第四章

 翌日。

 俺達は、昨日の放課後の内に嘆願書を作成して、寮にいる全ての男子生徒達に配った。

 着席戦争に興味のない者からしたら、知った事ではないと思われるだろう。

だが、俺達は必死に存続を狙っている。

 なので、着席戦争に参加しない家畜――一般生徒の意見も貴重だ。普段から着席戦争の事をどう思っているのかも知れるのも良い機会だ。嘆願書の下部分に『着席戦争についてどう思っているか』と質問形式で記入してもらう箇所も設けた。

 今日の朝――食堂で朝食を食べる際に、嘆願書を受け取る流れとなっている。

 俺は起床して、朝ご飯の時間になった為、食堂に向かった。

 すると、既に雄介は先に行動を起こしていた。

 頭を下げながら、嘆願書を回収していた。

「遅れて悪い。今から俺も回収にまわるわ」

「良い結果になるといいでござるな」

 俺達は肩を竦めてから、朝餉を食べている生徒達に、嘆願書を回収する作業に没頭した。

 すると、流佳と香澄も女子生徒達から嘆願書を回収していた。

「こっちは一通り終わったぞ」

 背伸びしながら、流佳が俺に言ってきた。

「男子側の方は順調かしら?」

 香澄が俺に尋ねてきたので「これから回収を始める予定だ」と返事をした。

「全校生徒に配っているけど、下のアンケート部分に、着席戦争を廃止してくれと記入している生徒もチラホラいるわね」

 香澄は、パラパラと嘆願書の内容を、俺に見せてきた。

 ――確かに、記述する部分に。


「着席戦争のせいで早い時間に起きなければならないから辛い」

「着席戦争に巻き込まれない為に神経を使うから廃止してほしい」

「暴力を振るって椅子取りゲームするのは道徳的によろしくない」


 等と、否定的な意見も多く見受けられた。

 着席戦争の存続を望む者達にとってみれば、これらの意見はマイナスに働く。

 しかし、家畜――着席戦争を望まない生徒達の意見も貴重だ。

「これは良い機会だ。普段から参加しない家畜――一般生徒が着席戦争をどう思っているのか知る事ができる。これは貴重な意見だと捉えるのが正解のはずだ」

「その通りだな。一体、どんな意見が飛び交うのか、非常に楽しみであり怖くもある」

 流佳は神妙な顔付きをしていて、回収した嘆願書を整理していた。

「翔殿。回収作業、全て終了でござる」

 束になった嘆願書を持ちながら、雄介は俺に言ってきた。

「よし、後はこれを統計して、職員室まで行って提出すればOKだ」

「着席戦争の事を良く思っていない意見も、統計の中にいれるのか?」

 流佳が俺に質問してきたので「あぁ」と相槌を打った。

「真っ向から着席戦争の存在意義を知る上で貴重な意見だ。」

「着船戦争の存続を願っている生徒達の不利になる物は、先生達に見せないほうが良いと私は思うんだけど、そこはどう考えてるの?」

 ごもっともな意見が、香澄から言われたので。

「それだと不平等かつ理不尽じゃないか。マイナスな意見も統計に入れて、平等を謳うつもりだ。そうする事によって、こっちが真剣に考えてる事が先生達にも分かるだろ」

「成る程・・・・・・その意見は嫌いじゃない。皆が平等にか・・・・・・それは大切だな」

 そう流佳は呟きながら、嘆願書の順番を整理していた。

 分かりやすく、一年生、二年生、三年生の順番で整理する事に決めてあるので、今日は着席戦争がないので、バスの中で集計作業を行うことにしよう。

 俺と雄介も食堂のカウンターで、食券を買って、朝食を食べながら整理する事にした。

 ちなみに、メニューはカツ丼だった。朝からヘビーだな・・・・・・。

 整理しながら思った事は、否定的なのは三年生が六割りといったところだった。

 今後、着席戦争を廃止するにあたって、年功序列でバスの椅子に座る権利を得られる。

 だから、このまま三年生が着席戦争に参加せずとも座れる権利を得られるので、その意見は当然の結果なのかも知れない。

「『災害の女帝(ディザスタ・エンプレス)』の嘆願書を見つけたわ。何々・・・・・・『最高のエンターテインメントを生徒達から奪ったら、着席戦争を楽しんでいる生徒達のメンタルが潰れるから存続を希望する』って書いてあるわ。もう参戦しないのに、あくまで着席戦争は必要だと思ったらしいわね」

 香澄は、焼災が書いた嘆願書の内容を読み上げていた。

 俺も他の生徒達の意見を知ろうと、パパッと嘆願書に目を通した。

 ざっくりと目を通した感じ、着席戦争に参戦していない生徒の殆どは『楽しいならやりたい者同士で勝手にやっていれば良い』が圧倒的に多かった。

 確かに、外野の意見としては、その通りかも知れない。

 自分も、着席戦争に挑まない立場となれば、そう記述するかも知れない。

 その次に多かった意見は、『一番早いバスに乗らないといけないから、朝起きるのが大変だから廃止してほしい』だった。しかし、それは少人数のように思える。

 中には『着席戦争に挑んでいる生徒達を見ていると、人間の本質を見ているようで楽しい』とか『着郷学園の文化を象徴しているようで、見ている分だと楽しい』と変わった意見もあった。格闘技の記者会見の煽り合いを見ている感覚と似ているのかも知れない。

 とりあえず、着席戦争に反対しない者のほうが多い気がした。

 まだ集計作業を完璧に終えた訳ではないので、どうなるか分からないが――致命傷な事を記述している生徒は限りなく少ない。

 ――嘆願書としての役割は、充分に果たせていると言っても過言ではないだろう。

 後は、これらの書類を見て、お偉いさん方が納得してくれるかどうか。

 それは――神のみぞ知る世界というものだ。

 俺達は、朝食の時間の間に、ある程度――整理し終わった。

 後は、バスの中で集計作業を行う事にしよう。幸い、二時間も猶予がある。

「雄介、バスの中で集計頼めるか? 俺も一緒にやる」

「任せるでござる。小生、こういった細かい作業は嫌いではないでござる」

雄介も許可を得られたので、朝の通学時間――二時間を有効活用しよう。

立ちながら作業するので、正直、やりづらいが――昼休みに提出するので、やるしかない。

 そうと決めた俺は、急いで朝食を頂く事にした。

 ・・・・・・やっぱり、朝からカツ丼はヘビーだ。


 〇


 今朝は、教師が寮に来ていて、着席戦争が行われないか監視された。

 俺達――勝ち馬や負け犬の事等、一切信用していないのが目に見えて分かる。

 教師が目を光らせているので、俺達は静かにバスの中に入った。

 基本的に、三年生が優先されて、二年生と一年生は立ちながら通学する事になった。

 正直、朝の通学時間に座れないのは、相当堪えた。

 最近になって勝ち馬になる事が出来たので、尚更、そう感じた。

 しかし、これが本来の通学方法なのだ。

 だから、俺と香澄、雄介は静かに立ちながら集計作業をしていた。

 流佳は三年生なので、優雅に座って嘆願書を整理していた。

 正直、羨ましいと思ってしまった。

 しかし、年功序列の方式で椅子に座る事が出来るので、当然の権利なのだ。

 朝の通学時間に、俺と雄介は男子生徒達に記述してもらった嘆願書の集計をしていた。

 流佳と香澄は、女子生徒達に書いてもらった嘆願書を整理していた。

 幸いな事に、二時間もあった為。焦らずに終わらせる事ができた。

 後は――これを職員室にいる校長先生や教頭先生に渡せば問題なしだ。

 二時間の間に、俺と雄介、流佳と香澄は、それぞれ嘆願書を整理し終わった。

 だったら――昼休みまで待たずに、今朝の内に職員室まで提出しに行く流れになった。

 俺達はバスを降りてから、外靴から上履きに履き替えて、そのまま職員室に向かった。

 ――そういえば、入学してから、一度も訪れた事がない。

 どんな感じなのか、ある程度は想像できるが――変に緊張している。

 俺は、コンコンッと扉を開いてから、職員室に入って行った。

 そして、奧の方でソファーに座りながらコーヒーを飲んでいる教師を見つけた。

 頭部が禿げていて、丸メガネを掛けているのが特徴的だった。

きっと、あれが校長先生だろう。

 俺達は寛いでいる校長先生の前まで足を運んだ。

「ん? なんだい、君達。もうそろそろHRが始まるから、教室に戻りなさい」

 校長先生は、俺達に対して――軽蔑しているような視線を送ってきた。

 ――どうやら、俺達生徒の事を、軽んじた目線で見ているようだ。

 確かに、俺達は着席戦争の参加者なので、校長先生も把握しているのだろう。

 しかし、俺は臆さずに。

「あの・・・・・・これ、全校生徒達の想いが書かれた嘆願書です。これを読んで頂き――着席戦争の廃止は考え直してくださいッ!」

 俺達は、校長先生に頭を下げながら、束になった嘆願書を渡した。

「ほう・・・・・・昨日、通達したのに、素早く動いたのか。その姿勢には敬意を表する」

 校長先生は、顎髭を手でなぞりながら、感心していた。

 しかし、目付きは鋭いままだった。

咄嗟に、底の知れない人物だと思った。

「――それならッ!」

「だが、存続させるかどうかは別問題だ。普段、着席戦争に参加していない生徒達の意見や、PTAや保護者の意見も尊重しないといけないからな」

 校長先生は、再びコーヒーを飲みながら、俺達に言い聞かせてきた。

 ――やっぱり、そうなるのか。

 一番ネックになるのは、校長先生が言っていた通り『大人』の意見だ。世間一般から見て、着席戦争の存在意義は、道徳的に問題があるし、病院送りや死人を出してしまっては、たちまち問題視されるのは間違いない。いや、既に大人達の間では問題扱いされていると思うが。

 そうならないように、予め流佳に「着席戦争において、病院送りにするといった過度な暴力は暗黙のル=ルで禁止されている」と教えてもらった。これは焼災が一般生徒を病院送りにさせる程に過剰な暴力を振るったのが起因とされているらしい。

 校長先生は、俺達が作った嘆願書に、一通り目を通していた。

 目を鋭くしながら、全校生徒達分の嘆願書一読していた。

 視力が悪いのか、それとも、何か思うところがあるのか。

 俺達は何とも例えがたいプレッシャーを感じながら、読み終わるのを待った。

 それは、数秒・・・・・・数分・・・・・・数十分。

 非常に長い沈黙が、空間を支配していた。

 一枚一枚を、一秒も満たない速度で、読み続ける校長先生。

「・・・・・・・・・・・・成る程。一通り、読ませてもらったよ」

 僅か数分しか経過していないのに、全校生徒の嘆願書を読んだ? そんな早く把握できる訳ないだろ。明らかに軽視しているのが俺には理解できた。

「普段から参戦している者達は、勿論、存続を求めている。そして、一般生徒にも『勝手にやってれば良い』『廃止してほしい』の二択が主な主張のようだな」

 校長先生は、ソファーでふんぞり返りながら、嘆願書に軽く視線を向けていた。

「だが、反対の意見がある以上、これ以上、野放しにする事は出来なくなってしまった。せっかく嘆願書を作成してもらって申し訳ないが、我々は廃止の方向で動く事にしている、それは昨日の職員会議で決定した事だ」

「そんなッ! 存続を求めている人達の意見はどうなるんですッ⁉」

 あまりにも、あっさり否定されてしまったので、俺は反論を述べる事にした。

 確かに、存続を求めない生徒もいる。それは嘆願書に書かれているのだから覆す事は出来ない。だが、廃止を反対している生徒達の意見を無視するのは、違うはずだ。

「私は――着郷学園は着席戦争があるから、青春を謳歌出来ている。参戦している者達の意見を真っ向からシカトするのは、教師としてどうなんだ」

 流佳は、普段通り威風堂々とした様子で、校長先生に言っていた。

「まず、君は年上に対して敬意を表して敬語を使いたまえ。それで、存続を求めている者達の意見を汲み取らない訳は、道徳的に宜しくない方を排除する為だ。それは世の理であり、自然な事。悪いが、君達生徒の力ではどうにもならない事が存在するんだ」

「ならば――、無理矢理、着席戦争を行ったらどうなるんだ?」

 校長先生の主張に納得していない流佳は、噛み付くかのように反論していた。

「その場合は、休学、あるいは退学の処置を執らせてもらう。我が校の生徒として相応しくないと学園が認めた者に関しては、退学させる事ができる。着郷学園には校則という概念がないように思えるが、それは生徒手帳に記載されているはずだ」

 校長先生に言われた事が真実なのか、俺達は生徒手帳の校則の欄を目視した。

 すると、確かに記載されていたので、何も言い返す事が出来なかった。

「現状は、三年生を優先させて椅子に座らせている。だが、来月辺りから、大型のバスを手配する事が職員会議で決定した。皆が座りながら登校出来るように、我々教師達による配慮だ。これで椅子取りゲームは消滅する。それで満足してたまえ」

 確かに、大型のバスで通学する事が可能ならば、着席戦争の意義は失う。

 ――そうじゃないんだよ。

 着席戦争は、戦って、勝った者だけ座れる事に意味がある。

 勝った者だけが味わえる、余韻を楽しむ為に、着席戦争は存在する。

 それが――ただ座る事が出来る状態で登校するのは、〝最高のエンターテインメント〟としての愉しさを失うのと同義だ。

 ただ、席に座れるから満足出来る。

 ――そんな簡単なものじゃないんだよッ!」

「・・・・・・これはあくまで一個人の意見ですが――着席戦争は生徒達が一生懸命戦う事によって脳内で幸せホルモンが放出されて、それを味わえる為に参戦する娯楽の一種だと考えていますッ! それが無くなってしまったら、着席戦争に挑んでいた生徒達は、学園生活が灰色――いや、真っ黒に染まり上がってしまいますッ! 参加している生徒達のメンタルが病むのは目に見えていますッ! それでも、廃止をするつもりですかッ⁉」

 俺は、必死に本音を校長先生に告げた。

 これは持論だが、生徒達が熱中できるものを見つけられたら、それで青春が成り立つと考えている。だからこそ、着席戦争に挑んでいる生徒達は、今は青春を謳歌している最中なのだ。だからこそ、それを取り上げられてしまったら、青春を味わう事が出来なくなってしまう。

 ――大人達の都合だけで、〝最高のエンターテインメント〟を奪われるのは、納得できない。

「それなら、他に熱中できる事を、もう一度探し直せば良いだけだ。確かに、この学園はド田舎にあるので、娯楽施設と呼べるものは数少ない。しかし、部活に精を出すのも良いし、コスパが良い趣味だって、ごまんとあるはずだ。道徳的に問題がある事をするよりも、熱中できるものを再び探す努力が、今は必要ではないかと教師達は思っている。もっと端的に言ってしまえば、着席戦争は〝悪魔の娯楽〟だ。タバコと酒のように依存性があって、それが健康的にも道徳的にもよろしくない。だから廃止する。これは着郷学園の総意である。それを覆る事は絶対に有り得ない」

 校長先生は、真摯な眼差しを向けながら「君たちの為にも廃止するべきなんだ」と付け加えて言っていた。

 ――それは大人の言いように扱われているだけに過ぎないのではないか?

 俺は、校長先生の言っていた事に対して、完全に納得出来なかった。

 確かに、道徳面や理論性、健康面において、着席戦争は悪なのかも知れない。しかし、当の本人達が幸せなら、それで充分ではないかと俺は思える。確かに、周囲に被害が生じるのは間違っているので、それは着席戦争のルールを改定されて済む話だ。そう――方法は幾らでも存在するのだ。

 しかし、校長先生――いや、教師達の決心は固いようだ。

 周囲にいる教師達も、俺達に注目していた。俺達の担任だけは、申し訳なさそうにしていた。

「これでこの話はお終いだ。皆、自分の教室に行くように」

 そう言ってから、校長先生は奧にある理事長室に入って行った。

 ――こうなる可能性は示唆していた。

 しかし、呆気なく散ってしまった計画が、全て台無しになってしまった。

 昨日から、一生懸命に嘆願書を作成して、全校生徒達に配って説得を試みたが――見事に失敗で終わってしまった。

「・・・・・・結局、嘆願書は無駄だった訳だ」

 俺は落胆しながら、皆にボヤくと。

「――――いや、決して無駄ではない」

 俺を援護するように、流佳が言ってくれた。

「でも・・・・・・校長先生には響かなかったわ。これは無意味だったと言えるんじゃないかしら」

 香澄も、希望を絶たれて絶望するかのようなトーンで、俺達に言っていた。

「――――本来、問題しかなかったエンターテインメントがなくなるだけでござる」

そう雄介は言ってから「仕方ない事でござるよ」と続けていた。

 雄介は諦観するような様子で、悔しそうにしていた。

「――――『奇人の武人(エキセントリック・サムライ)』。本当にそう想っているのか?」

 明らかに怒気を孕ませた声で、流佳は雄介に確認していた。

「だって、もうどうしようもないでござるよ! 学園側に内密で行ったら、退学処分が下されるのなら、何も対処できないでござるよ!」

 雄介は、理解は出来ているが納得はしていないといった口調で、声を上げていた。

「そうね・・・・・・さすがに退学になるのはまずいわね。私の家、あまり裕福ではないから、退学処分になったら中卒になっちゃうし・・・・・・」

 香澄も、何もかも諦めた声で語っていた。

「お前達が着席戦争に抱いていた情熱は、その程度のものだったのか?」

 流佳だけ、完全に諦めていないといった素振りを見せていた。

 確かに、俺も納得出来ていない。しかし、着席戦争を強行すれば、休学処分――いや、退学処分が下る可能性がある。俺の家は貧乏ではないが、自分の学力で他の学園に編入できる自信がない。そもそも、着席戦争のない学園で、再び青春を謳歌するなんて、もう出来るはずがない。

 そう考えると、俺にとって――着郷学園は〝居場所〟そのものなのだ。

 今更、他の事に熱中出来る自信がない。着席戦争に挑む前は、色々と別のものを模索しようとした。しかし、やはり自分は着席戦争に生かされているのだ。

 ――本当にそれでいいのか?

 お金がないので休日は惰眠を謳歌して、平日は抜け殻のように青春を楽しめない状態で学園に通って、それって本当に充実できるだろうか。

 着席戦争はスポーツの一種なので、サッカー部や野球部、バスケットボール部に入部して、青春をやり直す事が出来るだろうか。吹奏楽部や軽音部に入って、楽器演奏に熱中出来るだろうか。文化部で創作をして満足出来るだろうか。

 ――いや、絶対に満足出来ないだろう。

 世間一般敵な趣味を探して、それに集中できる俺が、全く想像できない。

 それほど――俺は着席戦争に依存しているのだ。

「――――もう一度、しっかり廃止されないように作戦を練ろう。まだ俺達の戦いは終わっていない。むしろ、やっと折り返し地点にやっと来たって感じだ」

 俺は、絶対に諦めたくない。

 どうにかして、学園側に着席戦争の存在意義をアピールして、存続を望む。

 何より――当初から俺が目標にしていた『打倒、須和流佳』を成し遂げていない状態で、ドロップアウトは自分のプライド的に許せない。恋仲になる事も出来ない状態で、ハッピー-エンドを迎えられる自信がない。

「よく言った。それでこそ、私が認めた翔だ」

 そう流佳は言ってから、満足そうにバシバシと俺の肩を叩いてきた。

「――――今日の昼休み、屋上で集合な?」

 俺は三人に向かって発言すると。

「あぁ。それまでに、具体的なプランを模索しておこう」

「私、まだ『紅蓮の女王(レッド・クイーン)』に勝った事ないのよね・・・・・・このまま、勝ち逃げされるのは納得出来ないわね!」

「小生も、もう一回、真剣に考えるでござる!」

 それぞれが真剣に着席戦争の廃止と向き合っている。

 それは、とても大切な事であり――同時に、真っ向から青春を謳歌している気分になれる。

「じゃあ――昼休みまでに最低一つ、作戦を練ってくる事ッ! これが俺達の課題だッ!」

「「「――おぉッ!」」」

 俺達が、手を重ねて高く振り上げた。

 嘆願書の意見を参考に、別の作戦も練る。

 まず、大事なのは――教師達に着席戦争の価値を見出してもらう事。

 校長先生が納得出来るような形で、事を運べれば御の字だ。

 これが、今の俺達にできる最大の反逆だった。

 俺達は清々しい気持ちで、職員室から出て行き、自分達の教室に向かって行った。


 〇


 午前中の授業が全て終わって、昼休みとなった。

 俺と香澄と雄介は、一緒に屋上に向かうと、既に流佳が屋上の一角に座っていた。

「遅いぞ。あれから沢山のプランを練ってきたから、是非聞いてほしい」

 流佳は購買で買った海鮮丼を口にしながら、言ってきた。

「じゃあ――ご教授頂こうか」

「まず、校長先生をしばく。それから、着席戦争に反対する教師やPTA、保護者達も蹴散らす。どうだ、悪くないアイデアだろ?」

「「「却下ッ!」」」

 自信満々でドヤ顔を浮かばせている流佳に対して、俺達は即答で駄目だしをした。

「この発想のどこが駄目というのだ?」

 本当に理解していない様子で、流佳は首を傾げていた。

「その、一+一は二だろ? みたいな当たり前のように言わないでくれ、問題しかないわ」

 俺は呆れながらも流佳に言い教えた。

「ならば、どこが問題なのか説明してくれ」

「着席戦争は暴力を駆使して怪我人が出るから問題されているわよね? それなのに、更に暴力で解決を試みたら、問題児――いえ、最悪・・・・・・それこそ退学になるわ」

 流佳のとんでもない思考回路に対して、香澄は真剣に答えていた。

「同感でござる。道徳的に宜しくない問題を、更にいけない方向で解決するのは論外でござる」

 香澄を援護するように、雄介は言った。

「・・・・・・そうか。なかなか良いアイデアだと思ったのだったんだが・・・・・・」

 脳筋な発想に対して自信があったようで、心底落ち込んでいる流佳だった。本気でショックを受けているところを見ると、将来が心配になってくる。

 だけど――常に着席戦争において、一位の座を守っているからこその意見とも捉えられる。

 そう考えると、俺は不思議と感心してしまった。

「なら――他にアイデアを聞かせてもらおうではないか」

 納得していない流佳は、口を尖らせながら俺達に質問した。

「着席戦争を部活化してもらうのはどうかしら? それが叶わないなら、同好会でも良いわ。とにかく、着席戦争を学園側が承認した活動だって事にさえ出来れば、問題ないと想うわ」

 香澄は俺達にプレゼンをしてきて、それを聞いて「成る程・・・・・・」と俺は呟いた。確かに、今までは暗黙の了解を得られて状態で着席戦争を行ってきたが、それを認めてさえしてもらえれば、堂々と活動する事が出来る。最も、こっそりやっていた訳ではないが・・・・・・。

 部活にするか、同好会にするという提案は、決して悪くない。

「だけど、今の状態で反対を押し切る事が、果たして出来ると思うか? 校長先生を初めとした教師達が、着席戦争の廃止を望んでいる。その状態なのに、部や会として認めてくれるのは、限りなく〇に近いと思う」

 俺は、率直に思った事を口にした。

 流佳は「名案ではないかッ!」と絶賛していたが、雄介は複雑な表情を浮かばせていた。

 確かに、悪くない方法だが、成功する確率が低すぎる。

 大体、誰が顧問になってくれるかさえ、怪しいところだ。

 もしかしたら、俺達の担任が挙手してくれるかも知れないが、教師の一人を味方に付けたところで、マジョリティ側に勝てるとは到底思えない。

 担任の教師は『自主性』を重んじるタイプなので味方側で居てくれるはずだが・・・・・・所詮、こちら側に一人を味方にしたところで、結果が目に見えている。

 マイノリティの良さを発揮しなければ、勝ち目はないと思える。

 一般社会は、少人数の意見に対して、排他的に動く。

 それが、校長先生の言っていた、世の理というものだろう。

 嘆願書の集計作業をしている時、着席戦争の存続を求めているのが五割、どちらでも構わない主張していたのが三割り、否定的な意見を述べていたのが二割といった感じだった。

 俺が思うに、どちらでも構わない側の生徒達を味方に出来れば、廃止を中止してくれる可能性が非常に高い。

 しかし――その為に、どうすれば良いのか・・・・・・全く想像が出来ない。

 どちらでも構わないといった意見を記述した生徒達に、着席戦争は〝最高のエンターテインメント〟と認識してもらえれば、勝ち目が見えてくる。それが可能ならば、着席戦争を望む意見は八割に達する。

「それも難しいと思うでござるよ。元々、教師達の間で着席戦争を問題視していたでござるから、正式な部や同好会として認めるとは、到底思えないでござる」

 香澄の意見に対して、俺と雄介の意見は一致していた。

「そうよね・・・・・・何も考えがないよりかはマシかなと思って言ってみただけよ」

 少なからず、彼女はショックを受けながら、生姜焼き弁当を食べ始めた。

 もっと――こう、この主張は絶対に正しいという材料がほしいところだ。

「雄介は何か思い付いたか?」

 俺は彼に確認すると、雄介は「一応、考えたでござる」と答えていた。

「まず、PTAや保護者達の目がネックになっているでござるから、そこを解決するのが先決でござる、その為に、そこに何かしらアクションを起こす必要があると思うでござる。これといった具体案は思い付かなかったでござるが・・・・・・」 

 それを聞いた俺達は「「「成る程・・・・・・」」」と納得した。

確かに、本来――学園側は問題視していたにもかかわらず、暗黙の了承で着席戦争を認めていた。それが、今後はPTAや保護者の目を意識し始めて、本格的に廃止を望むようになった。

 つまり――結論は、PTAと保護者にさえ承認されれば、今まで通りでいられると言う事だ。

 ――その具体的なプランが、全く思い浮かばない。

 一応、俺なりに作戦は考えたが・・・・・・流佳を除く二人の意見の方が有力だと思える。

 元々、道徳的によろしくない事を正当化するのだから、極めて難易度が高い。

「俺に一つ、考えがある。これは全校生徒達に対して、着席戦争の良さをアピールできるし、教師やPTA、保護者に対しても有力な手段だと、勝手に憶測を立てている」

「ほぉ・・・・・・是非、教えてくれ」

 流佳が関心を寄せたようで、俺は三人に詳細を説明した。

 どんな手法でアピールするのか、どうすれば納得してもらえるか、それらの問題を全て解決できる可能性を考慮して練った計画だ。

「成る程・・・・・・試してみる価値は充分にあるな」

「そうね。何もしないよりかは、遥かにマシね」

「小生も同意でござる。このまま黙って廃止されるよりかは、行動に移すべきでござる」

 三人の承諾も得られたので、このプランを実行する事にした。

「また、今日の放課後から忙しくなるが・・・・・・構わないだろうか?」

 このプランは、大幅な時間が掛かるし、何より――動画編集スキルが必要だ。

 恐らく、俺達は動画編集の経験がない素人だ。だから、慣れている人の倍以上の時間が掛かるのは目に見えている。

 しかし、これしか、現状を改善する手立てが思い付かない。

「確か、明後日の五限目が終わった後に全校集会があるはずだ。そこで仕掛ける」

 期限は二日間。

 それまでに〝とある動画〟を撮影して、完成させる必要がある。

 その為、徹夜で作業する事になるかも知れない。

 嘆願書の件といい、目まぐるしい数日だが、着席戦争の存続の為なら、致し方ない。

「問題ない――鉄は熱いうちに打て、だ」

「私、YouTubeで動画投稿していた時期があったから、ある程度は編集できるわよ」

「そうなのでござるか? どんなものを?」

「空手に関する動画をね。その時は、軽くスマホのアプリで編集しただけだけどね」

「それでも、経験者がいるのは助かる。パソコン室を借りて、動画編集する事にしよう」

 確か、パソコン室を利用すれば、スマホで撮影したものを編集できるはずだ。

「賛成だ。撮影機材は、必然的にスマホになるな」

「小生、そこまでスペックの良いものではないでござる・・・・・・」

「私も母親のお下がりだから、問題ないわよ」

「私はCherry15のスマホを持っているので、高性能だ」

「最近出たばかりの機種じゃねぇか。確かに、画質としては申し分ないな」

 俺達が普段から使用するスマホは、Cherryかhumanoidで別れる。

 Cherryは高性能で、カメラの画質も良い為、人気が高い。

 だが、humanoidの人気も根強く、Cherryより遥かに安く入手する事が出来るので、コスパ重視ならhumanoid。独特な『サクランボ』を模した携帯を使用したい者ならCherryを使う事が多い。

 最も、香澄と同じく親のお下がりなので、ナンバリングは13だが、充分に高性能な写真を撮る事が出来る。容量も二五六ギガバイトもあるので、動画を撮る際の容量も問題ない。

 ――明後日までなので、タイムリミットは短い。

 しかし、今日から実行に移せれば、全校集会に間に合うはずだ。

 俺達は作戦を行う為に、それぞれ担当を決めてから、決行する事にした。


 〇


 そして、翌々日になった。

 着郷学園には、講堂と呼ばれる場所がある。

 全校集会を利用する際は、何かプレゼンをする時に利用される場所だ。

 まだ、入学してから講堂を利用した経験はないが、予め――どんな感じなのか見ておいた。

 大学の講義室のように、全員が座れるようになっていて、かなりのキャパシティがある。

 プロジェクターを使用して、大画面のスクリーンを通して、全校集会が開かれる事が多いと流佳に教えてもらった。よく利用されるので、使い勝手も、ある程度把握しているらしい。

 今日は、全校集会が開かれる日だ。

 そして、今は校長先生が〝着席戦争の廃止について〟、説明している。

「――以上の理由から、今後、着席戦争を廃止する。これは学園側の総意であり、PTAや保護者達に納得してもらう為にも、せざるを得ない状況になった。今まで着席戦争に巻き込まれていた生徒達は、これから安心して通学できるから安心しなさい」

 校長先生は、あくまで着席戦争を悪だと決め付けるように、全校生徒に言い放っていた。

 確かに、世間一般では容認できない娯楽だろう。しかし、それを心から楽しんでいる者達の意見を耳に入れない姿勢は、俺は気に食わなかった。

 まさに〝最高のエンターテインメント〟を侮辱された気分になり、腹が立ったが――今は作戦を実行する為に、冷静でいなければならない。

「えーそれでは、今日の全校集会はこれでお終いとする。皆、自分のクラスに戻るように」

 校長先生の御演説が終わろうとしていたので、俺達はアイコンタクト送った。

 ――タイミング的に、今が絶好の機会だ。

 俺は、勢いよく席から立ち上がり。

「――――ちょっと待ったぁあああああああああああああッ!」

 自分のクラスに帰ろうとしている生徒達と、教師達に向かって大声で叫んで呼び止めた。

 俺達は――校長先生が立っている舞台まで向かった。

 ステージに立つと・・・・・・全校生徒達が注目しているので、緊張感に支配された。

 しかし、これが最後のチャンスだから、全力で説得してみせる。

「――君か、一体、何なんだ?」

 明らかに煙たがる素振りを校長先生は見せていた。

 確かに、教師から見たら、俺達は問題児かも知れない。

 しかし、今しか好機がないのだから、寛大になってほしい。

「校長先生・・・・・・少しだけ、お時間頂けませんか?」

「何?」

 理解できないといった状態で、校長先生は何度も瞬きをしていた。

「一〇分程、全校集会を延長してください。俺達なりに、着席戦争の有意義性を纏めた資料を作りました。それを全校生徒にアピールしたいのです」

 二日間掛けて作った資料に、是非目を通してもらいたい。それは教師達にだけではなく、全校生徒達にもだ。密かに作成した資料を見てもらい、考えを改めてもらいたい。

「馬鹿馬鹿しい。先程も言っただろ。着席戦争は正式に廃止が決定されたのだ。それを聞く必要性を感じれない以上、それを承諾する訳には――」

「――――私が許可しましょう」

 思わぬところで、一人の女性が舞台にやって来た。

「理事長⁉」

 どうやら、この学園で一番偉い存在らしい。

 初老に差し掛かっている女性で、年齢は五〇歳以上だと思う。綺麗な白髪はロングで、随分と華奢な体格であるが、独特のオーラを纏っている。芸能人特有の雰囲気と似ている。

「理事長! こんな野蛮な生徒達の考えに耳を貸す必要がありません!」

「まぁまぁ、たったの一〇分で済むのでしょう? 残りはHRのみなので問題はないと思われます。君達が何を目論んでいるか知らないが、我々教師達に伝えたい事があるそうですね?」

 優しい眼差しを向けているが、目が笑っていない。少し不気味な雰囲気を纏っているように映って、咄嗟に俺は武者震いをしてしまった。

「えぇ、決して無駄な時間にさせません。それは保証します」

「――分かりました。全校生徒達、席に戻りなさい! 彼らは君達や我々教師達に何か伝えたいようです!」

 理事長の発言を聞いた生徒達は、面白いゴシップを発見したように、ウキウキしていた。

 そこで、俺は香澄と雄介にコンタクトを送り、二人は講堂の奧にある備え付けのプロジェクターを操作していた。

 それから――流佳のスマホで、大型スクリーンに画面を映す。

 そして、プロジェクターが作動して、〝とある動画を流した〟。

 それは、着席戦争が行われている風景そのものだ。

 教師が目を光らせていたので、撮影場所は――寮内と廊下である。

 まず、寮内の様子を――複数のスマホで撮影した。

 玄関まで着くまで、着席戦争に挑んでいた生徒達が、戦いを繰り広げていた。

 普段通りに、武器や武術を用いて、バトルをしている動画を作成した。

 皆が一生懸命に戦いに挑み、猛ダッシュしながら――玄関前に向かっていた。

 複数のスマホで撮影している為、編集した動画を改めて観ると、臨場感に溢れていた。

 そして、廊下では、HRが終わるのと直後に、生徒達が走り出す。

 その光景は、全員が勝ち馬になる為に、白熱した状態が撮影で記録されていた。

 ――着席戦争に挑む生徒達は、おふざけなしに、果敢に挑んでいる。

 皆、死闘を繰り広げるように、我武者羅になっている。

 俺達は編集した動画を大型スクリーンで観て、これこそ着席戦争の醍醐味だと思った。

 皆が〝最高のエンターテインメント〟を全力で楽しむ。それが着席戦争において、最も大事な事だ。決して強要や無理強いしている訳ではなく、心から楽しんでいる生徒達が、懸命に励んでいる事に意味がある。

 寮内や廊下で、必死になって娯楽に興じている姿は、誰が観たって分かるはずだ。

 ――参戦している生徒達が、本気で勝とうとしている。

 それは、この動画を観ている生徒全員が、理解してくれるはずだ。

 ――この最高のエンターテインメントを廃止? 冗談じゃないッ!

 着席戦争があるからこそ・・・・・・参戦している生徒達は、学園生活をエンジョイしているのだ。

 全ては、通学時と放課後に繰り広げられる着席戦争によって生かされているのだ。

 それを取り上げられないように、嘆願書を作ったり、こうして動画を撮ったりして――教師達にアピールする事にしたのだ。

「これは、俺達――着席戦争に参戦している生徒達が、必死に熱中できるものに対して取り組んでいる、ダイジェスト動画です。見ての通り・・・・・・俺達は着席戦争を心から楽しんでいて、毎日の生き甲斐となっています。着席戦争があるから、その日の学園生活が楽しくなります。そのお陰で、俺達は活力が漲って一日を頑張って生きていこうと思えます」

 ――それから、と俺は続けた。

「これは、先日、全校生徒に渡した嘆願書のデータを集計したグラフです」

 香澄と雄介にアイコンタクトを送り、プロジェクター越しに表を写した。

「着席戦争の存続を求める生徒の割合が五割、どちらでも鎌なわないと我関せずといった生徒の割合が三割。着席戦争の廃止を望んでいる割合が二割。このグラフでも分かる通り、存続を求めている生徒が過半数を占めています」

 集計ができてグラフ化する事が出来ただけでも、しっかり嘆願書は意味があったのだ。

「このダイジェスト動画とグラフを目にしてもらってから、もう一度、考え直して頂きたいと思います。俺達にとって、着席戦争は切っても切れない、何にも例えようのない相棒みたいな存在なのです。だから、廃止は考え直してください。俺達の――好きなものを――奪わないでくださいッ!」

 俺は長々と説明してから、舞台の上から――四人で全校生徒と教師達に頭を下げた。

「・・・・・・下らない! 何度も言うが、着席戦争は悪だ! 暴力を駆使して、まるで反社のような下品な行いを、これ以上野放しにする事はできない!」

 俺達が必死に録画したダイジェスト動画とグラフを見ても、校長先生は意見を変える事はなかった。

 しかし、その横にいる理事長は。

「成る程・・・・・・君達の主張は分かった。着席戦争があるから、学園生活に精が出る。そういうことを強調する事によって、存続される可能性を求めている。そういう事ですね?」

 理事長は、緩やかな口調で俺達に確認してきた。

「はいッ! 着席戦争がなければ、精神病を患う生徒だって出る可能性が捨てきれませんッ! 健全でいる為にも、着席戦争は必要なのですッ!」

 これは、少し盛った言い方でもあるし、事実でもある。

 着席戦争を生き甲斐にしてきた生徒達にとって、最高のエンターテインメントは奪われてしまったら、居場所をなくしてしまうかも知れない。

「あの・・・・・・更に、これを観てくださいッ!」

 俺達は、スマホを操作して、YouTubeを開いた。

 そして、俺達が作ったアカウントページに移る。

 プロフィール名は『着席戦争』と名付けた。

 登録者数は、後少しで一〇〇〇〇人に達成しそうな状態である。

「これは・・・・・・?」

 学園長は、不思議そうに首を傾げながら尋ねてきた。

「これは、『着席戦争』のダイジェスト動画をアップしたアカウントですッ! この動画を視聴した人達が『これ、面白そう!』『これは最高のエンターテインメントだ!』『まるでお祭りを楽しんでいるようで羨ましい!』とコメント欄に書かれていますッ! つまり、俺達は――『着席戦争』を日本中のエンターテインメント化したいんですッ! 簡単に言うと、競技化ですねッ! これが全国に知れ渡れば、立派な文化になるんじゃないでしょうかッ⁉」

「うん・・・・・・確かに、悪に近い存在だが、面白さの方が勝っている。着郷学園が発祥地として『着席戦争』の文化を広める事が出来る・・・・・・」

 学園長は、学校が受ける恩恵を考え始めていた。

「勿論、『着席戦争』を全校生徒に強要するつもりはありませんッ! だから、大型バスを導入して、座った席から『着席戦争』の光景を見ることが出来るようにすれば、エンタメ化として大成功するんじゃないでしょうかッ⁉」

「――それは良いね。映像として昇華する事が出来れば、動画を視聴する行為と同じだ。それを生徒達がエンタメとして観る分には、誰も迷惑が掛からないですね・・・・・・」

 どうやら、学園長は賛同的な意見を述べていた。

 普段から参戦していない生徒達からしたら、知った事ではないかも知れないが――俺にとっては、最も大事なエンターテインメントなのだ。だから、廃止される未来で、どう過ごせば良いのか想像出来ない。

 ――これが、今の俺達に出来る、精一杯のアピールだった。

 校長先生は聞く耳をもっていないが、理事長的には、どう映ったのだろうか。

 俺達に、ベストな方法で着席戦争の必要性を訴える事は出来たはずだ。

 後は、理事長の判断に委ねるしかない。

「あの~少しいいっすか?」

 すると、予想外にも俺達の担任が舞台に上がってきて、声を掛けてきた。

「・・・・・・何ですか?」

 理事長は鋭い眼差しを担任の教師に向けながら、尋ねていた。

「着席戦争に参加しない生徒の事は、一旦置いておきましょう。問題は、参戦している生徒達のことです。もし、着席戦争を廃止することによって、学園生活を送るのが困難――それこそ生き甲斐や居場所を亡くす方が問題じゃないっすかね?」

 担当の教師は、どうやら俺達の意見に対して肯定的のようだ。

 元々、着席戦争を黙認――いや、肯定ぎみだったので・・・・・・この擁護は非常にありがたい。

「・・・・・・それは同感です。着席戦争に参戦していた生徒達が、本来通りに楽しむ事が出来て、かつ居場所を亡くす事なく、コンテンツを視聴したい生徒は動画を視聴すれば良い。これで誰も迷惑掛からない、win―winな関係が構築できますね・・・・・・」

「理事長! それは違います! 元々、暴力を駆使して席を奪い合う事そのものが間違っているんです! 今後は、大型バスと契約して、全員が座れるようにするという方向で会議が纏まっていたではありませんかッ!」

 俺達の説得に納得しかけている理事長の様子を見て、校長先生は焦っていた。

 どうやら、理事長は柔軟に物事を考える事が出来る御方のようだ。

 着郷学園では、校長先生より理事長の考えが優先される。

「――着船戦争に挑んでいない生徒達の意見も聞きたいです。この動画を観て、何か感じる事はありましたか?」

 理事長は、講堂にいる全校生徒に対して、質問していた。

「あんだけ必死になれるものを発見できて羨ましい」「着席戦争の参戦していた人達の精神が悪化するのはメンタル上良くない事だ」「俺達が我慢すれば済む話だしな」「着席戦争に参戦してみたくなった」

 それぞれの意見が飛び交うが、どうやら肯定な意見を多い。

「――決定ですね。PTAや保護者には、私から説明しましょう。着席戦争の廃止は取り下げます。明日から、参戦したい生徒は全力で青春を謳歌すると良いでしょう。私からは以上です。皆、自分のクラスに戻るように」

「理事長! 私は納得していませんよ!」

 理事長が満足そうな顔で立ち去るのと同時に、校長先生は追いかけて反論を述べていた。

 ――教師達に勝つ事が出来たのか・・・・・・?

 俺は、説得に成功したにもかかわらず、少しばかり困惑している。

 まさか、学園のトップに認められるとは、思ってもみなかったからだ。

 しかし――とりあえず、着席戦争の廃止は免れた。

今は、その事実を喜ぶ事にしよう。

「――よっっしゃッ! これで、また着席戦争に挑み続ける事が出来るぜッ!」

 俺は、これ以上にない程に興奮していた。

 着席戦争に挑む生徒達の――熱中できるものを守る事が出来た。

「これで、また心置きなく着席戦争を楽しむ事ができそうだな」

 流佳と香澄、雄介は満足そうに笑みを零していた。

 ――これで、俺は当初の最終目標に向かって全力で挑む事が出来る。

 それは――打倒、須和流佳。

 そして、恋仲になって、ハッピーエンドを迎える事。

 彼女に勝ってこそ、俺の中で着席戦争に参戦した意義がある。

 また放課後から、着席戦争が始まる。

 ――それが楽しみで仕方ない。

 何より、彼女に打ち勝つ事が出来れば、付き合う事が出来る。

 尚更、俺は流佳に勝たなければならない。

 惚れた女を逃がすような手は、そうそうしない。

 俺にとって、初恋の相手なのだから。

 決戦日は近い。

 今日は全員が徹夜で動画編集をしているので、疲弊している。

 しかし、だからと言って、着席戦争に挑まない理由にはならない。

 むしろ、疲れは蓄積しているが――脳内はアドレナリンがバンバン放出している。

 一度、勝ち馬の味を堪能してしまったら、負け犬になりたくないという気持ちが強くなった。

 今日も俺は勝ち馬になる。そして、バスの中で――ゆっくり惰眠を貪ろう。

 正直、徹夜している状態なので、若干――眠気が生じている。

 しかし、着席戦争を挑むので、その眠たい欲求は吹っ飛ぶに違いない。

 俺達は二つ名をもった集団だ。そこらの雑魚共に後れをとる事はないだろう。

 ――よし、放課後の着席戦争に向けて、ゆっくり対策を練る事にしよう。

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