第28話 18 山下町2030

 碁盤の目状に整備された街路に、低層ビルが屏風のように立ち並ぶ。

 路地と言ってもよいこの狭い道には、飲食店が軒を連ねている。

 典型的なビジネス街の様相だ。

 普段なら、この時間は飲み歩く勤め人でにぎわっているはずだった。

 今は店舗の照明もなく、街灯だけが無人の街を照らしている。

 ゴーストタウンというよりは、悪い夢の中を歩いている気分だ。


「クソ。遠いな」

 僕はつぶやいた。

 あみだくじのように角を曲がりながらここまでやって来た。

 仕事で土地勘はあるので、迷ってはいない。ただ、状況が最短ルートをとることを許さなかった。それがもどかしい。


 道の角々に武装した人間がうろついていた。それが警察や警備員であることはまずない。

 よくて民間軍事会社ファッション、たいていは無法地帯の民兵と言った装いの、郊外住民たちだった。

 怖いもの見たさ、あるいは物見遊山でふらふらとやってきているのが見え見えの浮かれ具合だ。

 特別警戒宣言も何も彼らには関係ない。ネットやマスコミに情報が流れれば流れるほど、こんな素人が集まってきた。


 本社のリンコが言及していた人流データの正体は、ほとんどはこんなものだろう。

「どけどけどけ!」

 銃を構えて怒鳴りながら突進すれば、たいていの男たちは逃げていく。

 それでも、撃ち返してくる輩もいた。その場合は、応戦しつつ、手近な角を曲がって退避する。僕たちも相手も、何か目的があって撃ち合っているわけではないので、追ったりはしない。 

 

 横浜市旗を持っている者もいた。竿に立てて手に持っていたのだ。あんなものをもってどこに行こうというのだろうか。

 こんな軽い連中が、何かに突き動かされたように都心に集まってきている。

 彼らを撃って排除しないといけないのか? 市民が都心に来てはいけないというのか?

 僕は守るべきものがすっかりわからなくなった心細さだけを感じていた。


 そんな僕の心のうちとは関係なく、会敵すれば本格的な銃撃戦に発展した。

 素人ではなかった。おそらく、どこかの標的に武器を運んでいる途中の反社ギルドだ。

 ビルの角、コンクリート製の花壇、路駐の車を盾にした撃ち合いだった。

 直香と二人で、援護射撃と移動と繰り返す基本戦術で対応した。

 ドットサイトのおかげなのか、直香の射撃が光っていた。射撃が正確ならば、命中しなくとも相手の行動を止める効果は高まる。


 命中させた相手の数は彼女が二人、僕が一人。

 敵が仲間二人に肩を貸しながら退却したのが見えた。残された一人は血まみれで路上に転がっていた。

 ヒット率は僕も直香も変わらない。というのも、直香の方が僕の二倍弾を使っていたからだ。


 男たちが運んでいたらしい物はすでに持ち去られていた。

 彼らにしてみれば、時間と人員のロス以外の何物でもなかったことになる。そのくせ、妙にしつこく銃撃戦をやっていたから、舞い上がっていたのか、こちらをなめていたのかもしれない。

 本部のリンコからは、撃った男には救急を手配したから先に進めという指示だった。

 手配して来られる状況なのか、リンコが本当に手配したのか、いまいち信用できないやり取りだった。それでも、従うしかない状況だ。


 こんな具合で、山下町の大槻社への道のりが遠かった。

 海岸通の状況はますますひどくなっている様子だった。ここからは建物が邪魔で見えないが、爆発音が頻繁に響いてくる。

「アキ、そろそろ弾がやばい」

 直香が僕の後ろで小さな声で言った。実際に声が小さいのか、銃声のせいで耳がばかになっているのかはわらない。


「最悪、俺の銃を貸すよ」

「アキは?」

「大槻社に着けば、何かしらある」

「それまで拳銃だけじゃん。丸腰みたいなもんだよ」

「俺の拳銃の腕を知らないだろ」

 強がってみたところで、実際は直香の言う通りだった。そういう事態にならないことを願うしかない。


 みなとみらいに通じるみなと大通りを横切った。誰もいない。

 ライト様式の巨大な県庁が無言でたたずんでいる。

 まっすぐ伸びる通りから、海の方を見る。横浜税関の丸みを帯びた優美な塔は無傷なように思えた。


 僕たちは人けのない通りを駆け抜けると、県庁を通り過ぎてから海の方へ左折し、初めて海岸通に出た。

 海沿いを走る通りに、横浜税関、県庁が立ち並んでいる。危険なのかもしれないが、どうしても状況が知りたかった。

 県庁を囲う大げさな柵から身を乗り出して、通りを眺めた。


 その高さとシンプル過ぎる形が逆に目立つ県警本部の上層階から煙が立ち上っていた。足元での銃撃戦はすでに収束しつつあるのか、銃声は散発的だった。

「やっば。あれ、県警でしょ?」

「あの煙、さっき通り過ぎて行ったドローンかもな」

 僕が言った時、もう一度県警ビルの表面で大きな爆発があった。武器の種類はよくわからないが、リンコが言っていた迫撃砲かもしれない。

 それを合図にしたように、再び激しい銃撃戦が始まった。


 僕は直香を促して、山下公園の方へ向かった。やはりこの通りは危険すぎる。

「もう無茶苦茶だよ、こんなの」

「ああ、本当にそうだ」

 そうとでも答えるしかなかった。

 シルクセンターの裏手を行く。この通り沿いに大槻社本社がある。

 タタタ。

 銃声に身を伏せる。

 慣れはしないが、驚くこともなくなった。


「どこ?」

「二時の方向、街路樹の影!」

「確認!」

 路上のパーキングメーターに並んだ車に隠れた。

 車を背に身を隠しながら、僕はとなりの直香にぼやいた。

「目と鼻の先なんだけどなあ」


「今更なんだけど、大槻社に私も行く理由ってあんの?」

「まったくだよ。命令が錯綜してる。そもそも都心警備のために本社に呼ばれてたのに、いつの間にか大槻社の重役の警護になってる」

「ああ、ばかばかしくなってきた」

「他に行くところあるか?」

「ないよ。だから余計にムカつく!」

 直香は叫ぶと、車から身を乗りだして銃を撃った。狙いをつけるのが早い。


 同時に僕は車を飛び出した。直香が撃っている間に、違う角度がとれる路上変圧器の後ろに走りこむ。

 次は僕が撃ち、直香が変圧器の先の車の影に飛び込んだ。

 この一日で、二人の連携がありえないほどスムースになっている。実戦に勝る訓練はないとはよく言うけど、それをこんな場所で実感したくはなかった。


 追い詰められているのを肌で感じたのだろう。敵はビルの影から消えたようだ。

 最後は僕がビルの角を覗き込み、確認した。

「クリア!」

「りょーかい」

 間近で声がしたので振り返ると、直香は一本のバナナ型マガジンを振って見せた。

「アキ、これで最後」

「なら、さっさと行くか」


 僕たちは交差点を駆け抜けると、そのまま大槻社まで走った。

「本部、こちらシエラ・ツー。大槻社に到着する。どうぞ」

『確認してます。現地に姫野さんがいます。合流してください。どうぞ』

「了解。一緒にいる青木警備の社員も行きますよ。どうぞ」

『わが社からの委託という形をとります。とりあえず、行ってください』

「了。おわり」


 交信を終えて、見上げれば「大槻社」の縦看板が立っていた。

 全く何の変哲もない低層ビルだ。横浜の港湾権益に絶大な影響力を持っているとは、外見だけでは誰も思わないだろう。

 普段は社屋の前に国産の最高級車が並んでいる点が、他のビルと雰囲気を違えているところだ。

 今は一台しかない。その隣にはOSSの小型バン。やはり側面に大きくOSSのロゴが入っている。


 姫野はそれらの車の隙間に立っていた。

「よう、たどり着いたな」

 知っている人間に会って、僕はようやくほっとした気分になった。直香も心持ち表情を緩めている。

「青木警備のお嬢さんも一緒か。とんでもないデートだっただろ?」

「濃すぎです」

「もう吐きそう」

 黒塗り高級車にもたれかかった僕に、さらに直香がもたれかかった。


「悪いが休憩時間はないぞ。これから最後まで残っていた専務が脱出する。思うに、少し遅すぎだけどな」

「六課はどうしたんです?」

「副社長以下、他の面々の脱出で行っちまった。会長と社長は宣言発令直後にOSSからヘリで脱出している」

 そう言いながら、姫野は僕たちを大槻社の玄関に入れた。


 中にはもう一人OSS社員がいた。何課は忘れたが、よく見る顔だ。

「佐原、表を見ててくれ」

「了解」

 佐原と言われた職員はきちっとした発声で返事をすると、玄関から出ていった。顔も動きもカクカクしていた。


「何か飲むか? 食い物は菓子くらいしかない」

「それよりも弾薬が欲しいです」

「コンテナに少し残ってる。ここの分も残しておいてくれ」

 本当に少ししかなかった。マガジンに込めている時間はなさそうだったので、一つだけあった装填済みのマグプルマガジンをとった。


「五.四五ミリなんてあります?」

「お嬢さんの? あるわけない。ああ、これならあるぞ。持ってきな」

 姫野はそう言うと、コンテナの横にあったバッグからMP5の最新モデルを取り出した。

「六課の置き土産だ。そのAKに比べれば豆鉄砲だけど、使えないことはないだろ」

 直香は受け取ると、構えてドットサイトを確認した。


「さすがOSS。金だけはかかってるよね」

「そういうことだ。お嬢さんもうちに来るか?」

「お嬢さんはやめてよ、おじさん。それと、アキからOSSはやめた方がいいって言われてるから」

「それに関してはアキが正しいな、お嬢さん」

 姫野は「お嬢さん」を改める気はないみたいだった。

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