02
わたしは筒井さんの揺れる後ろ髪を追いかけるように、校舎の廊下を歩いていた。
筒井さんによれば、わたしと彼女はどちらも文系クラスの一つである三年二組だという。窓から入り込むうららかな陽光が、筒井さんの黄金色の髪に柔らかな輝きを散りばめていた。
「もうすぐだよ?」
筒井さんが振り向いて、微笑いながらそう告げる。わたしはこくりと頷いた。
筒井さんの言葉通り、三年一組のクラスプレートが見えてくる。その一つ奥には、三年二組のクラスプレートが存在していた。
閉じられた教室のドアの前で、筒井さんは立ち止まる。その横顔に、確かな憂いが溶け出したように感じた。どうしてだろう、とわたしが疑問を抱いたのとほぼ同時に、筒井さんはドアに手をかけてそっと開いた。
筒井さんに続くようにして、教室に足を踏み入れる。教室にいる女の子たちの視線が、わたしたちに集まっているような気がした。やはり、最終学年の転入生というのが珍しいのだろうか?
密やかな話し声が、わたしの耳に微かな輪郭を伴って届く。
「……来たよ……」「……相変わらず、派手な髪……」「……呪われてるんでしょ……」「……同じクラスとか、最悪……」「……いなくなればいいのに……」
あれ、と思う。
もしかしてクラスメイトたちが見ているのは、噂しているのは、わたしではなくて――
「いのりちゃん」
名前を呼ばれて、はっと我に返る。
筒井さんの方を見れば、彼女は最後列の机の一つに腰かけながら、頬杖をついていた。
「ドアに貼られてた座席表、見た? 私たち、隣だよ」
「……そうだったんですね。見ていませんでした」
「そっか。ほら、そこが君の席」
筒井さんはそう言って、彼女の左隣の席を指さした。
わたしは「ありがとうございます」と告げて、示された机の椅子を引き、丁寧に腰かける。
「この学校席替えないから、ずっと私と隣だよ」
筒井さんは頬杖をついたまま、ふわりと微笑う。
わたしは「へえ」と言いながら頷いた。珍しいな、と思いながら。
クラスメイトたちの数多の目は、やはり彼女を映し出しているようだった。
始業式は体育館で行われた。沢山の女の子たちが、出席番号順に前から並んで立っている。校長先生の話が随分と長くて、立ったまま眠ってしまいそうだった。
どうにか眠気を堪え切ったあとで、そのまま整列しながらそれぞれの教室に戻るように指示を受ける。ばらばらに戻ったらだめなんだ、と少し不思議に思った。わたしが以前いた高校が緩かっただけかもしれないけれど、校門での学生証の件といい、席替えが存在しない件といい、何だかお堅い印象を受ける。
出口に最も近いからという理由で、高校三年生が最初に戻るように指示された。三年一組の女の子たちがぞろぞろと体育館を出ていって、わたしたち三年二組が続く。わたしは何となく、幾らか先にいる筒井さんのふわふわの黄金色の髪が歩みに伴って揺れるのを眺めながら歩いていた。筒井さんの後ろにいる女の子は、明らかに筒井さんとの物理的距離を取りながら進んでいる。
『私と同じ部屋になった子、みんなおかしくなっちゃうの』
筒井さんが可憐に笑いながらそう述べていたのを、思い出した。
数メートルの距離があるというのに、筒井さんが纏っているかみさまの香りは、未だに濃いままだった。
三年二組の担任は、黒髪で眼鏡をかけたいかにも真面目そうな女教師だった。
彼女は教壇に上って教卓に両手を置くと、座っているわたしたちに向けて語りかける。
「一年間このクラスの担任となります、
女教師――雪野先生と目が合った。よくある転入生の紹介だろうとわたしは頷いて、机と机の間を通り抜けながら教壇を目指す。雪野先生はかっかっと音を立てながら、黒板に「野橋いのり」と書いてくれた。
わたしは教壇に立って、クラスメイトたちの方を向いた。沢山の黒い目が、わたしのことを捉えている。ほんのりとした緊張感に、心を包まれる。
雪野先生が隣で話し始めた。
「今日から綴ヶ岡女子学園の一員となる、野橋いのりさんです。一年という短い間ですが、皆さん仲良くするように。野橋さん、一言お願いしてもいいですか?」
わたしは首肯して、口を開く。
「……野橋いのりです。よろしくお願いします」
頭を下げる。趣味や特技を言った方がいいのかもしれないが、これといった趣味や特技は存在しなかった。……強いて言えば、〝かみさま〟が見えることだろうか。でも、そんなことを馬鹿正直に述べたら、やばい奴だと思われてしまうだろう。わたしだったら思うし。
ふと、わたしの側にいる女の子二人が、ささやき合っているのが聞こえる。
「……可哀想だよね……」「……本当に……」「……あいつと、同じ部屋なんて……」「……そのために、選ばれたんでしょ……」
恐らく、わたしに聞こえていないと思っているのだろう。申し訳ないが、わたしは目と鼻と耳がいい。
そっと目を細めたわたしの隣で、雪野先生が「ありがとうございます、野橋さん」と告げる。
「そうしたら、席に戻ってください。それでは他の皆さんも、出席番号順に自己紹介をしてもらいます。では、まずは
天川さんであろう女の子が虚をつかれたように「ひゃいっ」と言って椅子を引く音を聞きながら、わたしは早足で自分の席へと戻る。座ると、とんとん、と右肩をつつかれた。見れば筒井さんが、頬杖をつきながら悪戯っぽく微笑んでいる。
「おかえり、いのりちゃん」
そう小さな声で言う筒井さんに、わたしは同じく小さな声で「ただいま」と返した。
クラスメイトたちの反応を考えると、もしかしたら筒井さんとは余り関わらない方が英断なのかもしれない。でも、何となくそうする気にはならなかった。その理由は多分三つほどあって、他者をあけすけに悪く言う人たちの言いなりになるのが癪だから。今まで出会った中で最もかみさまに執着されている女の子のことがやっぱり気になるから。……それと、別に、筒井さんが悪い人ではないような気がしたから。
クラス全員の自己紹介と簡単なホームルームで、一学期初日は終了だった。
クリアファイルや筆記用具をトートバッグに入れて立ち上がると、とんとん、と右肩をつつかれる。筒井さんが可愛らしく微笑みながら、わたしへと右手を差し出していた。
「私たちの部屋に戻ろ、いのりちゃん?」
わたしは頷いてから、筒井さんと手を繋いだ。筒井さんの右手は少し骨張っていて、でも確かに柔らかい。クラスメイトたちの喧騒が一瞬ぴたりと止んだような気がする。この調子だと筒井さん以外の友人はできないだろうな、と思った。まあ、別にいいけれど。
筒井さんに手を引かれながら、わたしは悪意の音がそこら中からする教室をあとにした。
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