魔法使いタラゼド

 赤い水面にエルクリッドは静かに横たわる。真白の世界、精神の世界、自分の心の世界と感じながら身を起こして座り込み、背中合わせに座るアスタルテを感じながらため息をつく。


「何の用? あたしゆっくり寝てたいんだけど?」


「そう仰らずに……強者に挑む前にちゃんと備えるのは大切なこと、でしょう?」


 エルクリッドの手に自身の手を置きながらアスタルテが返し、ゆっくりと背に力を入れて押すと自然に二人の身体は一つへと重なり合う。

 絶大な火の夢エルドリックの力を使いこなせるようになってこそいるが、バエルがそれだけで勝てる相手ではないのはエルクリッドは悟っていた。むしろ彼を始めとする強者はそれを打ち破ってくるだろうと。


「バエル相手に、あたしの力は使いどころを見極めないといけない。でも……」


「お姉様が思っているようにアタクシ達の力は一つにつき一度が精一杯……加えて通常のスペルのように再利用する術はありません」


 火の夢の力によるカードはその都度生成し使えるが、その都合上二度目はない。強力なカードの短所と思えば気にはならないが、今回はそうはいかないと再認識し直す。


 威力に特化した黒の力、使いやすさの白の力、そしてその二つを併せ持ち上回る赤の力、三つの力があるがそれらを適切に使いこなせねばならない。


「アスタルテ、調整の方はすぐやれる?」


「もちろん、戦いまでには間に合わせます。お姉様の望みはアタクシの望み……勝って貰わなくては困ります」


 エルクリッドの瞳孔が細くなりながらもすぐに戻り、独り言を呟くようにアスタルテと言葉を交わす。二心同体、協力的であるアスタルテが本当にそれだけなのかと思う事は感じながらも、今は先にやる事を優先し頭の片隅に置いた。


 アスタルテが力を制御してくれてるおかげで魔力を最小限に、それでいて効果的な使い方はできつつある。意識してそれらを使いながらより効果的に扱い、バエルに対する武器として使えるように仕上げねばならない。


 ひとまずアスタルテとの対話を終えてエルクリッドが赤の水面に寝そべり目を瞑り、深い眠りにつくと同時に意識は現実世界へと戻って目を開く。

 程よく温かさのある大地の熱で心地よく寝れたこともあって疲れはすっかりなくなり、身体を起こしながら隣で眠るノヴァに自身の敷布をかけて微笑む。


(まだ夜……か。シェダとリオさんは帰ってなさげだし、他の人達も寝静まってるみたいだけど……)


 すだれを上げて空を確認して夜と確認しつつ、集落の中心で静かに燃え続けるやぐらが明るくする中で傘召桜さんしょうおの者達も見張りを除いて休んでいる。

 だがまだシェダとリオは戻って来てないのは魔力の波長が感じない事からわかり、また、外にタラゼドがいるのも察知して畳まれていた自分の服に着替えカード入れを腰にぶら下げ、外に出られるようにしてから外で静かに佇んでいたタラゼドと顔を合わせた。


「まだ夜中ですよ」


「うん……でも、タラゼドさんに頼みがあるし」


 微笑みながら迎えるタラゼドにエルクリッドが話題を切りだそうとすると、わかっていますと言ってタラゼドが左手を前に差し出してエルクリッドも少し驚きつつ手を取る。


「あなたがバエルに挑む前にわたくしに頼む事はわかっていました。そしてそれによって、少しでも勝つ可能性が高くなるならば……わたくしも出来る限りの事を致しましょう」


 穏やかに語っている内にタラゼドの足元から魔法陣が展開されてエルクリッドと共に閃光が包み込み、そして消えると同時に二人は別の場所へと転移していた。

 ぽっかりと天井が空いて月光が射し込む巨大な空洞。温暖な土地からいきなり別の場所へと移動したのもあって少し肌寒さも感じはしたが、月光に照らされるタラゼドの落ち着いて歩く後ろ姿と清らかな雰囲気とがエルクリッドの心を落ち着かせる。


「さて……バエルに挑むにあたり、わたくしの魔法を対処してもらいます。防ぐのか、躱すのか、的確に見極めてください」


 振り返って穏やかに話すタラゼドに頷いて応えたエルクリッドが両頬をパンッと叩いて臨戦態勢となり、カード入れの留め具を外し最初のカードに手をかけた。皆まで言わずともタラゼドはエルクリッドが望むものを理解し、その準備をしてくれていた。


 ありがたいと思う一方で、彼がここまでの自分の道を導いてきた事を確信できるものでもあり、多くの疑問や聞きたい事もエルクリッドの脳裏に浮かぶ。だが今は、やる事をするのが先と切り替え最初のアセスを召喚する。


「仕事の時間だよセレッタ」


 まずは水馬ケルピーセレッタが水を纏いながら凛々しく降り立ち姿を見せ、タラゼドの方へ頭を向けながら目を細めた。


 いつもと違う戦いではあるが、似たような訓練は経験がありエルクリッドとしては懐かしさもある。ただし今回は相手が世界屈指の魔法使いであり、バエルを想定したというのも踏まえると気が引き締まる。


「セレッタ、あたしもできるだけ助けるけど……」


「ご心配なく、麗しきエルクリッドの負担をかけぬよう立ち回ってみせます」


 カード入れにそっと手をかけながら声をかけるエルクリッドにセレッタが答え、静かに蹄から水を放出しまずは水溜りを足元に作り出す。


 それが済んだのを見てからタラゼドが右手を開いて前に出し、手を閉じるとセレッタの周囲に鋭い岩の欠片が無数に現れ一気に放たれた。

 すかさずセレッタは前脚で水溜りを巻き上げながら水を操り欠片を防ぐ壁として対処するも、続けてタラゼドが手を引き弾くような動きを見せると足元が赤熱化し始める。


「スペル発動プロテクション!」


 薄い膜がセレッタを包み込み、刹那に噴き出す炎にセレッタが宙へと放り出される。詠唱なしで手の動きのみでの魔法ながらその威力は銀枠ないし金枠のスペルと変わらないのをエルクリッドは察し、改めてタラゼドという魔法使いの恐るべき実力を感じ汗が流れた。


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