



「魔力には個々人によって色があってのう。内に悪魔を飼う妾には些細な色も見えてしまう――お主、人族ではない何かを隠しておるな?」

「っ!?」



 豪糸地帯の中で動揺に鈍る太刀筋。

 サキノはミュウの硬質化した鞭刀を体に貰い受けていく。



(色が見える……っ!? このまま【白纏】を使い続けたら私の血筋がルカにもバレちゃうっ……!? それだけは……!)

「見た目は人族と変わりないが、『風』ということはエルフの力といったところかの? ん?」

「っっ⁉」



 秘事の露呈と秘密保持の悪足掻きが優先されてしまったサキノは冷静な判断を手放す。

 結果、サキノは白纏を移動不可の糸の荒野で解除してしまった。



「足がっ!? しまっ――」

「実に無様じゃな。秘め事を隠すことも必死の延命も。四肢を拘束して、今全てを清算してやろう」

「あうっ!?」



 ミュウが両手を引き絞ると、サキノの腕が糸により上へ引き吊られて一切の自由を失う。

 隙と言うにはあまりにも無抵抗な姿に、死を悟ったサキノの時が緩慢になる。



「一思いに貫いてやる。逝け」


(あぁ、なんてみっともない最期なんだろう……でも最後の最後まで秘密を隠してきた私にぴったりな最期かもしれない)



 結局、何も守れなかった。

 結局、何も成せなかった。

 結局、何も残らなかった。

 結局――自分勝手だった。



(ごめんね――お母さん、ルカ)



 瞑目したサキノから鮮血が迸った。











「っ痛ぅっっ!?」

「チッッ! ルカ・ローハートの援護射撃で心臓を外したかっ!」



 舌打ちを置き去りにミュウが跳び退き、左肩を穿たれたサキノの眼前を青色の雷光が通過した。



「やらせるわけっ、ないだろ……っ!」

特殊電磁銃エネルギアオヴィスで監獄を突破しおったのか……!」



 電磁砲によって焼かれ消失していく豪糸地帯に、ルカは縺れる脚でサキノの矢面に立った。

 肩で息をし、隠しきれていない疲弊を携えて。



「……難儀じゃのう、ルカ・ローハートよ」



 ミュウは電磁砲にて焼かれた右手を一瞥し、鞭をしならせて苛立ちを二人へとぶつけ始めた。

 嗜虐心も愉悦の笑みも無い単なる暴虐を、ルカは小盾を創造してサキノを護り続ける。 



「血脈を隠し、人族に擬態したサキノ・アローゼを何故庇う?」

「やめ、て……!? 言わないで!?」

「人族が忌み嫌う亜人――エルフの血を持つサキノ・アローゼを何故庇う?」

「ぁ……うぅぅっ……」



 秘事の暴露により、サキノは絶望のどん底に叩きつけられる。



「親しき仲のお主に秘事を隠したいがためにそやつは死地まで見た。結果、庇うお主までもが命を落とす羽目になるのじゃぞ? ――よもや仲間だから、とでも言うつもりかの?」

「はっ、はぁっ……! それ以外に理由なんてねぇよ……!」

「くふふふふ! 我が身より人様の方が大切か!? 笑わせてくれるのう! 仲間? 友達? そんなものただの『重石』にしかならん!」



 小さな盾が破壊され、ルカがサキノの前に転がる。

 感情的に連撃を見舞ったミュウは手を止め、しかしルカ同様に息を荒らげていた。



「ルカ、ごめん……もぅ、私はいいから逃げ、て……」

(そうだよルカ……私は人族と同様の姿でエルフの血筋を隠して生活してたの……卑怯だよね……陰湿だよね……これまでの私が全て偽りの姿だったと知ったのなら、いくらルカでも見放して当然……)



 騙し続けていた秘事は、下界の居場所を失うに等しい。

 それが、亜人族に課せられた宿命なのだから。



「逃げて、か……依然双方始末するのも容易じゃが……よかろう。サキノ・アローゼを置いて去るのならば、お主だけは見逃してやってもよいぞ?」

(己が窮地に立たされた時、人間はいとも簡単に裏切る。ルカ・ローハートよ。醜く、愚かな人間の本性を見せるがよい!)



 サキノの願いを聞き入れるミュウの心中は期待と、嘲弄。



「みーちゃんもこう言ってくれているから、ルカ、お願い……」

「……それがサキノの願いか」

「そう、だよ……亜人族の血が入った私の居場所なんて――」

「あーあーあー。お前に卑屈は似合わねぇからちょっとその口閉じてろ」



 やや横暴な口ぶりでルカは立ち上がり、それでもサキノの前を退こうとはしなかった。

 ミュウの期待と嘲弄に満ちた冷笑は、愚かな道を選択するルカによって怪訝に上書きされていく。



「二人とも始末するのは容易? やってみろよ……お前を倒してサキノと二人で下界に戻る。それ以外選択肢なんかねぇよ」

「……正気かお主? この圧倒的劣勢が見えぬのか?」

「俺には都合のいい眼が備わってんだよ。この状況が劣勢になんて見えねぇな」


「なんなのじゃ……生きられる道も与えたのにお主は死ぬ道を選ぶと申すつもりか……?」

「聞こえなかったか? お前を倒して下界に戻るって言ったんだ。死ぬつもりなんか更々ねぇよ」

「ルカっ……無理だよっ! 逃げてっ!?」

「断る」

「お願いだからっ……! ルカっ……!」

「断る」

「……そんなに仲良く死にたいか。劣勢を感じられぬのならば、そのまま死を迎えるのもよかろう。妾の忌々しい悪魔の力を持ってして、死へのはなむけとしてやろう」



 鞭を力なく手放し、ミュウは美しい紅髪を片手で掻き上げて色気を膨張させた。



「酔いむせべ――【魅了エピカリス】」



 瞬間、ミュウを直視していた二人の心臓が一度ずくんっ! と震えた。

 脳が抵抗を拒むほどに強烈な『酔い』の感覚。視界が殴打されたかのように色を失い、心音が加速し、飛び跳ねるように高鳴る。



「ぁは……」



 頬の上気。

 ミュウに悪魔の翼が生えていようとも天使と錯覚するほどの美女から視線を外せない。


 何も考えられない。何も言葉を発せない。

 許されているのは異常なほどの恍惚だけ。



「妾の色欲に支配されぬ者はおらん。制圧完了じゃ」



 一帯はミュウ・クリスタリアの魅了に掌握された。

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