第11話


「そういえば――元カノの浮気現場に遭遇したって言ってたよね。……もしかして、“やってるところ”に遭遇したの?」


 テーブルの上に並ぶ皿が少し減り、話題はいつのまにか裕斗自身のことへと移っていた。

 結衣はワイングラスを指先でゆっくりと回し、軽い調子でそう尋ねた。

 照明の淡い光が、グラスの中の液面をゆらゆらと揺らしている。


「カラオケで、です」

「裕斗って、浮気されそうだもん。このままだと永遠に同じこと繰り返すよ。……もし私の彼氏が君みたいなタイプなら、たぶん浮気する」

「……それ、けっこう刺さりますね」

「いい人止まりの典型ってやつ」


 アルコールが入った結衣は、シラフの時よりも正直で、毒舌だ。

 けれど、不思議と嫌な感じはしなかった。――だって、どれも事実だったから。


「裕斗って今までの恋愛で、自分からリードしたことある?」

「あると思います。デートとかには自分から誘ってました」

「小学生か!」


 間髪入れず、鋭いツッコミが飛んでくる。


「そういうことじゃなくて、その先。手を繋いだり、キスしたり、その先……。あ、でもまだ15だっけ。こういうのって正解ないから、よくわからん。……それで今まで何人と付き合ってきたの?」

「……ひとりです」

「そっか」


 シャンパンを既に飲み干した結衣は、3本の異なる酒を同時に開け、ローテンションさせながら飲むという独特な飲み方を始めた。


「たしか裕斗って、過干渉なお母さんと、浮気癖のあるお父さんの元で育ったんだよね」

「お手伝いさんが言ってました。俺が生まれる前から父さんは浮気をしてて、母さんはどんどん過敏になっていったって。……で、俺が生まれてから、壊れ始めたって」


 こんなことを、誰かに話している姿を、東京に住んでいた頃の自分が想像できただろうか。

 チキンをかじりながら、裕斗はそんなことをふと思う。


「複雑だね。でもね、そういった家庭環境で育った子は、恋愛に臆病になる傾向があるの。傷つくことを極端に恐れて、決して自分から踏み出せない。たとえ相手がそれを望んでいてもね……裕斗ならわかるでしょ。」

「……はい」


 裕斗には、結衣の言ってることがよくわかった。


「元カノの浮気、今では彼女を責めきれないです」


 浮気された直後は、彼女のことをとことん責めていた。

 けれだ、時間が経てば経つほどに、あの時彼女が自分に何を求めていたか、わかるようになってきた。


「人は生きてる限り、何かしら苦労する。それは裕斗ほどの容姿を持つ人でもね。当然私も。

私はね、苦労を人と比較してはダメだと思ってるの。それはさ、苦労を体験してるのは自分だけだから。

その人その人で育ってきた環境も違えば、持ってる感覚も違う。同じ内容の苦労でも感じ方は絶対に異なる。

それを一括りに苦労っていう単語にまとめて、比較するのって、人の生来持つ浅ましさのひとつだと思うの。

裕斗が対人恐怖症なら、ごく少人数の人と深い中を気づくしかない。友情、もしくは愛情、それが必要なの。それはわかる?」

「はい」

「でも現実問題、おとなびてる裕斗が日常生活で友情を深められる人に出会える可能性は低い。

てなると、愛情しかなくなる。裕斗が異性愛者なら、どうしても女性との関係を築くしかない。それも分かる?」

「はい」

「もちろん、裕斗自信が頑張らないといけないのは前提なんだけど〜、あまり心配しなくていいよ。

私が協力するから。裕斗を特に何も考えずに、たーだ日々を過ごしてればいい。

自分ひとりじゃ解決できない領域ってあるから、そこを埋めてあげるのが、大人。私の役割」

「どうして、そこまでしてくれるんですか?」

「色々あるけど、そうだなあ〜、まあ出会っちゃったから。あとは、単純に君が面白いから」


 結局、まともな会話はこれが最後となった。


 伝えたいことを言い切った結衣は、急にペースをあげて飲み続けた。

 やがてそのまま潰れるようにソファーに横たわり、静かな寝息を立て始めた。


 裕斗は黙って立ち上がり、片付けを始める。

 皿を重ね、残った料理をラップに包み、グラスを洗い、テーブルをアルコールで拭き上げる。

 寝息を立てる結衣をそっと抱え、ベッドに寝かせた。


 リビングの照明を落とすと、夜の静寂が戻ってくる。

 結衣の部屋を開けっぱなしはできず、結局ソファーを借りて、その日は結衣の部屋に泊まった。

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