第12話 おかえりわんこと、予想外の再会

 ポンコツわんこに振り回される嵐のような一夜を過ごそうとも、世界は変わらず回っていく。いつもより少し遅れて到着した教室も見慣れた喧騒に包まれていたし、それから程なくして始まったHRも、その後の授業も、普段となんら違いはない。


 強いて違いをあげるとするならば、教室の中央にぽっかりと空席が一つあるくらいなものだ。もちろん、その席の主は月島さんである。


 一度家に戻って遅刻してくると言っていたが、午前中の授業を終え、昼休みになっても彼女は現れなかった。


 ……まさか、二度寝を決め込んでるわけじゃないよな?


 あのポンコツっぷりを見た後なので、ないとも言い切れない。我が家のソファで仔犬のように丸まって眠っている月島さんを想像すると、またため息がもれた。


「なんだよ樹、ため息なんかついて辛気臭いぞ。てかお前、朝からちょっと変じゃね? 微妙に顔色も悪い気がするし」


 俺の顔を覗き込んで声をかけてきたのは、友人の桜井さくらい健太けんた。親友でもあり、中学から五年連続で同じクラスという腐れ縁でもある。


 これから昼を一緒に食べようというところだった。


「いや、ちょっと疲れてるだけだから」


 そう言って、登校途中のコンビニで買ってきたサンドイッチを鞄から取り出す。それを見た健太は、ますます怪訝そうな顔をした。


「あれ、珍しいじゃん。樹がコンビニで昼買ってくるなんてさ。いつもは弁当作ってきてんのに」


「……寝坊したんだよ」


 俺は適当な嘘で誤魔化した。


 言えるわけないんだよなぁ。わんわんパニックで弁当作る時間がなかったなんて。


 月島さんを一晩家に泊めたってだけで大騒動ものなのに、まさかポンコツわんこになったなんて、言っても誰も信じてはくれないだろう。


「ふ〜ん、そっか。そりゃ残念だな。樹の弁当のお裾分けもらうの、地味に楽しみにしてんのに」


「普通に俺の昼飯奪おうとするなって」


「ケチくせぇこと言うなって。俺と樹の仲だろ? それに、樹の作る飯は美味いからな」


 カラカラと笑う健太に、俺は黙り込む。健太は日頃からこうやって、俺の弁当からおかずを一つ二つ奪っていくのだ。まぁ、美味いと言われて悪い気はしないが。


「そういやさ──」


 サンドイッチの包みを破り、一口齧りついた時──健太が思い出したように切り出した。


「ん?」


「変と言えば、今日は月島もいないよな」


「ぶふっ……!!」


 俺は盛大に吹き出した。『月島さん』は、今の俺にとってNGワードである。触るな危険、猛犬注意だ。


「うわっ……! おい樹っ、汚ぇだろっ!」


 俺の口から飛び立ったサンドイッチの破片達は、健太に降り注いでいた。そりゃ、苦い顔もされるというものだ。


「ご、ごめん……むせた……」


「勘弁してくれよ……まじで今日のお前変だぞ」


「悪かったたって。わざとじゃないんだよ」


「わざとだったら今頃ぶっとばしてるわ。ったく……とんだ災難だぜ」


「すまん……で、月島さんがなんだって?」


 わざわざ自分で話を蒸し返すこともないのだろうが、有耶無耶にするほうが変な気がして、俺は健太に問い直した。


「いや、今日はいないよなってだけの話だ。今朝の担任もなんも言ってなかったしさ、少し気になったんだよな」


「まぁ……普通に考えたら風邪引いたとかなんじゃないの?」


「それならそう言う気がすんだけどなぁ。あーあ……目の保養ができねぇと張り合い出ねぇよなぁ」


 健太は昼飯のおにぎりを頬張りながら、力なく机に突っ伏した。行儀の悪いやつである。少しは月島さんを見習ってほしいものだ。


 ……って俺、また月島さんのこと考えてるし。


 その後、健太との会話は別の話題に移っていったが、俺の頭の中には月島さんのことがこびりついたままだった。


 家で両親と出くわして、また喧嘩してるんじゃないかとか、話し合いが長引いて来れないのかもとか。考えても仕方がないのはわかっていても、どうしても止められない。


 サンドイッチを齧る手を止め、窓の外に視線をやる。昼の陽光は穏やかで、風に揺れる木の葉はのどかに見えた。


 なのに、胸の奥ではずっと小さなざわめきが収まらなかった。


 そして結局──


 放課後になっても、彼女が学校に姿を現すことはなかった。


 帰りのHRで何気なく担任が告げた、


『月島は体調不良で欠席らしい。みんなも体調管理に気を付けるように』


 という言葉に、やけに胸が騒ぐ。


 朝はあんなに元気だったのに……?

 やっぱり、家でなにかあったんじゃ……。


 とはいえ、俺にできることなんてなにもないのが現実だ。家出の理由すら聞けなかった俺には。


 待てよ……。

 帰る途中でなにかあったって可能性も。


 いや、学校に連絡を入れている時点でそれはないか。


 そんなとりとめもないことを考えているうちに、俺は家の前まで帰ってきていた。どこをどう歩いてきたのかなんて、全く記憶にない。日頃の習慣が、俺をここまで連れてきてくれたらしい。


 俺は頭を振って、月島さんに関するアレコレを追い払った。家に帰ると言っていた以上、あんな騒動も、クラスメイトとして以上に関わることも、今後はないだろう。


 むしろ、戻ってきた平穏な日々に感謝するべきところだ。あとは預けた家の鍵を返してもらえばそれで終わり。


 さて、今日の夕飯はなににしようかな。昨日のラタトゥイユが残っているから主菜だけ作ればいいし、楽なもんだな。


 俺は無理やりに思考を切り替え、玄関に鍵を差し込んだ。カチャリと響く音、ドアをゆっくりと開けると──


 そこには見覚えのない靴が一足、綺麗に並べて置かれていた。


「……え?」


 一瞬、長期出張中の母さんが一時帰宅でもしたのかと思った。けれど、その考えは間髪入れずに打ち砕かれることになる。


 玄関に漂うのは、微かに甘い香り。俺の知っている母さんのものとは、全くの別物だった。


 俺が靴を脱ぎ捨てる暇もなくリビングのドアが開き、一匹のわんこが顔を覗かせた。そのわんこは、俺の顔を見るなり人懐っこそうな笑みを浮かべ、長い黒髪を靡かせながら駆け寄ってくる。


「ご主人様っ! おかえりなさいだわんっ!」


 その勢いのままガバっと抱きついてきたのは、俺の愛犬──


 月島さんだった。


 月島さんは、数日ぶりに会ったご主人様に甘えるように、俺の胸元にすりすりと頬を擦り付けてくる。


「一人でお留守番、寂しかったです……ずっとお帰りをお待ちしてましたわん」


「そっか……待たせてごめんな。でも、いい子にしてたみたいだね」


「くぅ〜ん♡」


 まったく、可愛い出迎え方をしてくれる。


 よしよしと頭を撫でると、期待に満ちたような輝く瞳が見上げてきた。


 もしかして、夕方の散歩にでも行きたいのかな?

 よしっ、今日はロングコースといこうじゃないか!


 ………。


 って、違うだろっ!

 なんでいるのっ?!


 俺は愛犬の大歓迎を受けながら、わけもわからず玄関に立ち尽くした。

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