第22話 鎌と剣
闇が広がった瞬間、村は息を呑んだように静まり返った。
帳方が振りかざした鎌は、夜空を切り裂くように輝き、村を覆うような圧力を放っていた。
私の胸は押し潰されそうに重く、足は地面に縫いつけられたように動かなかった。
——これが、死神たちを束ねる存在。
圧倒的な闇と均衡の象徴。
かつての同胞であり、今の私にとって最大の敵。
「ナギ……」
帳方の声は風に混じり、耳の奥で響いた。
「人間を名乗り、すべてを救うと叫ぶ。だが、そのやさしさは必ず裏切る。
選ばぬ者は、結局すべてを失うのだ」
胸の奥に昨日までの痛みが蘇る。
病で救えなかった命、盗賊に斬られた者たち、災厄で失われた家。
確かに、私は完璧には守れなかった。
だが、それでも——
「俺は選ばない!」
私は剣を掲げ、叫んだ。
「救えなかった命を覚えているからこそ、次を救うために立つ! それが人間だ!」
帳方の影が嗤った。
「愚か者……ならば、その剣で証明してみせよ」
鎌が振り下ろされる。
私は踏み込み、剣を振り上げた。
刃と刃がぶつかり合い、轟音が広場を揺るがした。
衝撃で腕が痺れる。
死神の眼が靄を裂き、帳方の身体に走る死の線を探す。
だが見えない。
帳方の砂時計は存在そのものが闇に覆われ、線は無数に絡み合っていた。
「見えぬか、ナギ。お前の眼は未熟だ」
鎌が再び迫る。
私は必死に剣で受け止めるが、押し込まれて膝が沈んだ。
——負ける。
その恐怖が頭をかすめた瞬間。
「ナギ!」
スミレの声が背中を押した。
振り返れば、彼女が震える足で立ち上がり、私を見ていた。
「兄さんは死神じゃない! やさしさで守ってきた! だから負けない!」
その叫びが、胸に火を灯した。
私は剣を握り直した。
死神の眼をさらに開く。
帳方の靄の奥、幾重もの闇の裏に、小さな光が揺れていた。
人間で言うならば「心臓」にあたる一点。
「見えた……!」
踏み込み、剣を突き出す。
帳方の鎌が横薙ぎに迫る。
だが私は恐れず、その刃を肩に受けながら前へ進んだ。
熱い血が流れる。
だが止まらない。
「これが——人間の剣だ!」
叫びと共に、剣を光の一点へ突き立てた。
闇が爆ぜ、帳方の影が大きく揺らいだ。
村全体を覆っていた圧力が一瞬で消え、風が竹林を吹き抜けた。
帳方は呻き声を漏らした。
「……やはり、やさしすぎる」
だがその声には、わずかな笑みの響きがあった。
「ナギ。お前が選ばぬ道を歩むなら、いつか必ず……」
言葉は風に溶け、影の姿は霧のように散っていった。
静寂。
村人たちは恐る恐る顔を上げ、やがて歓声を上げた。
「ナギが勝った!」
「死神を退けた!」
私は剣を地に突き、肩で息をした。
血に濡れた肩は痛みで震えていたが、胸の奥は確かな熱に包まれていた。
「俺は……人間だ」
呟きは夜空へと溶けた。
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