第5話『品質管理(クオリティ・コントロール)』
プロジェクトは、順調なスタートを切ったように見えた。 ドワーフたちの削岩機は『花崗岩の顎』を轟音と共に砕き、後方では人間たちのチームが資材運搬や整地作業を進めている。レオが若いドワーフと岩運びの速さを競い合い、負けた方が酒を奢るという賭けをするなど、現場には活気があった。
しかし、数日も経つと、小さな、しかし無視できない不協和音が鳴り始める。
「おい、人間!この杭の長さが数ミリ短いぞ!これでは使えん!」
「なんだと!そっちの図面に書いてある通りに切っただけだ!」
ドワーフたちが求める、寸分の狂いもない「品質」。
人間たちが慣れている、多少の誤差は現場で調整する「効率」。
異なる種族、異なる文化、異なる仕事のやり方が、現場の至る所で衝突し、プロジェクト全体の効率を少しずつ蝕み始めていた。
そんな中、測量チームから緊急の報告が入る。古い地図には載っていなかった、広大な『嘆きの沼』が、ルートの先に広がっていたのだ。 コウスケの【万物積算】が、その淀んだ泥を分析する。
【対象:嘆きの沼】
【構造安定性:F(極めて不安定)】
【最適工法:不明(データ不足)】
スキルが、初めて「不明」という答えを出す。岩の専門家であるドワーフたちも、底なしの沼にはなすすべがなかった。彼らの誇るゴーレムや機械は、泥に足を取られて沈んでいくだけだった。プロジェクトは、完全に停止してしまう。
進まない工事。迫る納期。そして、湿地特有の陰鬱な雰囲気が、現場の空気を日に日に悪化させていく。 ついに、堪忍袋の緒が切れたレオが、ドワーフの現場監督に掴みかかった。
「岩を砕くのがお前らの仕事だろ!泥の一つもどうにかできねえのか!」
ドワーフも怒鳴り返す。
「軟弱な土地は、軟弱な人間どもの仕事だ!我々の技術を泥で汚すな!」
人間とドワーフ。二つのチームは完全に決裂。プロジェクトは、空中分解の危機に瀕した。
その夜、コウスケは全ての作業を停止させ、全員を集めて焚き火を囲んだ。彼は、誰も責めなかった。ただ、静かに語り始めた。
「俺がいた世界では、どんなに優れた設計図があっても、現場で働く人間が違う方向を向けば、建物は必ず欠陥品になる。今の俺たちは、まさにそれだ」
彼は、目的を再確認させる。
「俺たちは、ただの道を作っているんじゃない。この街の『未来』という、最高の建築物を作っているんだ」
翌朝、コウスケは沼のほとりで、木の枝と粘土を使って、小さな模型を作り始めていた。
「沼を埋め立てるんじゃない。沼の上に『浮かぶ道』を造る」 彼が示したのは、古代ローマの湿地帯で用いられた「柴束(ふぁっしん)工法」だった。
大量の木の枝を束ねた「柴束」を沼に敷き詰め、その上に土砂を盛ることで、巨大なイカダのように安定した路盤を形成する、というものだ。
彼は、決裂していた両チームに、新たな役割を与えた。
「クララ、君のチームの器用さで、最高の柴束を作ってほしい。レオ、君の力で、大量の木材を切り出してくれ。そして、ドワーフの皆さん。あなた方の精密な測量技術と、圧倒的な力で、この柴束を寸分の狂いもなく敷き詰めてほしい。これは、あなた方にしかできない仕事だ」
人間とドワーフは、半信半疑ながらも、その合理的で、かつ自分たちの技術への敬意に満ちた計画に従い始めた。 人間が作った柴束を、ドワーフが完璧に配置していく。最初はぎこちなかった連携は、徐々に一つの流れとなり、驚異的なスピードで、沼の上に道が生まれ始めた。
夕暮れ時。泥だらけになったレオとドワーフの若者が、互いの肩を叩き合い、その日の成果を笑い合っていた。 チームは、一つの危機を乗り越え、より強固な「一つの組織」へと生まれ変わった。
だが、彼らの知らないところで、封鎖された『蛇の道』では、オークたちの不穏な動きが活発化していた──。
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