第7話 友人
今日の部活は1人だ。
平野は家の用事があるからと、わざわざ部室にまで言いに来た。
俺が部室に行かない日ももあるため、連絡先を交換しておいたほうがいいかもしれない。
そう思いつつ、部室を見渡すと1人だけの部室は久しぶりのように思える。そんなに大きくない部屋が、いつもより広く見えた。
そんな事を感じるようになったことに、随分と絆されたもんだと自嘲する。だが、悪い気はしなかった。
本に集中しようとすると、コンコンとノックが響いた。
失礼しますと若干に間延びした声で、知らない女子生徒が入ってくる。
「こんにちは、私1年生の水瀬 薫と言います。
ええっと、平野 彩は居ませんか?」
彼女の名前には憶えがあった。
確か、平野が友達だと話の中で聞いた気がする。
「こんにちは、平野さんなら今日は用事があるらしくて帰った。」
真っ直ぐこちらを見る水瀬にそう伝える。
少し、ぶっきらぼうな言いかたになったかもしれない。
「そうですか、ありがとうございます。」
特に気にしていないようで、抑揚の少ない平坦な声だった。
部室を少し見回して再び目が合う。
「もしかして、井上先輩ですか?」
好奇を含んだ声音で聞かれる。
いきなり、名前を言われて内心驚いたが、すぐに平野から伝わっているのだろう結論づけた。
「ああ、井上 翔だ。よろしく、良かったら何か飲むか?」
席を立ち上がりポットへ向かう。
「えっ?いいんですか?
ありがとうございます。」
明るく言った彼女に適当にくつろぐように言いつつ、コーヒーと紅茶のどっちが良いかと聞く。
紅茶を選んだ彼女に差し出すとありがとうございますと言い、一口飲んで口を開いた。
「いつも彩から井上先輩の話を聞いているんですよ〜。優しくて頼りになる先輩がいるんだって。」
嬉しそうに語る水瀬の言葉に少しドキッとした。
他人から聞く自分の評価というのは、何だか新鮮でそれも褒められる内容だと、なんというかむず痒く思う。
「そう言って貰えるのは――ありがたいな。平野さんはしっかりしているし、熱心に取り組んでくれるから、俺も楽しいからな。」
平野との日々を思い出しながら頷く。
「それに水瀬さんのこともよく聞く。気の置けない親友で、マイペースなところにはいつも助けられてると言っていた。」
俺のその言葉に口元が緩み、指を合わせて嬉しそうに動かし始める。
「えへへ、それは嬉しいですね。」
俺の言葉に疑う様子もない、その姿に聞いていた通り素直な子なんだなと思った。
「やっぱり、本が好きなんですね。
何を読んでたんですか?」
俺が傍らに置いた本が気になったのか、背を伸ばしながら聞いてくる。
「「風の又三郎」というのを読んでいた。水瀬さんも本は読むのか?」
平野が本を読んでいるから、その繋がりで読んでいるかも知れない。
俺の質問に水瀬が顔をしかめる。
「いや~、私はあんまり活字は得意じゃなくて……映画とかドラマばかり観てます。」
文芸部員の手前、本が好きでないと言いづらかったのだろう言葉が尻すぼみになっていく。
作品の楽しみ方は人それぞれだからな、気にはしないんだが。
「そうなのか、映像作品も良いよな。今年は面白そうなものも多い。」
同意するような言葉に水瀬が目を丸くしていた。
「驚きました……てっきり本の良さについて語られるかと。」
強要されると思っていたらしい。
そんな妖怪みたいなことしたところで、逆に溝が深まるだけだと思う。
「それぞれ人に合った作品の見方があると俺は思う。それを強制しても、お互いに嫌な思いをするだけじゃないか。」
水瀬がへぇと感心したような声を上げる。
そんなに以外だったのだろうか。
「それもそうですね!何だか、先輩のことがわかってきた気がします!」
明るく笑う彼女に元気だなと思う。
こういった快活なタイプとあまり、接したことがなかったので気圧される。
「あっ!でもさっきの本の表紙ヤカとコラボしたやつですよね。」
目を輝かせて指を差す。
本などをモチーフに曲を作るバンドのことを言っているのだろう。
普通の表紙の「風の又三郎」を持っているのにわざわざ買うぐらいには好きなバンドだ。
知っているということは水瀬をファンなのかもしれない。
「そうだ。昔たまたま動画で見てからファンなんだ。
俺は夏に咲くが好きなんだが、水瀬さんは何が好きなんだ?」
俺の言葉に大きく頷く。
「私もファンなんですよ!
夏に咲くが好きなんて先輩もなかなかですね。
私は……最近はルパートが好きでつい聴いてます。」
おお、まさか同好の者と出会えるとは思っていなかったのか、水瀬が前のめりになりながら話す。
自分もあまり音楽の話はしたことなかったので、つい熱くなってしまう。
あの曲のどこが良かったや歌詞の解釈などの話がかなり弾んだ。
「先輩って本を読んでいるので、歌詞の解釈が好きだと思ってたんですけど、以外とギターのフレーズとかが好きなんですね。」
水瀬もなかなか知っているもんだと思う。
「まあ、ヤカの楽曲や本に影響されてギター弾いているからな。」
自分の影響されたものについて喋るのは少し照れる。
おお!と目の輝きが増す水瀬。
「私、飽き性なので楽器とか続けられないんですよ。
だから、楽器とか弾ける人ってすごいなあっていつも思います。」
尊敬の目を向けられ気恥ずかしくなりながら、他にどんな曲が好きなのかなどの話で随分と時間が経っていた。
「今日はありがとうございました。楽しかったです!」
そう言って、部室を出ていく水瀬に、自分も楽しかったと伝えた。
何だか春の突風みたいな人だなと思った。
◇ ◇ ◇
「そういや、昨日、井上先輩と話したんだ。」
お昼、薫といつものように机を合わせて弁当を食べていると、突然そんなことを言われた。
なぜ、いつ、どこで、と次々と疑問が湧いてくる。
「昨日の放課後に彩が文芸部いるかなあと思って覗いたんだけど、ちょうど先輩がいてね。」
なるほど、私を探して文芸部に来ていたのか。
そう言えば昨日は薫に先に帰ることを伝えていなかったかもしれない。
先輩とは何を話したのだろう。大丈夫とは思うが、変なことを言っていないことを願う。
「彩が言う通り、優しい先輩だったよ。彩が足繁く文芸部に通うのもよくわかる。」
薫の言葉に心が暖まる。
優しい先輩を友人にも、優しい人だと知ってもらうのは嬉しい。
ただ、そのことは自分だけが知っていたのでちょっとだけ寂しさを感じた。
「ありがとう、薫ちゃんにそう言って貰えて嬉しい。
えっと……もしかして文芸部に入るの?」
入ってくれたら楽しい気がするけど、薫は明るいし先輩もそっちに流れるかもと思うと入って欲しくない気もする。
つい、躊躇いがちに聞いてしまった。
「いやいや、本は読まないし入んないかな。バイトとかもあるし、彩に悪いしね。」
軽い調子でそう言ってパチリとウィンクした。
私に悪いだなんて照れくさくなる。
ただ、入らないと言う言葉に安堵してしまう自分が少し嫌になる。
バイトや合わないと言う話は本当だろうから、あまり気にしないようにする。
「悪いなんて別に……ちなみにどんなこと話したの?」
薫は本読まないし、何の話をしたのか気になる。
下から伺うように見ていると薫が目をつぶり呆れた表情をする。
「気になってんじゃん。
ええっと、同じ音楽が好きでさそれで盛り上がったんだ。」
そう言えば先輩がよく聴くアーティストの中で、薫が好きだと言っていた人が何人いたのを思い出す。
「それに、先輩ってギター弾けるみたいで、よく聴く楽曲は弾けるらしいのすごいよね。」
なにそれ知らない。
薫が何気なく言った言葉が、妙に引っかかり心に黒い渦が巻く。
先輩と薫が仲を深めているのは嬉しいはずなのに、私の知らない先輩を知っていることに納得がいかない。
「ギター弾けるなんて、教えてくれなかった……。」
口が尖って投げやりな言いかたになってしまう。
「えっ……あ、あぁ〜、この辺とか先輩が好きな曲らしいよ!」
私の様子に薫が一瞬だけ言葉に詰まったが、何かを察したのか早口で曲を教えてくれる。
その姿に我に返り、つい責めるような言い方になったのを薫に謝る。
さっきの渦巻いた黒いモヤは忘れて、曲について詳しく教えてもらうのだった。
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