吐露
夕暮れに染まる街のメインストリートをユミルと肩を並べて歩く。
「──はぁ~。いろんなとこを見て回れて楽しかったね! 一日でこんなに街の中を歩いたのは久しぶりかも」
「昨日も結構歩き回ったけどな」
「仕事とプライベートでは気持ち的に全然違うんですぅー。今日はキヨツグもいるしね」
「荷物持ちって意味か?」
「そうそう、両腕が楽ちん楽ちんって……うそうそ。愉快なお喋り相手としてだよ」
ユミルは上機嫌に笑う。
儀式関連のことが正午を少し跨いで終了し、その場でラナフィナに見送られて
レストランや雑貨屋、ブティックなどなどユミルに連れられるままに巡った。
昨日も一通り街中を見たつもりだったが(後半はほとんどカイたちの遊びに付き合わされていたが)まだまだ知らない場所が数多くあり、人口に対しての街の広さに驚いたものだ。
「そういうキヨツグは楽しくなかったの?」
「え、ああ。この両手の重い荷物が無ければ楽しめたかもな」
「女の子には入り用な物が多いんです。それにキヨツグの分も入ってるんだからね」
「うそだよ。持つって言い出したのは俺だしな。でもまさか行く先々でこんなに貰うとは……」
両手を塞ぐ縦長の籐かごには、衣服や食材などがぎっしりと入っている。
この街にはお金の概念がなく、お互いの得意分野を活かして物資を生産し、それを分け合いながら暮らしている。
そして、やはりユミルは別格のようで、こちらが遠慮するほど沢山の物を渡された。
ユミルも俺の手にある荷物を見て苦笑いする。
「ほんとにね。すごくありがたいことだけど、ここまで気遣わなくてもいいのに」
「でも実際、ユミルのおかげで森が存続してるわけだからこの厚意は当然な気もするけどな」
「ううん。たとえ森が無事だとしても、衣食住の提供に携わっている人がいなかったら生きていけないし、そもそも住まう人がいなかったら意味ないしね。わたしだけじゃなくて、みんなの力のおかげだよ」
「そうか? 謙遜しすぎだと思うけどな」
だがきっと、こういう威張らない考え方が森民に愛される理由の一つなのだろう。
それから店での出来事を話しつつ、家に帰っていた時。
「──あ、兄さんだ」
その声に前を向くと、向こうからこちらに歩いてくるアリウスさんの姿があった。
アリウスさんは俺たちに気づくと、「おー、二人とも……」と片手を上げつつ覇気のない声を出す。なんだか疲れているご様子だ。
「兄さんが疲れてるなんて珍しいね。どうしたの?」
「ちょっと野暮用で、昨日からあちこち歩き回ってたんだ。二人は帰り? すごい量の荷物だけど、どっかに寄ってたのか?」
「そう! 仕事が正午過ぎに終わったから、ずっとキヨツグと一緒にメインストリートを回ってたの!」
「おお、やけにご機嫌だな。そんなに満足いくものだったのか?」
「うん! 久々に楽しめた! ……あ、でも、キヨツグってばわたしが目を離した隙にすーぐ迷子になるから捜すのが大変だったかな」
「おい、語弊はやめろ。店を出た時にちょっとだけ方向を間違えただけだ」
「だいぶ違ってたけどね。あのまま行ったら確実に迷ってたよ」
「し、しょうがないだろ。昨日来たばかりなんだから」
「ちゃんと木々の顔を見て判断しないと」
「そんな上級者的なことできるか」
「この街では当たり前のことです……って、兄さん、なに? 黙ってわたしの顔を見て……?」
呆然とした様子だったアリウスさんはハッとして、わざとらしく口元に手を添える。
「いや。ユミルに冗談を言い合える友達ができてよかったなと心の底から思って……」
「人をぼっちみたいに言わないで!」
「キヨツグ君。これからもユミルと一緒にいてやってくれ」
「キヨツグは今しかたなくここにいるの! 兄さんは早くキヨツグを道案内してあげて!」
「でもキヨツグ君と別れることになった時のユミルの泣く姿はとても見てられないし」
「泣くかぁ!」
相変わらず仲の良い兄妹だな。
それからユミルがあれこれと不満を募らせたが、結局はアリウスさんの意見は昨日と変わらず忙しいの一点張りで俺のことは保留になった。
アリウスさんは逃げるように去り、俺は憤然やるかたないユミルを宥めながら家路についた。
***
昨日のように夕食やお風呂の日常作業を終え、就寝時間になる。
ランタンの灯りを消し、敷物の上に寝転がる。
目を閉じて、しばらくが経ち。
「…………眠れない」
今日あれだけ体を動かしたというのに、眠気がなかなかやって来ない。
疲れすぎているわけではなく、頭が妙に冴えている。おそらく自分でも思っていないほど俺は不安心に駆られているのだろう。
この訳の分からない世界に迷い込んで二日の時間が終わろうとしているが、一向に元の日常に戻る気配はない。この調子では本当に俺は森の民になってしまいそうだ。
しかも、何もかもが不可解すぎで考察しようがない。打つ手なしだ。
「ダメだ、どんどんネガティブ思考になってくるな…………風にでも当たるか」
自然に触れて頭の中をからっぽにしたい。
敷物から身を起こして、部屋のドアに向かう。夜目に慣れてきたので、ランタンの灯りなしでも問題ない。部屋を出た足でそのまま玄関に行き、外に出た。
瞬間、ひんやりとした微風が頬を撫でた。無意識に深呼吸をするほど澄んだ風だ。
玄関横に置いてあるベンチに座る。
この時間帯は街灯が消されていて街並みを望むことはできないが、そこかしこに妖精たちが飛んでいて蛍のように淡く体を発光させているため、全くの暗闇というわけではない。
昨日はすぐに眠りについたから知らなかったが、夜景もこんなに幻想的だったとは。
しばし、ふよふよと宙を舞う妖精たちに目を奪われていた時、不意に玄関のドアが開いた。
当然、現れたのはユミルだ。日中と違ってゆったりとした衣服を着ている。
「あ、キヨツグだったんだ。玄関から物音がしたから気になって……。眠れないの?」
「変に頭が冴えてな。もしかして起こしたか?」
「ううん、わたしも同じ。明日のことを考えてたら目が冴えちゃった」
「
「全然そんなことないよ。むしろ独りだといらないことまで考えちゃうから、キヨツグが話し相手になってくれて助かってる」
「大した話はできてないけどな」
「その他愛のなさがいいの。そして今もまさにお喋りしたいです。隣いいかな?」
頷くと、ユミルは俺と拳一つ分ほどの間を空けて腰を下ろした。同じように空中を見上げて「ふぅ」と安堵するみたいに小さな息をつく。
「明るい時の活気ある街もいいけど、今の静かで落ち着いた雰囲気も好き」
「ああ。特にあの暢気な妖精たちを見てると、良い意味で力が抜けるよな」
「わかるわかる。あ、一回転した。かわいい」
「あそこにいるやつは二匹で向かい合ってるな。会話でもしてるのか」
「ほんとだね。わたしたちみたいに眠れないのかな」
「そもそもあいつらに睡眠の概念があるのか?」
「たぶんあるよ。たまに木の枝にぎゅって引っ付いてる子がいて、近づいて指でツンツンしたら体をビクってさせて逃げて行ったからきっと睡眠中だったんだと思う。ちなみに感触はぷにぷにしてた」
「聞けば聞くほど謎な生物だな……」
しばし夢中で観察を続けると、じつに様々な行動をしていることを知り、そのたびにユミルと生態について語り合った。
そして、いつの間にかこちらの顔を見てニコニコしているユミルに気づく。
「どうした? 俺の顔に何かついてるか?」
「ううん。やーっとキヨツグの笑ってるとこを見れたと思ってね。キヨツグってば、初めて会った時からずっと硬い顔つきなんだもん」
確かにこの異世界に迷い込んでから一度も笑っていない。……いや、あの日以来からか。
ユミルは「あー、また表情が硬くなってるー」と憮然に言い、
「キヨツグの標準な顔ってそれなの?」
「俺がそんなに気難しい人間に見えるか?」
「んじゃあ、何か悩みがあると見たっ。わたしでよければ相談に乗るよ」
「……いいよ。重い話だし」
「どんとこいっ。誰かに打ち明けることで気が楽になる時もあるよ」
「今の雰囲気をぶち壊したくない」
「へぇ、つまりキヨツグはわたしと肩を寄せ合いながら喋るこの状況が好きってことかぁ」
「含みのある言い方するな。昨日初めて会ったばかりの俺たちにそんな感情はないだろ。会話内容なんてほぼ妖精のことだし」
「ふふ、だったら問題なしっ。わたしたちはお互いを
「…………」
他人の不幸話なんて聞いてもつまらないのに。やっぱりユミルはお人好しが過ぎる。
「…………三ヶ月前に幼馴染を事故で亡くした。ただそれだけだ」
できるだけ気遣わせないよう単調に話すと、ユミルは俺から前に向き直って「そっか」と呟いた。そこに驚きは見られないので、ある程度不幸の大きさは予期していたみたいだ。
「その幼馴染さんはどんな人だったの?」
「……超がつくほど明るくて感情豊かな人間だったよ。あと天真爛漫で、活発。幼い頃から一緒にいたけど、記憶のほとんどが
「今のキヨツグを見てるからかもだけど、なんか振り回されてる姿が想像つくなぁ」
「当たりだ。あいつにはどれだけ感情を乱されたことか。いつも俺が考えもしないことを平気でやって困らされたよ。例えばある日、唐突に『森林浴がしたいから付き合って!』とか言い出してきて、ほぼ無理やり近隣の山林に連れて行かれたことがあるんだ。そして中に入って数時間後に、初めて来た場所なこととテキトーに歩いてることが発覚してそのまま遭難。でもあいつは不安になるどころか『ある種の冒険みたいでワクワクしてきた!』って喜び出したんだ」
「それは……なんというかすごく豪胆な気の持ち主だね」
「まったくだ。へとへとになりながら自力で帰れたからよかったものの……しかも、そういうことが多々あってな、道連れになるほうの身にもなってほしいって何度も思ったよ。……でも不思議と悪い気はしなくて、いつしかあいつの無邪気さに惹かれる自分がいて……」
「キヨツグは幼馴染さんのことが好きだったんだ」
「……ああ。結局は告白できず終いだったけどな」
今でもあの最悪の日の出来事は俺の記憶から消えてくれない。
告白することを決意して、ハルの誕生日に誘った街巡り。告白のタイミングを見計らうも緊張からなかなか言い出せず、あの帰り道がやってくる。
けたたましいクラクションとブレーキの音、続けて聞こえた鈍い衝撃音。
真っ青な顔で車の中から飛び出してくる運転手と、地面に倒れながら大泣きする子供。
そして、血溜まりに沈むハル。
俺が体を支えて必死に呼びかけると、朦朧とした表情で薄らと目を開き、かすかに口を動かす。が、そこから紡ぎ出される声はなく、ただ頬を震わせるばかりで────そのすぐあと事切れたように瞳を閉じた。
俺は膝の上で拳を握りしめる。
死を直前にして恐怖に歪むあの顔が忘れられない。気力を絞って助けを求めていたのに俺は何もしてあげられなかった。ただただ現状に戸惑うばかりで何も。
あの時のことを思い出すと、深い後悔が胸のうちに押し寄せてくる。
あの日に俺が誘わなければ。
どこかで告白できていれば。
一秒でも早く迫りくるトラックに気づければ。
代わりに俺が飛び出していれば。
自責の念に駆られるまま、ユミルに促されなくとも俺は懺悔するようにそれらを語っていた。
「────ほんとになんで、あんなことになったんだろうな。いくら子供を助けるためって、自分が犠牲になったら意味ないじゃないか…………」
その俺の声を最後に静けさが訪れる。
ようやくそこで自分ばかりが喋っていたことに気づき、少し恥ずかしくなった。
「……わるい、だいぶ感傷に浸ってた。やっぱり聞いてて気分の良い話じゃなかっ……」
「分かるよ」
「え?」
「わたしは分かるよ。幼馴染さんの気持ち」
それは少し悲しみを含んだ声だった。
会ったこともないのにハルの気持ちが分かるはずがない。しかし、ただの気休めの言葉にしては真っ直ぐで、その疑念を口にできなかった。
ユミルは俺の手に自分の手を重ねて優しく微笑む。
「
「な、なんだよそれ。未練たらたら男の情けない話なんか聞いて、ユミルに得なんてないだろ」
「ううん。おかげでわたしも明日をがんばろーってより勇気が湧いたよ」
「……? 儀式と俺の過去話に何の因果関係があるんだよ」
「それは明日になれば分かります」
「今言えないのか?」
「そうです。……あ、もしかしてキヨツグ的にはもっと慰めてほしかった感じかな? じゃあ、わたしにぎゅっと抱きついてもいいよ。頭を撫で撫でしてあげる」
「それで俺が本気にしたらどうするんだよ」
「べつに。キヨツグって意外に甘えたがりなんだなーって思うだけだから」
「心がピュアすぎる。もっと警戒したほうがいいぞ」
「わたしは
「……ご立派なことで」
それからも俺たちは取り留めのない雑談を続けた。
昼間もあれだけ喋ったのに話題が尽きず、このままだと永遠に続いて明日に
一人になると、うだうだと泣き言を並べていた自分を思い出して羞恥に悶えた。まったく夜の魔力とは恐ろしいものだ。
だけど、これまで家族にさえ話したことがなかった胸のうちを吐露したおかげか、心が軽い気がした。
久しぶりに余計な思考に邪魔されず、俺は眠りについた。
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