第15話 偶然性






休日のショッピングモールは、朝から人で溢れていた。


 館内に流れる軽やかな音楽と、コーヒーの香り。

 子どもの笑い声や、紙袋の擦れる音が、休日特有の柔らかいざわめきを作っている。


 俺と美月姉ちゃんは、そんな人混みの中を並んで歩いていた。


「ねぇ、ユウ君。あの店、入ってみようよ」


 姉が指さしたのは、ガラス張りのアクセサリーショップだった。

 小さな光の粒みたいなイヤリングやネックレスが並んでいて、通り過ぎる女性たちの視線を惹きつけている。


「こういうの、見てるだけでも楽しいんだよね」


「……姉さんが? アクセサリーとか珍しいな」


「うん。最近ちょっと、大人っぽいのもいいかなって思って」


 姉はそう言いながら、ケースの中のイヤリングを指先で示した。

 揺れるシルバーの雫みたいなデザイン。

 光に反射して、彼女の横顔をやわらかく照らした。


「どう? 似合いそう?」


「……まあ、悪くないと思う」


「ふふっ。もうちょっとストレートに褒めてもいいのに」


 笑いながら、姉は別の棚へ移る。

 その後ろ姿は軽やかで、どこか少女のようだった。

 でも、ふと振り返った時の瞳には、淡く影が差して見えた。


 店を出ると、甘い香りが鼻をくすぐる。

 エスカレーターの横にあるパンケーキ専門店から、焼きたての香ばしい匂いが漂ってきた。


「ねぇユウ君、ここ行こ!」


「やっぱり甘いのか」


「休日だもん。甘いのもご褒美でしょ?」


 並んで席につくと、テーブルの上にはふわふわのパンケーキと、泡立てられたカプチーノ。

 バターが溶けて、ゆっくりと生地に染み込んでいく。

 姉はフォークを手に取り、目を細めて言った。


「ねぇ、こうやって出かけるの、久しぶりだね」


「そうだな。期末前はどこも行ってなかったし」


「……ユウ君、ちゃんと食べてる? 夜遅くまで起きてるでしょ」


「なんで知ってんだよ」


「お姉ちゃんだから」


 冗談っぽく言いながらも、声の奥には少しだけ真剣さが混じっていた。

 カフェの柔らかい照明が、彼女の瞳に小さな光を宿している。


「……無理しないでね。頑張るのはいいけど、倒れたら意味ないんだから」


「……わかってるよ」


 姉の視線を避けるように、コーヒーを口に運ぶ。

 苦みと香りの中に、言葉にならない何かが滲んでいた。


「ほら、粉糖ついてる」



 そう言って姉が伸ばした指が、俺の頬に触れた。

 一瞬、心臓が跳ねる。

 触れたのはほんの一瞬だったのに、その温度が妙に残った。


 姉は何事もなかったように笑い、手を引いた。


「ふふっ、もうちょっと落ち着きなよ」


「……人前でやめろって」


「誰も見てないって」


 そう言って笑うその横顔が、ほんの少しだけ、寂しそうに見えた。




 昼を過ぎ、モールの中をまた歩く。

 本屋を覗き、服を見て、雑貨を冷やかして――穏やかな時間が流れていた。

 けれど、時折姉が俺の袖を掴むたび、その指先には小さな力がこもっていた。

 まるで、何かを確かめるように。


「ちょっとトイレ行ってくる」


「うん、ここで待ってるね」



 そう言って俺が離れると、姉はひとりベンチのそばで待つことになった。

 










———————————————————————











吹き抜けの空間から差す光が、床に大きな円を描いている。


 通りすぎる人の流れの中で、私は1人、ユウ君を待っていた。ユウ君はトイレに行ったまま、戻る気配はない。

 すると、後ろから視線感じ、振り向くと目の前には沙夜ちゃんが立っていた。

 白いブラウスに落ち着いた色のスカート。手にはショッピングバッグ。


 冷淡とした面持ちで、私を見つめている。


「こんにちは、沙夜ちゃん。偶然だね」


 沙夜は少しだけ肩を落とし、目を伏せるようにして言った。


「こんにちは……」



 その瞳にはどこか陰りを感じる…



















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