第4話『共同事業(ジョイント・ベンチャー)』

夜明け。改装されたギルドハウスの一階は、活気と緊張感に満ちた「プロジェクト管理室」と化していた。壁には『北回りバイパス』のマスタープランが貼られ、コウスケが、レオとクララと共に向かい合っている。




「第一フェーズは、ルート予定地の測量と地質調査だ」




数日後、調査を終えたレオとクララが持ち帰った報告は、計画に最初の大きな壁を突きつけた。




「マスター、大変だ。ルートの中間地点に、とんでもない岩盤地帯がある」


「『花崗岩の顎(グラニット・ジョー)』…土地の古文書にあったわ。人の手で砕くのは不可能だって…」




コウスケの【万物積算】が、クララが広げた地図上のその一点をスキャンし、絶望的な数値を弾き出す。




【対象:花崗岩の顎】


【構造硬度:SSS(極めて高い)】


【最適工法:ドワーフ製削岩機、または大規模な爆破】




「つるはしやシャベルじゃ、歯が立たない。それに、そもそもこの工事をやるには、圧倒的に人手が足りないわ…!」




クララの悲痛な声が響く。プロジェクトは、始動直後にして暗礁に乗り上げた。


コウスケは冷静に結論を下す。




「自前での施工は不可能だ。専門技術を持つ、外部の協力者(サブコントラクター)が必要になる」 この地域で、岩盤を砕き、大規模な土木工事を可能にする技術を持つ者。それは、山に住むドワーフの『石槌(ストーンハンマー)一族』しかいなかった。




だが、話を聞いた商人ギルドの長は首を振る。




「彼らは気難しい職人集団だ。人間の下で働くことを嫌うし、何より彼らを雇うための報酬は天文学的な額になる。我々が用意できる予算では、到底足りん…」







コウスケは、レオとクララだけを連れて、山深くにあるドワーフの里へ向かった。 里の工房(フォージ)は、火花と熱気に満ち、屈強なドワーフたちが黙々と鉄を打っていた。 一族の長である、頑固で威厳のあるドワーフ王ギムレットは、玉座からコウスケの依頼を一言のもとに断った。




「二ヶ月で、あの岩盤を抜け道にしろだと?人間の与太話に付き合うほど、我々は暇ではない。帰れ」




ギムレットが要求したのは、街の年間予算に匹敵するほどの、莫大な前金だった。




誰もが交渉決裂を確信したその時、コウスケは取引のテーブルに、金貨袋ではなく、一枚の設計図を広げた。




「確かに、今すぐお支払いできる金はない。だが、俺はあなた方に、金以上の『価値(バリュー)』を提供できる」




それは、ドワーフたちが使う旧式の鍛冶炉(フォージ)を分析し、水力を利用して生産性を3倍に高める、全く新しい「水力式トリップハンマー」の設計図だった。コウスケは、彼らの工房を一瞥しただけで、その非効率な部分と、改善の可能性を完全に見抜いていたのだ。




彼は、ギムレットに宣言する。




「これは、単なる雇用契約ではない。俺が『技術コンサルティング』を提供する代わりに、あなた方が『土木工事』を担当する、対等な共同事業(ジョイントベンチャー)の提案だ」




ギムレットと、彼の脇に控えていた若い技術者のドワーフたちは、その革新的で、寸分の無駄もない設計図に釘付けになる。彼らは瞬時に、目の前の人間が、ただの口先だけの商人ではない、自分たちと同じ「モノづくりのプロフェッショナル」であることを理解した。




長い沈黙の後、ギムレットの髭が、わなわなと震えた。




「…クックック…面白い!気に入ったぞ、人間の小僧!」




彼は玉座から立ち上がると、豪快に笑った。




「その話、乗った!我が『石槌一族』の技術、貴様のプロジェクトに貸してやろう!」







数日後。『礎の谷』の街の入り口に、ドワーフの屈強な工事部隊が、地響きを立てながら到着した。ゴーレムが牽引する巨大な削岩機や、蒸気を上げる不思議な機械の威容に、街の人々は息を呑んだ。




コウスケは、人間とドワーフ、冒険者と商人からなる、混成プロジェクトチームの前に立つ。 彼は、マスタープランを再び広げ、宣言した。




「キーパートナーが揃った。これより、プロジェクト『北回りバイパス』、本格着工とする!」




彼の合図で、ドワーフの親方が巨大なハンマーを振り上げ、最初の杭を地面に打ち込んだ。 カーン!という甲高い槌音が、新しい時代の始まりを告げるように、谷間に響き渡った。

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