第四歩
葉桜が落ちて、花が萎れた頃。
江戸から取り寄せた天文の本を一通り読み終えてしまった。
だけど、まだ足りない。こんなんじゃ何も満たせない。
大きな釜に水が一滴一滴滴るように微々たるものだ。
カピカピになった筆の先を赤子の肌を洗うように指でそっと解く。
痺れた足先が脳までを痺れさせる。
貪欲に腹を空かせた知的好奇心が、知識を欲しているのだ。
木と木が擦れ合う音がすると、体より先に声が飛び込んできた。
「先生ぇ!外へ来てください!」
稲刈りで何か問題が起きたのだろうか。
痺れた足のまま立ち上がると、より痺れが増す。
くたくたに柔らかくなった草履を履くと、導かれるようにして外に出た。
そこには沢山の人々と一匹の馬がいた。
驚いた顔をしている忠敬に先ほどの男が「先生!どうぞ、江戸へ行く準備ができました」と言うと、引っこ抜かれたサツマイモ達のようにまた一人、一人と語り出した。
「先生がもっと天体の勉強するには江戸へ行かなければならないって言っているのを聞きました」
「忠敬様がいなきゃ、飢饉のとき、村の
次々にそう叫ぶ者たちの中には涙をこぼす者もいた。
「忠敬様がみんなの命を繋いでくれたんです」
「私らみんな先生のお世話になったんだから、少しでも、ほんの少しでも先生がやりたいことをしてほしいんです」
——土にまいた米に水をやり、丁寧に水をあげた。
ときには葉についている害虫を取り、根が深く張るようにと、中干しをした。
夏が終わり、しばらくすると葉が黄金色になって先を垂らしたくさんの実をつけた。
炊き上がったその米たちは、どんな食べ物よりも美味しく、何かが十分に満たされた。
水をあげ、繋がせた稲の命が、私の命を繋ぐ糧になるのだと思い知った。
きっとこれも同じなのだろう。
受け継がれ、受け継ぎ、段々と大きくなっていくのだ。
「ありがとう…本当に…」
忠敬は鼻をブルブル震わせ、そう言い溢した。
いつの間にか日が暮れかけていた。
とたんに時の流れを首筋に突きつけられ、皮が剥かれた心臓に、尖った石の破片が刺さった。
地面には雨が降ったような、たくさんの斑模様ができていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます