第33話 テラリウム〜ルラの石の秘密
ルラヴィアの整備兵たちが、T-4グルージャから慎重に降ろしたエストックは、主要パーツごとに分割されて、バラバラの状態のままだった。
それらのパーツは、格納庫、というには古風な教会の身廊のような空間に、所狭しと並べられた。
その様子を、法衣を着た数名の神官が舐めるように見回している。
「ほう、これがルラヴィア渾身の最新鋭機『エストック』か!
奴らが奉納してきたこの機体、果たしてあの石の対価としてふさわしいものか?
じっくり見させてもらおうじゃないか……」
思い思いにパーツを見て回る神官のなかで、1人がおもむろに工具を手に取ると、おどろくほどの手際の良さで、エストックの翼のパネルを開けていった。
「おいおい。なんだこれは……
見ろよ……これ」
神官があきれたように手を止めて、近くの神官に翼の奥深くを指さして見せた。
「なんだ?……
おいおい、ルラヴィア人はこんなところに石をはめているのか?」
半笑いで、馬鹿にしたように笑う神官。
「まったくルラヴィアの連中ときたら……」
他の神官たちも、続々とパネルを外された翼のもとへと集まってくる。
「彼らは本当に石の使い方を理解してないんですなあ」
「しかも、奴らは石をそのまま使うらしい」
「結晶化をせずに?」
「ああ。奴らはテラリウムの扱い方をしらんのだ。
せいぜい火にくべて、溶かして型に流し込むぐらいのことは試してみただろうが、そんなことをしても石を台無しにするだけだからな。
温度管理をしながらじっくり冷やし、タネ石を放り込んで再結晶化を促す、なんてことは、奴らには思いもよらないことだろう。
なんせ『ルラの石』などと呼んで。ありがたがっているらしいからな」
そのとき、立てかけてあったパーツのひとつが倒れ、巨大な金属音を響かせた。
全員が振り返った先には、荷物を降ろし終えたルラヴィアの整備兵たちが、おびえた表情を隠そうともせずに、立ち尽くしていた。
「なぜこいつらがまだここにいるのだ!?
用は済んだのだから、とっとと連れて行って閉じ込めておけ!」
少し明るい色の法衣を着た神官たちが、頭を下げながら慌ただしく動き出した。
「まずいぞ、今の話、聞かれたんじゃないか?」
「うむ……たしかに。
しかもこの連中は整備兵だ。聞いていたなら、十分理解できたかもしれん……」
「殺すか?」
「やむを得まい」
「大神官様の赦しを得ずに殺すのか?」
「事後恩赦をお願いするしかあるまい。今は事態の悪化を防ぐべき」
「待て。
事後恩赦をいただけるとは限らんぞ。
考えろ。殺さずにこの者どもを使えばいいのだ。
どうせこの機体を整備するのに人手がいる。
この連中はここにとどめ置き、しばらくのあいだはこの機体のメンテナンスをさせようではないか」
「なるほど! それはいい」
「それに、これは人助けにもなるぞ?」
「人助け? どういうことだ?」
「ふふふ…… どうせあいつらは、『死の門』を越えられぬ。
あいつらと一緒に墜ちて死ぬより、ここで生きながらえた方が、あの整備兵たちにとってもいいだろう?」
「そうであった。どこに通報するのだ? ブラナガンか? アストリアか?」
「まだ大神官様からご指示はいただいておらぬ。
なに、あいつらが飛び立ってからでも十分間に合う。せいぜい楽しみにしていようぞ」
黒い法衣を着た神官のひとりが、ルラヴィアの整備兵たちに向かって叫んだ。
「おいっ! お前たちっ!
エストックのパーツを工房へ運べ!
ついでに、組み立ても手伝ってもらう。
ザイラの神兵にやらせるより、慣れたお前たちの方が手早いだろうからな?」
ルラヴィアの整備兵たちは、おびえた表情のまま、神官たちにどこかへ連れ去られていった。
◆
『ルラ聖典 巫女エリアによる預言書』 第十二章 328節~352節
その時代、己が力を誇る者あり。その名をガイオンといった。
彼の傲慢は天に満ち、ある日彼は豪語した
「女神ルラが聖別せし禁足の地とて、我が力の前にあっては、ただの土塊に過ぎぬ」
と。
ガイオンは地に満ちる七つの強者に挑みたり。
すなわち、冠を戴く王、富を積む大尽、言の葉を紡ぐ吟遊詩人。
天を裂く竜、荒野の獣、地を這う大蛇、そして影に潜む毒蜘蛛。
彼はそのことごとくを打ち倒し、それぞれの骸より七つの宝玉を奪い取った。
そして、その宝玉を連ねて一つの宝帯(ほうたい)とし、己が腰に纏った。
かくてガイオンは市井に立ち、民に向かってその宝帯をひけらかした。
自らの力を誇示した。
民は皆その威光にひれ伏したが、ひとりの賢人が進み出て、彼を
「力ある者ガイオンよ。
その七つの宝帯はあなたの強さの証なれど、天におわす女神ルラの御怒りの前では、いかなる宝石も輝きを失いましょう」
これを聞き、ガイオンは天を指して大いに
「聞くがよい、
地に満ちる七つの強者は、ことごとく我が足元にひれ伏した。
ならば天上のルラとて、地に立つ我にひざまずかぬ道理があろうか」
賢人はおののき、口を閉ざした。
ガイオンは続けて言った。
「我は行く。ルラが禁じた聖地、嘆きの頂へ」
「我はかの頂に立ち、ルラが創りし大地を睥睨し、我が目に見ゆるすべての土地を我が領土として宣言せん」
かくてガイオンは一人旅立ち、禁を犯し、ついに、いかなる者も踏み入ることを許されぬはずの嘆きの頂にその足を降ろした。
彼は四方を見渡し、その声の限りに叫んだ。「この世界は我がものである!」
その言葉が終わるや、天は怒りをもって応えた。紫電の槍が雲を貫き、ガイオンの体を引き裂いた。
彼の肉体は瞬く間に塵芥と化して風に散り、傲慢なる者の声は永遠に沈黙した。
されど見よ。
かの嘆きの頂には、七つの宝玉が連なる宝帯だけが残された。
それは天に昇りて七つの星となり、今もなお夜空にあって、神を畏れぬ者の末路を永遠に語り継いでいる――
◇
ガイオンの七つ星。
いまも、南の空にその姿をとどめ、この神話とともに、ルセンディア大陸の人々に広く親しまれている。
ちょうどこの時期、ガイオンの七つ星は、日没とともに東の空から登り、夜明けとともに西の空に沈む……
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