第13話


「杉原さんの他にやりたい人はいませんか?」


「いないようなので、林田さんと杉原さんで決定で」

 

 争うことなく決定したことはよかったが、もう1人がよりによってあの杉原真由になるなんて、誰が予想できたことか。


 形的には、裕斗が教科員に立候補した後の挙手だったこともあり、早速、裕斗に視線が向けられはじめる。

 前列や斜め後ろの席から、じっと様子をうかがう小さな視線の動きが伝わってくる。


(こういうことが起こってしまうから、距離を置きたかったんだ……)


 真由は“学年一の美少女”として噂される存在。

 男が関わる話題となれば、その噂は瞬く間にクラスから学年全体に広がる可能性もある。


「おーー」

「すげーー」

「2人とも頑張って」

「てか、2人って知り合い」


 軽い賞賛と冷やかしの混ざったような声が、ぽつぽつと聞こえてくるも、2人そろって特に反応することはなかったために、自然と声はフェイドアウトしていった。

 

「では、次は国語の教科員に移ります。

まずは、現代文から」


 一瞬、重たくなりかけたクラスの空気も、何事もなかったかのように活気を取り戻していく。


 そこから現代文と古文の教科員が決定するまで10分間ほどは、お祭り騒ぎだった。

 机を軽くたたく音や笑い声が、あちこちで重なる。


(これ、バレたら終わりだ……)


 裕斗は香織の人気を、肌感覚として改めて認識する。


「各教科ごとの担当教員が決まったので、今から5〜10分ほど、担当同士で集まって親睦を深めてください。では、始め!」


 学級委員の言葉を合図で、クラスメイトが一斉に動き出す。


(親睦を深めたい人だけが移動する、ではダメなのか……?)


 そんな中でも、裕斗と真由はなかなか動かない。2人だし、席も近いことから急ぐ必要もなかった。


 まずは耐える他ない。後のことは知らない。

 とにかく、まずはこの時間を耐える。


 先に動いたのは真由。

 軽く髪を払ってから自席を立ち、裕斗の後ろの席に移動する。


 それに合わせて、裕斗も身体を横に向け、後ろへ振り返る。机の縁に手を添え、肩越しに真由の方へ視線を送った。

 

(こんな至近距離で見るのは初めてだけど、これはやはり関わっては駄目だ)


 こんな高校生がいていいはずがない、と思わせるほどに、真由は美少女だった。


 白く透き通る肌。整った輪郭に大きな瞳。わずかに上がった目尻は、どこか涼しげな印象を与える。通った鼻筋とすっきりしたフェイスラインで、全体が上品にまとまっていた。


 肩までの黒髪は艶やかで、動くたびに光を受けてきらめく。黒のアイラインで引き締まった目元。長いまつげ。唇には淡いピンクのグロス。


 ふわりと甘く清潔感のあるフレグランスが香り、裕斗の感覚が鈍くなりかける。


(すごいな……)

 

 元がここまで整っているうえに、自分に何が似合うのかを熟知している。

 これは時間が経つほど人気が加速して、3年になる頃には香織に引けを取らないところまで行くかもしれない。裕斗は、真由からそんな可能性すらも感じた。


「はじめまして。林田裕斗です」

「杉原真由です」


 先に口を開いたのは、裕斗だった。


 入学式のとき、いきなり話しかけられた印象が強く、てっきり“陽の人間”かと思っていたが、実際の真由は、そのどちらでもなかった。


 真由は必要がなければ自分から話しかけない、いわゆる静かで、ひとりを好むタイプ。

 それでも周囲に人が集まってしまうから、知らない人の目には「陽の中の陽」と映ってしまう。……なんとも複雑な立ち位置だ。


(このタイプは本当にやりずらい。でも、もしかしたら自分もこんな感じなんか?)


「……」


 それでも沈黙はできてしまう。話すことがないのだ。

 真由は相変わらず沈黙を貫きつつ、ただ一点、裕斗だけを見続けていた。


「中学校はどこ~?」

「部活は何部に入るの~?」

「趣味とかある?」


 あちこちから、初対面同士のやりとりが飛び交う中、2人だけに会話禁止令が出されているわけではない。


 裕斗は自己紹介で、自分のことを話すのは嫌だった。あれこれ話せば、突っ込まれかねない部分が多すぎる。


 自分も昔は、何気なく人と会話をしていた。

 今みたく何をはなせばいいか、なんて疑問符が頭によぎることもなかった。それが、このザマだ……。


「ねぇ」


 次に口を開いたのは、裕斗ではなく真由の方だった。


「わたし、林田さんに興味ないから安心して。

ただ、タイプ的に似てると思ったから。似たタイプなら、無駄な会話も省けるでしょ。

他意は一切ない……」


 真由の言葉を聞いた裕斗は、うつむきがちに何回か頷いた。


(よかった。非常に賢明な判断だ)


 感情がマイナスからゼロに少し近づく。

 これなら、仕事の割り振り次第では関わりをゼロにできるかもしれない。


「やっぱり嘘!ほんとうは興味あるの」 

「ん?」


 真由は、周りには決して聞こえない小さな声でささやいた。


(……なんなんだ?)


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