第4話 中二病VS中二病

「じゃあ俺、仕事行ってくるね。お昼は冷蔵庫に入ってるから、あっためて食べな? ピンポン鳴っても、絶対出ちゃダメだよ。外には、怖~い人がいっぱいいるんだから」

「もぉ~、毎日言わなくても分かってるってば。いってらっしゃ~い」

「いってきま~す」


 出勤する時、黄葉きばくんに必ずこう言い聞かせている。

 黄葉くんを監禁していることは、誰にも知られてはならない。

 俺がいない間に、因習村いんしゅうむらの何者かが連れ戻しに来るかもしれない。

 下手したら誘拐犯に仕立て上げられて、警察沙汰けいさつざたになるかもしれない。


 あと基本的に、独身寮は同棲が禁止されている。

 バレた場合、会社からなんかしらの処罰を受ける可能性がある。

 もうすでに、白淵しろふちにはバレちまってるからヤバいかも。


 もともと、数日だけ預かるつもりだった。

 これ以上一緒に住むなら、同棲可の社員寮へ引っ越す必要がある。

 引っ越しかぁ、面倒臭ぇな。

 だけどこれからもずっと黄葉くんと暮らしていくことを考えたら、引っ越ししないと。

 そうと決まれば、引っ越しの手続きをしておくか。


 毎朝、黄葉くんから「いってらっしゃい」と言ってもらえるだけでモチベーションが上がる。

 黄葉くんが待っている家に早く帰りたくて、仕事の能率のうりつも上がった。

 嫌々いやいややっていた仕事も、黄葉くんの為なら頑張れる。

 

 黄葉くんに「カッコイイ」と言われたいが為に、身なりにも気をつかうようになった。

 オシャレな服を買ったり、美容院へ行ったり、筋トレをしたりして体作りもしている。

 垢抜あかぬけた俺に、職場での見る目も変わった。

 急に女性社員たちがび始めたが、黄葉くん以外アウトオブ眼中だ。

 

 働きぶりが認められて昇進し、別の部署へ移動することになった。

 それにより上司の尻ぬぐいするヤツがいなくなり、上司の無能っぷりが明らかになった。

 俺の後釜あとがまに入った同僚が、チクったんだとよ。

 無能上司は、閑職かんしょく(仕事の出来ないヤツが回される職務)へ追いやられたらしい。

 ざまぁみろ。


 重要な仕事を任されるようになって大変だけど、その分やりがいも給料も上がった。

 残業が減ったから、黄葉くんと一緒にいられる時間も増えた。


「黄葉くん、次のお休みはどこ行きたい?」

「ディスティニーランドに行ってみたいっ!」

「俺も黄葉くんと行きたいと思ってたから、行こうか」

「やったぁ~っ、楽しみぃ~っ!」

「ふふっ、俺も楽しみだよ」


 可愛すぎて、ついつい甘やかしまくってしまう。

 黄葉くんが来てからというもの、良いことしかない。

 正真正銘しょうしんしょうめい、黄葉くんは幸福の天使だ。


 こんなに幸せで、いいのだろうか。

 黄葉くんがいない生活など、もはや考えられない。

 20年と言わず、一生、俺の側にいて欲しい。


 ꒰ঌ♥໒꒱‬꒰ঌ♡໒꒱


 一方その頃、天界では――


 大天使アークエンジェル紫牟田しむたは、不安げな表情で人間界を見下ろしていた。


「やっぱり、黄葉ちゃんが心配だな……」


 天使階級の下級第三位に位置づけられる大天使は、人間に最も近い位置にいる。

 天使の階級で一番下の第八位階だが、トップクラスの能力や権力を持っている。

 上位天使との違いは、神と人間の間を仲介して人間に恩恵おんけいや警告を与え、見守ることを主な役割としている。


 大天使はときとして、みずから人間の前に姿を現すことがある。

 下級第三位の権天使プリンシパリティーズ、大天使、普通天使エンジェルは、姿や性質が人間にとても良く似ている。

 背中に一対いっついの翼を持ち、助祭じょさい司祭しさいの補助をする聖職者)の姿で人間の前に現れるとされる。

 熾天使セラフィムの身をあんじた大天使の紫牟田は、地上へ降り立った。


降臨こうりん! まんして……っ!」


 翼を消し、人間に姿を変える。

 白シャツ、黒ネクタイ、黒のスラックス、黒革の編み上げロングブーツ。

 さらに、背中に大きな十字架が銀糸ぎんし刺繍ししゅうされた黒マントを羽織はおっていた。 


「これでよしと。待ってろっ、黄葉ちゃん! 今行くぞっ!」


 紫牟田は、黄葉が監禁されている独身寮へ向かって走り出した。

 誰がどう見ても中二病ファッションであることに、紫牟田本人だけが気付いていなかった。


 ꒰ঌ♥໒꒱‬꒰ঌ♡໒꒱


 白淵しろふちは自分が住む独身寮の前で、怪しいコスプレ少年を発見した。

 コスプレ少年は、独身寮の周りで挙動不審きょどうふしんな動きをしている。

 どう見ても、不審者ふしんしゃ

 中二心がうず……、いや、不審者なら通報しなければと思いコスプレ少年に声を掛ける。


「ちょっと、そこの少年。ここで何してるの?」

「あ、ちょうど良いところに。すみません、ボクの友達がここにいるって聞いて来たんですけど、何か知りませんか?」

「友達って、どんな人?」

「ボクよりちょっと小さい男の子で、黄葉って名前なんですけど……」

「なんだ。その子なら知ってるよ」

「えっ? 本当ですか! 会わせて下さいっ、ぜひっ!」  

 

 コスプレ少年が、物凄ものすごいきおいで食いついてきた。

 よっぽど、黄葉に会いたいらしい。

 その時、白淵の直感が働いた。


 隣人の藍染あいぜんは黄葉を紹介する時に、「複雑な家庭の事情があって、家に帰れなくなったから預かっている」と言った。

 今まで一度も人を家に上げたことがない藍染が、自分の家にかくまっている。

 藍染は、誰に対しても優しいタイプではない。

 全く興味がない相手には塩対応だが、心を許した相手にはスーパーダーリンを発揮はっきする。

 きっと藍染にとって黄葉は、特別な存在に違いない。


 おそらくこの少年は、何らかの事情を抱えて家出してきた黄葉を探して来た。

 もし黄葉の居場所を教えたら、連れ戻されてしまう。

 連れ戻されたら、黄葉はいったいどうなってしまうのか。

 うっかり「知ってる」と答えてしまった、数秒前の自分をなぐりたい。 

 白淵は苦笑いをしつつ、適当に嘘をく。


「あ~……、えっと、ごめんね。1回だけ会ったことはあるんだけど、どこにいるかまでは知らなくて」

「そうですか……」


 少年は分かりやすく、しょぼんと落ち込んで肩を落とす。

 期待だけさせて、嘘を吐いてしまった罪悪感に少しだけ心が痛む。

 可哀想なので、事情だけでも聞いてみようと話し掛ける。


「なんで、黄葉くんに会いたいの?」

「黄葉ちゃんが、何も言わずに急にいなくなっちゃったんです」

「何も言わずに、ねぇ?」

「そしたら神様が、『熾天使セラフィムは浄化の力を使い果たして地上降臨ちじょうこうりんした』って言ったんです」

「は?」

「黄葉ちゃんが堕天だてんしてないか心配で、大天使アークエンジェルのボクも後を追って降臨して来たんです」

「いやいやいや、ちょっと待って! 理解が追い付かないんだけど……っ!」


「服装だけじゃなく、中身も中二病だったか」と、白淵は驚いた。 

 普通の人間だったら、ドン引きしただろうが。

 中二病をこじらせている白淵は、少年の話に興味をかれた。

 

 熾天使セラフィム

 大天使アークエンジェル

 地上降臨ちじょうこうりん

 堕天だてん

 この単語に、中二心をくすぐられない中二病患者はいない。


「あのさ、立ち話もなんだし、良かったら近場のカフェでも行かない? おごるよ」

「え? 良いんですか? ボク、カフェ行ったことなくて、行ってみたかったんです」

「代わりに、色々聞かせてもらっていい? オレ、つくも。よろしくね」

「ボクは、大天使の紫牟田しむたといいます。よろしくお願いします」


 紫牟田は人懐ひとなつっこい笑顔を浮かべて、礼儀正しく自己紹介をした。

 中二病をこじらせているが、根は素直な良い子のようだ。


 中学生くらいになると、おしゃれな大人のカフェに憧れる。

 入ってみたいけど入りずらい、という気持ちも分かる。

 かといって、親同伴おやどうはんで入るのも違う。

 ひとりでカウンター席に座り、「マスター、いつもの」とクールに決めてみたい。


 白淵は中学時代の自分と重ねてなつかしさを覚えながら、紫牟田をカフェへと連れて行った。

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