第21話 死神との開戦

 その夜は不気味なほど静かだった。

 虫の声も、風の囁きもなく、ただ村を囲む竹林だけが月光を浴びて揺れていた。

 火を焚いて集まった村人たちは、緊張のあまり誰も口を開けない。

 鍬や槍を手にする手が震え、子供たちは母の背に隠れて小さく息をひそめていた。


 私は広場の中央に立ち、剣を握りしめて空を仰いだ。

 月は鋭い鎌のような形をしている。

 ——あれはきっと、死神の影が残した印だ。

 決戦の時が来た。


 最初に気配を察したのは死神の眼だった。

 竹林の奥で、黒い靄が揺らいでいる。

 一本、二本、三本……いや、十本以上の影がゆっくりと歩み出てくる。

 それぞれの姿は人の形をしているのに、顔は闇に溶け、鎌の刃だけが月光を反射していた。


「来たか……」

 師匠が隣で呟いた。

 その声は低く、しかし揺るがない。


 影の一つが前に出た。

 以前、私を試しに現れた同胞だった。

「ナギ……やさしすぎる欠陥を持つ者よ。我らは均衡を正すために来た」

 その声は風のように乾いていた。


「均衡なんて知るものか!」

 私は叫んだ。

「俺は人間として生きる! 選ばない! 全てを守る!」


 影たちの鎌が一斉に掲げられた。

 村人たちの悲鳴が広がり、土が震える。


 最初の刃が振り下ろされた。

 師匠が剣で受け止め、火花が散った。

「小僧! 迷うな! 前を見ろ!」


 私は駆け出し、迫る影の鎌を剣で弾いた。

 死神の眼が靄を裂き、影の「核」が見える。

 胸の奥、光のように揺らぐ一点——そこを斬れば倒せる。


 剣を突き出す。

 影の身体が悲鳴を上げるように崩れ、靄となって消えた。


 ——死神であった頃の同胞を、私は人間の手で斬った。


 だが数は多い。

 次々と影が村へ押し寄せ、鎌を振るう。

 男たちは槍で応戦するが、恐怖で足が竦む。

 女たちは子供を抱き寄せ、声を上げて泣いた。


 私は叫んだ。

「逃げるな! 俺たちは死神じゃない、人間だ! 守るために戦える!」


 その声に、村人の目がわずかに光を取り戻した。

 ユウが槍を突き出し、一人の影を押し返した。

 「ナギがいる! 俺たちは守れる!」


 広場全体に叫びが広がり、恐怖が決意へと変わり始めた。


 だが、最奥に立つ影だけは動かなかった。

 圧倒的な闇を纏い、砂時計の音が耳に響く。

 帳方——死神たちを束ねる存在。

 その声が、竹林を震わせた。


「やさしさを強さだと? 愚かだ。やさしさは必ず崩壊を招く」


 胸の奥が凍る。

 けれど、私は一歩前へ出た。


「なら、証明してみせる。やさしさは欠陥なんかじゃない。人間の強さだ!」


 帳方の影が鎌を振りかざす。

 月が雲に隠れ、世界が闇に沈んだ。


 ——決戦が始まった。

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