第14話 9 普通の日(1)
横浜税関、神奈川県警察、日本郵船博物館と、毛色の違うものが並んだ中区
大きな箱のような見た目は、大規模な物流センターのようだ。
他は市内と都区部に営業所がいくつかあるだけなので、ほぼすべての機能が集約していた。
二十四時間常に警備車両が出入りし、屋上にはヘリポート、運河には専用の船着き場もある。
午後、本社四階の会議室二つがパーテーションを取り払って一つの大部屋にされ、先日、大黒ふ頭で殉職した社員二人の社葬が行われていた。
市内の警備員の死傷者が増加している中であっても、OSS社員の殉職は珍しかった。会議室にしつらえられた花祭壇こそ小さいものだったが、社長以下重役がそろって故人を悼んだ。
亡くなった二人のうち一人は妻帯者で、どちらにも子どもはいなかった。その妻と、親たちが沈鬱な表情で前に座っていた。
参列する社員は多くない。当然ながら現場は回さないといけないからだ。
あの日、現場にいた僕は出席するように言われた。こんな機会は初めてだった。
母が死んだときは中学の制服で済ませた。今回も常にロッカーに入れてある会社の制服で出席した。
会社の式典でしか使うことはないだろうと思っていたが、今回のことで喪服代わりにもなるのだと思い至った。
そもそもフォーマルウェアなんて持っていない。
並んだパイプ椅子の隣には、やはり現場にいた姫野も座っていた。
おそろしく退屈そうな顔をしている。
僕は殉職者の二階級特進を説明する本部長の声にまぎれて、姫野に小さく聞いた。
「前にいる
OSSの重役たちに交じって、親会社の大槻社からも一人専務が来ていた。名字が
「親会社って、こっちの社員の葬式にまで来るもんですかね」
「暇つぶしで来てるわけじゃねえよ。ああやって、OSSとの関りを示してんの」
「示す必要あるんですか」
「社員が死ねば、
「えげつない話ですね」
姫野はつまらなそうな顔に皮肉の笑みを重ねた。
「うちの
葬儀の後、制服を装備部のクリーニングに回した。そして、いつもの都市迷彩パターンの行動服ではなく、社章入りのスウェットに着替えた。
今日は社葬が入ったので、勤務が変則的だ。僕は姫野ともども残りの時間はトレーニングに参加するように言われていた。
休憩コーナーのベンチで姫野とコーヒーをすすっていると、フル装備の立石が声をかけてきた。隣の警備一課だ。
「よう、お前たち金一封出た?」
「金一封? なんです、それ?」
僕は思わず色めき立って聞いた。なんて素敵な言葉なんだろう。
姫野は一言で僕の希望を打ち砕いた。
「死ね。そんなもん、出るか」
立石は自分も自販機のコーヒーのボタンを押した。
「そうか? この前の件で、お前たちには褒賞が出るってよ」
「くだらねえ。紙切れ一枚もらったところでなんだってんだよ」
「え、朝渡されたあれですか?」
「渡されてんじゃねえか。査定にはプラスだろ」
「お前だったら嬉しいか?」
「はっ、クソくらえだね」
立石は姫野とグータッチをしてから、紙コップを持って去っていった。
「金一封出ないんですか」
「たちの悪い冗談だ。本気にするな」
「えー」
本気でいらだってきた。
「でも、褒賞って、俺たち何かしました?」
「あの混乱した状況下で、適切に任務を遂行しただろーが。何しろ、俺たち優秀だからな」
立石と入れ替わりで今度は藤田隊長がやってきた。腰の基本装備だけなので、出動ではなさそうだ。
僕と姫野はコーヒーを持ったまま立ち上がった。
「座ってろよ。休憩中だろ」
素直に座る。
班長は自分は立ったまま僕たちと話を始めた。
「野木が撃った連中な、命に別状はないし意識はあるそうだが、まだ取り調べができる状態じゃないそうだ。昨日のあれがなんだったのか、さっさと吐かせたいんだけどな」
隊長は口早にそう言うと、僕に聞いてきた。
「青木警備の、あのかわいい子だっけか、情報ギルドがどうとか言ってたの」
「そうです」
「俺も興味あったんで、情報部に行ってみたよ」
「何か言ってました?」
たずねた姫野に対して、隊長は少し肩をすくめた。
「聞くな、だそうだ」
僕はそれを聞いて素直にびっくりした。
「なんすか、それ」
「相当ヤバいってことだろうな。表層のネット世論だけ見たって、市への不満はすごいことになってる。俺たちは、ほら、市の生贄だからさ」
「だからといって、なんで何にも教えてくれないんですか」
「うちからやばい情報が漏れたら大問題だからだろ。特に、今年はTICADがある。恐ろしく神経質だな」
TICAD、アフリカ開発会議は、日本が主催する国内最大級の国際会議だ。
会議自体は三年に一度の頻度だったが、会場はアフリカ諸国と日本が交互に受け持つため、日本に来るのは六年に一度だ。そして、国内の開催場所は横浜が続いていた。
今年も八月にみなとみらいのパシフィコ横浜で行われる。もう半年もなかった。
六年前、僕が地元の警備会社に就職した年も開催年だった。あんなちっぽけな会社にも特需はやってきて、新人の僕もあちこちの駅に派遣されたものだった。
「きっと、おどろおどろしい情報ばかりなんだろ。それを知ったら、退職者が激増するくらいに」
僕は両手を上げた。
「退職なんて、できるもんならとっくにしてますよ」
「俺も同じだ」
隊長は明るく言った。
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