第3話 中二病の隣人

 黄葉きばくんと同衾どうきんするようになってから、悪夢を見なくなった。

 天気が良い日は黄葉きばくんが布団を干してくれるから、ふかふかで気持ちが良い。

 ぐっすり眠って目覚めると、横に天使の寝顔がある幸せ。


「どんな美人も3日で飽きる」という言葉があるけど、あれは嘘だな。

 黄葉くんはいつも可愛くて、飽きることなんてない。

 むしろ、どんどん好きになって愛おしさがこみ上げていく。


 部屋が狭いことを言い訳にして、家にいる時は黄葉くんとずっとくっ付いている。

 黄葉くんを撫でていると、めちゃくちゃ癒される。

 アニマルセラピーならぬ、黄葉くんセラピーだな。

 黄葉くんもスキンシップが好きらしく、俺にべったり甘えてくる。


藍染あいぜんさ~ん」

「ん~? なぁに? どうしたの?」

「おなかすいた~」

「おなかすいちゃったの? じゃあ、何食べたい?」

「藍染さんの作るものなら、なんでも美味しいからなんでも良いよ」

うて、黄葉くん、ガキじたで食べられないものいっぱいあるでしょ? いっつも俺に『食べて』って言って、残り食わせるじゃん」

「だってぇ~」


 以前は、どうせ自分ひとりだからと、食事も適当に済ませていたけど。

 黄葉くんに美味しいものを食べさせたいから、自炊をするようになった。

 黄葉くんもお手伝いしようとしてくれるんだけど、不器用で料理のセンスがまるでない。

 そんなところも、可愛いんだ。


 成長期のガキなのに、少食しょうしょくで食わず嫌い。

 そんなんだから、ヒョロヒョロガリガリなんだろうがよ。

 黄葉くんの健康を考えて、栄養バランスも考えるようになった。

 同じものを食べているから、俺もすっかり健康体になった。

 ただ、黄葉くんの残りを食わされるから、ちょっと太ったかもしれん。

 そろそろ、減量しないとな。


 黄葉くんには、余計な知識を与えないように気を付けている。

 下手にいらん知識を付けて、出て行かれては困るからだ。

 俺のスマホやパソコンには、絶対に触らないように言い聞かせてある。


 黄葉くんは今まで一度も、携帯電話に触ったことがないらしい。

 今時、小学生でもキッズケータイを持ってるぞ?

 親が買い与えなかったのか、家が貧乏で買えなかったのか。

 因習村いんしゅうむらの決まりで、持ってはいけなかったのか。

 何にせよ都合が良いので、スマホは買っていない。


 代わりに、ゲーム機を買い与えた。

 俺が不在中は、ひとりぼっちで寂しいだろうからな。

 最近は、「あつまれ ンガイの森」にハマっているらしい。


「ンガイの森」シリーズは、累計売上るいけいうりあげ4500万本を突破している超人気作。

 特にストーリーや目的はなく、可愛い動物たちとほのぼのするスローライフを楽しむゲーム。


 黄葉くんはゲームのキャラクターを見て、「可愛い可愛い」と喜んでいる。

 どうやら黄葉くんは、可愛いものが好きなようだ。

 可愛いもの好きの黄葉くんが、可愛すぎるんだがっ?


「黄葉くんは、動物好きなの?」

「うん、大好き! あのね、たまに鳩が来てくれるんだよっ!」

「鳩?」

「あっ、鳩っ!」


 ちょうどタイミングよく、ベランダの手すりに1羽のキジバトが止まった。

 黄葉くんは、嬉しそうにベランダへ駆けていく。

 動物好きな黄葉くんに、もっとたくさんの動物を見せてやりたくなった。


「そんなに動物が好きなら、動物園へ行こうか」

「動物園って、なぁに?」

「動物がたくさんいる場所で、いろんな動物が見られるんだよ」

「ホント? 行きたいっ!」 

「じゃあ、行こうか」

「やった~っ!」


 黄葉くんは大喜びで、いそいそと準備を始める。

 動物が見たくて、はしゃいでいる黄葉くんが可愛い。

 黄葉くん用の服は買っていないから、俺の予備を着せている。

 ぶかぶかで服に着られている状態だけど、萌え袖で可愛い。


「早く早く」と俺の手を握ってくる手が、ちっちゃくて可愛い。

 黄葉くんの何もかもが、可愛くて可愛くてしょうがない。

 玄関の扉を開けると、隣の扉もカチャリと音を立てて開いた。

 

「「あ」」

「どうも、藍染さん」

「よう、つくも


 同じ独身寮に住んでいる、白淵しろふち

 本人は、カッコよく「つくも」と呼んで欲しいらしい。

 黄葉くんほどじゃないけど、いい年こいて中二病をこじらせている。

 俺の後ろから、黄葉くんがヒョコッと顔を出す。


「誰?」

「隣に住んでいる人だよ」

「おや? 人を家に入れたがらないことで有名な藍染さんが、どういう風の吹き回しで?」

「この子はちょっと、複雑な家庭の事情があってさ。家に帰れなくなっちまったから、しばらくの間、俺が預かってんだよ」

「へぇ? 藍染さんがねぇ」

「初めまして、ぼくは黄葉といいます」


 黄葉くんは人懐っこく、にぱぁと可愛く笑った。

 白淵も、にっこりと笑い返す。


「黄葉くんね。初めまして、オレはつくもっていうんだ、よろしく」

「はい、つくもさんですね。よろしくお願いします」

「あ、ヤベ! のんびりしてる時間なかったっ! じゃあ、またねっ!」


 そう言って、白淵は慌てて出掛けていった。

 遠ざかっていく白淵を見送って、黄葉くんが俺を見上げる。


「他の部屋にも、藍染さんのお友達がいるの?」

「いるよ」

「会ってみたい!」


 黄葉くんがおねだりしてくるが、答えはノーだ。

 白淵は、たまたま会っちゃったから仕方ないけど。

 出来ればあまり、他の住民と黄葉くんを接触させたくない。

 黄葉くんを監禁していると、知られたくないからだ。

 まぁ、黄葉くんは監禁されている自覚がないから大丈夫か。


「みんな、あんな感じで忙しいからね。さっきみたいに、会えたら紹介するよ」

「そっかぁ……」


 しょんぼりしてしまった黄葉くんの手を取って、優しく笑い掛ける。


「そんなことより、動物園行くんでしょ? 早く行かないと、動物園閉まっちゃうよ」

「うん! じゃあ、早く行こっ!」


 黄葉くんは明るい笑顔を浮かべて、俺の手を引っ張って走り出した。

 今日は、楽しいデートになりそうだ。


 ꒰ঌ♥໒꒱‬꒰ঌ♡໒꒱


 一方その頃、天界では――


 いくら探しても、熾天使セラフィムの行方は、今だ知れず。

 結局、主なる神にもバレてしまった。

 全知全能である神を、あざむけるはずがない。


 熾天使は癒す者であり、高みの存在である。

 神と直接交わり、純粋な光と思考の存在であり、愛の炎と共鳴する。

 浄化の力は雷光らいこうのようにまばゆく、光り輝く本質は全ての闇を彼方へ追いやる。

 そんな存在感ありまくりの熾天使がいなくなって、バレないはずがない。


 智天使ケルビム水卜みうら座天使ソロネ緑谷みどりたには、神に呼び出された。

 天使階級の上級第二位に位置づけられる智天使は、神を知り、神の姿を見、そして神の賜物たまものを受ける能力を備えている。

 天使階級の上級第三位の座天使ソロネは、神の玉座ぎょくざの運び手をになっている。


 水卜は、神より天啓てんけいさずかる。

 

 ――熾天使は、浄化の力を使い果たして地上へ降臨こうりんした。

 ――今は地上界で人の姿となり、力の回復につとめている。


「では、黄葉は無事なのですね! 良かったっ!」


 啓示けいじをもたらされた水卜は、歓喜した。

 水卜は、他の天使たちにも神の啓示を伝える。


「みんなたち~! 黄葉は地上にいるってよ~っ!」 

堕天だてんしてなくて、良かったぁ~っ!」

「なんだ、地上降臨ちじょうこうりんしてたのか」

「良い人に拾われていると良いけどねぇ」

「やっぱ、おれが言った通り、力尽きてぶっ倒れてたんじゃん」

「黄葉くん、元気でやってるかな?」

「黄葉ちゃん、早く帰ってくると良いなぁ」


 天使たちも熾天使の無事を知り、心から安堵あんどした。

 しかし、地上には誘惑が多い。

 地上降臨時に人間の娘の美しさに魅了されて、妻にめとる禁を犯した「アザゼル」という堕天使だてんしもいる。

 天使たちは、黄葉が禁を犯さないことを祈らずにはいられなかった。

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