第五章

 それから、翌日になった。

 昨日は――徹夜でダイジェスト動画編集をしたりして、満身創痍だった。

その為、あまり体調はよろしくなかった。

 それでも、勝ち馬になる事ができたので、重畳だ。

 そして、今日の朝の着席戦争で――俺は須和流佳という、越えなくてはいけない壁と対峙する事を決意した。

 現在の時刻は、午前四時四五分。

 今、俺は昇降口前で、着席戦争が始まるのを待っている。

 待っている最中に、ゴリゴリ君を装着した。

 ――今日も宜しく頼むぜ、相棒。

 俺は、昨日の内に、メリケンサックの手入れをした。

 成り上がる為には、相棒が必要不可欠だ。

 だから、毎日――手入れを欠かさずにいる。

 よく見ると、普段から参戦していない生徒達も、チラホラ見受けられた。

 もしかしたら、昨日のダイジェスト動画を観て――着席戦争に興味を抱いたのかも知れない。

 戦いに身を投じている者としては、大歓迎だ。

 これを機に、もっと着席戦争の素晴らしさを知ってもらいたい。

 最も、今まで戦っていなかった連中に負けるつもりは、さらさらないが、

 ――全校生徒の半分以上は、着席戦争に参戦しようとしている。

 その状態は、非常に喜ばしい事だ。

 ――そう、この感覚だよッ! この待ち焦がれる瞬間が堪らないのだッ!

 俺は自分に発破掛けるように、両手で顔面を叩いた。

 今日こそ――『紅蓮の女王(レッド・クイーン)』に一泡吹かせてやる。

 今日は、寮の前に教師が立っていなかった。

 どうやら、ちゃんと理事長は動いてくれたようだ。

 ほんの二日しか経っていないのに、随分と久しぶりな気がする。

 ・・・・・・数十秒・・・・・・数分。

 殆どの生徒が会話する事なく、始まるのを待っていた。

 ――このピリついた感覚が、刺激となって気分が昂ぶるのだ。

 もはや、これは麻薬を打つ時の高揚感に近いものだ。

 ――今日は香澄や雄介と戦う事はせずに・・・・・・流佳だけを一点集中して勝つ。

 そして・・・・・・五〇分となり。

「「「「「「「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」「」」」」」」」」」」

 スタンバっていた生徒達が、猛ダッシュしていた。

 俺も後れを取らずに、先陣を切っていた。

 今日は余計な体力を消耗せずに、万全の状態で流佳と戦いたい。

 その為には、他の人達と戦っている余裕がない。

 だから――今日は彼女以外とはバトルする事なく、逸早くバス停に辿り着く事。

 今日こそ――一位の座を譲ってもらうぞッ! 『紅蓮の女王(レッド・クイーン)』ッ!

 背後から迫ってくる生徒達を蹴散らしながら、俺は着実にバス停に近付いて来ていた。

 すると――全力疾走している時に、誰かに肩を掴まれた。

「まだ一位の座を譲るつもりはないぞ」

 ――俺の最終目標である、須和流佳が背後に立っていた。

 それを目視した途端、直ぐに俺は上半身をガードする姿勢をとった。

 すると――予想通り、彼女は舞うように俺の顔面に蹴り技を繰り出そうとしていた。

 俺はゴリゴリ君で受け止める。

「――そろそろ、私の攻撃パターンが身に染みついてきたか?」

「毎日、同じ技を食らっているからなッ! そう簡単に当たらないぜッ!」

 そして流佳は――一旦、バク転を繰り返しながら、俺から距離をとり始めた。

 どうやら、恐らく警戒されているようだ。

 俺は守りの姿勢をとられる前に、先制攻撃を仕掛ける事にした。

 まず、狙うのは――やはり足だった。

 彼女は踊るよう足技を繰り出してくるので、蹴ってきた瞬間にカウンターを仕掛ける。

 そして、ゴリゴリ君で防いで、痛がっている隙を突いて、反撃を決める。

 ここまで計算すれば、理論的にはダメージを与えられるはずだ。

 しかし、戦いにおいて、全て机上の空論通りにいかないのが当たり前。

 まずは、様子見で――俺はガードの姿勢を保ちながら接近を試みた。

 すると、流佳はパーファーマーのように、足技を繰り出してきた。

 ――計画通りッ!

 俺の上半身――心臓辺りに足技を繰り出していたが、ゴリゴリ君でガードすると「――ッ!」と僅かに痛がっている素振りを見せた。

 そこで、追撃をしようか迷ったが、俺は一歩引く事にした。

 彼女の反応が、ブラフである可能性も非常に高いと思ったからだ。

 彼女は地に足を着いて、俺と対峙する。

 お互い――どのタイミングで仕掛けるか、考えている最中だ。

 そして――先に仕掛けてきたのは流佳だった。

 彼女は回し蹴りを繰り出してきたので、メリケンサックを受け止めようとしたが、途中で蹴り技を引っ込めていた。どうやら、ゴリゴリ君の金属部分に当たる事を恐れているようだ。

「この短期間で、よくそこまで成長したものだ。いずれ、着席戦争で伝説として名を語り継がれる存在になるかも知れないな」

「そこまで大した奴じゃねぇよ、俺はッ!」

 さすがに偉人になる程、俺は成果を上げている訳ではない。

 ――全ては、須和流佳を倒す為に奮起しているだけに過ぎない。

「――ならば、これはどうだッ⁉」

 そう言ってから彼女は、超高速で回転しながら、俺に近付いてきた。

 まるでハムスターが回し車で遊ぶかのように、物凄く早かった。

 初めてみる流佳のアクションに、俺は戸惑いを覚える。

 ――何時、攻撃されるか予測がつかない。

 とりあえず、俺は受け流せるように、ガードの姿勢を維持した。

 あわよくば――カウンターを与えられたら良いと、安直に考えていた。

 しかし、彼女は高速で舞いながらも、攻撃を仕掛けてこなかった。

 だが、ここで突っ込んでしまえば、カウンターを食らう可能性が非常に高い。

 ――まだ様子見するべきだ。

 そう思った刹那。

「隙ありだッ!」

 流佳はバク転したと思えば、いきなり突進してきて、右手の拳を俺の顔面に当ててきた。

「――ぐはぁッ1」

 顔に鋭痛がジンジンと広がっていく。

 やはり、流佳の一撃は重たい。

 彼女の打撃技は、蹴り技を主張としているが、拳技も鉄を振り回している程に移植が強い。

 俺は真面に一撃を食らっても、怯まずにガードの姿勢を保ちながら、流佳と距離を詰めた。

 ――ここで守りの姿勢でいるのは、普段と同じだ。

 今回は・・・・・・流佳に勝たなくてはいけない。

 その為に、今日は攻めの一手を講じる必要がある。

 再び俺は流佳と距離を詰める。

 再度、流佳に攻撃を与える為だ。

 俺は舞い続けている流佳の攻撃をゴリゴリ君で受け止めながら、彼女が隙を突く瞬間を狙った。人間、動き続けていれば、必ず隙が生じる。その好機を待つのみだ。

 俺はメリケンサックで流佳の猛撃を受け止めていると、彼女が地に両手を着いた。

 ――このモーションは、地に両手を着きながら両足で攻撃してくるやつだ。

 今がチャンスだッ!

 俺は素早く流佳の懐に入り、しゃがみ込んで、右足で流佳の両手を払った。

「――ッ!」

 その動きは予想してなかったらしく、流佳は動揺して姿勢を崩していた。

 瞬時に、彼女の空中を漂っている右足にゴリゴリ君を当てた。

 それを直撃した流佳は「――ッ!」と、ギリギリ聞こえる程度の悲痛を上げていた。

 明らかにダメージを負ったはずだ。

 俺は絶好の機会だと思って、更なる追撃を加える事にした。

 しかし、その瞬間。

「そうくると思っていたッ!」

 どうやら、今回は俺の行動を予想していたらしく――素早く体勢を整え直した流佳は、ファイティングポーズをとりながら右ストレートを放ってきた。

 彼女の打撃が当たる距離にいた俺は、その攻撃を真面に鳩尾にヒットした。

「――ぐはぁッ!」

 俺が悶絶している間に、流佳は俺の顔面に向かって回し蹴りを繰り出していた。

 咄嗟に俺はメリケンサックで攻撃を躱した。

 客観的視線では不利に思えるが、彼女が至近距離にいるのは丁度良い。

 俺は流佳が右足を着地させる前に、右手で足首をキャッチした。

 彼女は「――しまッ!」と声を漏らしていたが、時既に遅し。

 俺は素早く、流佳の顔面に対して右ストレートを放った。

 咄嗟に彼女は両手で顔面を守ろうとしたが、ギリギリ間に合わず――直撃。

「――痛っつぅうううううッ!」

 彼女は悶絶の声を上げながら、カウンターを食らわせようと両足を宙に放り投げて、左足で俺に蹴り技を繰り出していた。

 ――この姿勢なら、ガードしきれないッ!

 そう思った俺は、掴んだ右手を離して、両手でガードした。

 ――このまま守りに徹するべきか。攻め切るべきか。

 そう考えている内に、咄嗟に俺は〝ゴリゴリ君を左足に向かって投げた〟。

 さすがに予想外だったらしく「――何ッ⁉」と流佳は狼狽えながら、真面にヒットした。

「――痛っつうぅぅうううッ!」

 右足と左足にダメージを負った流佳は、若干、フラついていた。

 ――これは、勝てるのではないかッ!

 そう思った瞬間、流佳は俺と距離をとってきた。

 恐らく、警戒されたのだろう。

 俺は素早くゴリゴリ君を回収しようとしたが。

「そうくると思っていたッ!」

 流佳は、俺の行動を予想していたように、俺と同じ動きをしていた。そして、距離を詰められてしまった。

 ――しまった、この距離なら彼女の攻撃が当たってしまうッ!

 咄嗟にガードの姿勢に入ると、こちら側に攻撃する事なく、ゴリゴリ君を蹴り飛ばす流佳。

 その結果、片方のメリケンサックは遥か遠くに放り出されて、回収するのが難しくなった。

 ――片方の武器を失った俺。

 彼女の右足と左足にダメージを与える事が出来ているので、結果は上々だが、片方のゴリゴリ君を失ったのは致命傷になり兼ねない。

 ――さて、ここから、どう攻めるべきか。

 今は右手にしかゴリゴリ君を装着していない。

 よって、流佳に攻撃を食らわすならば、左手しかない。

 今から蹴り飛ばされたメリケンサックを取りに行くのは、得策ではない。何故なら、これは俺が真っ先に思い浮かぶ方法だからだ。恐らく、既に流佳は予測を立てているはずだ。

 ――ならば、左手だけで戦うしかない。

 幸い、ダメージを与える事は出来ているので、次は顔面を狙うべきだ。

 そう思った俺は、彼女に向かって突進した。

 流佳は両足を痛めているはずだ。あれがブラフだとは思えない。

 狙うは顔面だ。意識を朦朧とさせる事が出来れば、俺に勝ち筋が見えてくるはずだ。

 しかし、流佳はお得意のダンスみたいな舞いによって、牽制を仕掛けてきた。

 ――この状態だと、真面に近付けない。

 そう思った俺は、直後に〝右手のゴリゴリ君を彼女の顔面に当てるか考えた〟。

 しかし、それは相当ハイリスクである。そうすると、俺は武器を完全に失う事になる。

 ――ここは一旦、距離をとるべきか。

 彼女に隙が生じた時に、顔面に攻撃を当てられれば、勝機が見えてくるはずだ。

 そう思っている内に。

「――好機ッ!」

 そして、流佳は回転しながら、俺に近付いてきた。

 ――そうきたかッ!

 咄嗟に俺はガードして、上半身を守る事にした。

 しかし、そうなると、当然――下半身に注意を向ける事が出来なくなり。

「――ここだッ!」

 彼女は回転するのを止めて、足払いをしてきた。

「――しまッ!」

 俺は咄嗟に姿勢を崩さないように踏ん張ったが、見事に身体が地に着いてしまった。

「――これでお終いだッ!」

 彼女は、転がっている俺の顔面を踏んづけようとしていた。

 咄嗟に俺は躱して、直ぐ様、立ち上がった。

 しかし、その所作を見抜いていた流佳は、俺の顔面に目掛けて、右ストレートを放ってきた。

 ――直撃ッ!

「――ぐはぁッ!」

 彼女の重たい一撃を受けて、俺はフラついてしまった。

「――ここからは、一気に攻めさせてもらうッ!」

 それから、流佳の猛撃が始まった。

 俺はガードしていながらも、何度も流佳は拳を振るって、俺にダメージを与えてきた。

 ――これは、非常にマズいッ!

 このまま長期戦になったら、こちら側が不利になってしまう。

 彼女は両足にダメージを蓄積している、そこを上手く利用する手段があれば良いのだが・・・・・・なかなか、これといった手法が思いつかない。

 しかし、流佳が猛撃を繰り出していると、モーションが遅くなっているのを感じ取れた。

 ――もしかして、疲弊している?

 そう俺は予測を立てて、ひたすら距離をとって――長期戦に挑む事にした。

 しかし、それでも距離を詰めてくる流佳は、〝拳のみ〟で猛撃を繰り出している。

 ――まさか、両足のダメージが残っていて、蹴り技を恐れている?

 そう俺は憶測を立てて、〝とある作戦を立てる〟事にした。

 それは――流佳の両足に攻撃を加える事。

 俺は距離をとりながら、隙が生じるのを待ち続けた。

 何度も猛撃を食らっているが、幸い、ガードしているので致命傷になっていない。

 彼女は「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・・・・はぁ・・・・・・」と息を切らしていた。

 体力を削る事にも成功している。これはチャンスだ。

 咄嗟に俺はしゃがみ込み、再び足払いを仕掛ける。

 それを直撃した流佳は「――ッ!」と焦りの表情を浮かばせながら、地に転んだ。

 そして、俺は――彼女の左足に向かって、思いっきり蹴り上げた。

「――あぁああああああああッ!」

 それを直撃した流佳は、悲痛の声を上げていた。

 これは、明らかに痛がっている素振りだ。

 更に俺は、彼女が立ち上がる前に、右足をゴリゴリ君で殴った。

「――がぁあああああああッ!」

 明らかに悶絶している彼女だった。

 ――絶好の好機ッ!

 そして、流佳は俺と寝転びながら、俺と距離をとり始めた。

 彼女が立ち上がる、その一瞬を狙って――俺は彼女の顔面にメリケンサックを投げた。

 直撃した流佳は「――ぐはぁッ!」と悲痛の声を上げながら、両手で顔を押さえていた。

 ――ハッキリと痛がっていた。

 これ以上の好機は――ないッ!

 更に俺は追撃しようと、流佳の鳩尾に右ストレートを放った。

 それを食らった流佳は「――ぶはぁッ!」と嗚咽を吐いていた。

 それから、右手と左手の交互で、彼女の身体に向けて連打攻撃を繰り出す。

 弱っている今の内に、与えられるダメージは存分にぶつけた方が良い。

 それを真面に食らっている彼女は、必死に耐えていた。

「私をここまで追い詰めるとは・・・・・・「小柄の坊主(リトル・モンク)」・・・・・・本当に成長したな」

「そっちこそ。これだけ攻撃を受けて倒れないとは・・・・・・さすが『紅蓮の女王(レッドクイーン)』だぜッ! 最強と呼ばれるだけはあるなッ!」

 俺達は、睨み合うようにして、対峙する。

 一旦、流佳は俺と距離をとり、呼吸を整えていた。

 ――そろそろ、決着が近い。

「そうだ。その称号だけは、今後も引き継がれる。ここで負ける訳にはいかないッ!」

 そして、彼女は突進してきた。

 今度の舞うような蹴り技ではなく、拳で語り合うとしている。

 ――最終手段は、やっぱり拳でやり合うよなッ!

 俺は、彼女に希望に応えようと〝ノーガード〟の姿勢をとった。

 加えて、〝装着しているゴリゴリ君を外した〟。

 自分の構えを見た流佳は、俺と同じようにガードするのを止めていた。

 そして、お互いが気絶するまで、徹底的に殴り合った。

「「――ッ!」」

 どちらが倒れるか分からない。

 気絶するまで、ひたすら殴り合い続ける。

 まるでボクシングの試合かのように、殴られたら、殴り返す。

「「うぉおおおおおおおおおッ!」」

 俺達は咆哮を上げながら、ひたすら我慢比べをした。

 数秒・・・・・・数分・・・・・・数十分。

 もう、どのくらい経過したか分からない程に、意識が朦朧としている。

 それでも、倒れない限り、殴り合い続ける。

 それが、着席戦争の本質だ。

「最後に勝つのは――俺だぁあああああああッ!」

 そして、意識がシャットダウンしかけている最中に、渾身の右ストレートを放った。

 ――直撃ッ!

 流佳の顔面に届いた、その一撃は、そう重かったらしく。

「――――――ッ!」

 流佳は悲痛の声を上げながら、一旦、距離をとり始めた。

 そして、更に舞うように蹴り技を繰り出してきた。

 しかし、所作が遅い。

 俺との接近戦に危機を感じたのか、蹴り技を連発していて、近付けない状態になった。

 ――ここで迂闊にカウンターを仕掛けたら、やられるッ!

 そう俺は感じ取り、流佳の猛撃が止むのを、一旦――待つ事にした。

 俺達は、両者共に警戒している。

 それから、彼女は回し蹴りを繰り出していた。

 しかし、そのモーションは、戦闘直後より圧倒的にキレがない。

 俺は容易く躱してから、彼女の懐に入った。

 そして――渾身の右ストレートを、彼女の顎に目掛けて放った。

 しかし。

「――隙ありッ!」

 そして、流佳は俺の顔面に向かって膝蹴りを放ってきた。

 それを直撃した俺は。

「――――ぶはぁッ!」

 鋭痛が、再び一度顔面に広がっていく。

 正直、先程の殴り合いで、既に体力が限界に達している。

 意識が・・・・・・明確に朦朧としてきた。

 ――次、攻撃を受けたら、きっと倒れてしまう。

 俺は、相棒のゴリゴリ君を――再び装着しようとしたが止めた。

 もう武器は失ったのだ。

 後は拳で語り合いたかったが、流佳は足技を繰り広げていた。

どうやらカポエイラでトドメをさしたいらしい。

 その為、何時も通り、ガード徹して彼女から距離をとる事に――しない。

 何故なら、恐らく流佳は、俺の行動を予想してくるはずだから。

 その為、猛撃を食らったにもかかわらず、俺は反撃の姿勢をとる事にした。

 まず、俺の武器は素手のみ。

 ならば――不意を突かせて頂くとしよう。

 俺は流佳の顔面に向かって、思いっきり真っ正面から殴りに掛かっていった。

「な――――ッ!」

 さすがに驚愕したらしく、彼女の予測に反する事ができた。

 これで完全に武器を失った。

 しかし、不意を突かれた彼女は、一瞬だけフラついていた。

「ここだぁああああああああああああああああああああッ!」 

 それから、俺は彼女に目掛けて、思いっきりタックルした。

「――――ッ⁉」

 さすがに完全に予想外だったのか、それを直撃した彼女は倒れた。

 ――今がチャンスだッ!

 俺は、バスに向かって、一直線で猛ダッシュした。

 すなわち、敵を倒さずに、先にゴールしてしまえば良い。

そうすれば、着席戦争においては勝ち馬になれる。

 幸い、まだ誰もバスに乗車していないようだ。

 ――間に合えぇえええええッ!

 俺は我武者羅で全力疾走した。

 後一〇・・・・・・五メートルッ!

 そして、遂に俺は、誰にも邪魔されずにバスの中に乗車する事ができた。

 ――勝った、俺は須和流佳に勝ったんだッ!

 俺の中で、達成感と幸福感が、同時に身体中を巡っていた。

 その悦びの影響で、脳汁がプシャーッと出てきて、愉悦に浸っていた。

 そして、続けて乗車してきた流佳は。

「・・・・・・遂に負けたか。一位になれなかったのは久しぶりだ」

 彼女は、笑顔を俺に向けてまま「おめでとう」と賛辞を贈ってくれた。

 ずっと目標だった人――想い人に、今日、初めて届いた。

 これで――ようやく、流佳と対等になれた気がする。

 何より――。

「流佳。俺は、君の全てに惚れ込んでいる。男勝りな口調も、常に自信に溢れた出で立ちも、ご飯を沢山食べるところとか、着席戦争では何時だってトップの座に君臨していた流佳が眩しくて、煌びやかな存在だと思っている。そんな君に、俺は惚れた。だから――俺と付き合ってくださいッ!」

 俺は深く頭を下げて、彼女に片手を差し出した。

 顔面がグシャグシャにになっていて格好がつかないが――俺は想いを伝えた。

「言っておくが、負けたから付き合うのではない。純粋に、私も君の果敢に挑む姿勢や卓越した戦闘センスに惚れ込んでいる。だから――」

 ――こんな野蛮な私を、もらってくれますか?

 流佳は、そう言って俺に片手を差し出してきた。

 お互い、まだ掴み合っていない。

 俺は決心して、彼女の手を握る。

「これから宜しく頼む。須和流佳」

「でも――今回の敗北が最後だ。これからは、絶対に負けない」

「あぁッ! 望むところだぜッ!」

 そう言ってから流佳は、左側の高い席に座っていた。

俺は悲願が叶ったので、もう満足感で満たされている。

 さぁ、学園までの二時間、何をして過ごそうか。

 ――読書、音楽鑑賞、スマホで映画を観るのも良い。

 そこまで考えて、俺は一つの答えを導き出した。

 それは――日記だった。

 今日、今この瞬間、清々しい気持ちをスマホのメモ帳で綴る事にした。

 初勝利の記念という事で、これからも勝ち続けるにつれて、メモを残すのは悪くない。

 そう思った俺は、さっそくメモ帳のアプリを開いた。

 そして、一行目に。

『最強の相手に打ち勝つのは、何事にも例えがたい』

 そう見出しを書いてから、詳細を書く事にした。

 まだ二時間も時間がある。ゆっくり、的確な表現でメモを綴っていこう。

 通学中の俺は、ひたすら有頂天の気分でいた。

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