第3話 私がヒロインで、きみが王子様。

◇◇◆◇◇◇◇


 高校最後の夏休みを終え、秋風が山々を鮮やかに彩り始めた頃。

 私の顔は憂鬱色に染まることが増えていた。


「はあ……」


 読んでいた文庫本のページにレシートを栞代わりに挟んで閉じる。

 青いため息を文芸部の部室内に吐き散らかし、机に突っ伏した。


「部誌、あんまり売れないなあ」


 机に積み上げられた部誌の山。

 今日は文化祭二日目。

 私は文芸部室にて、展示並びに部誌の販売をおこなっている。


 ここ、文芸部室は特別棟三階の隅。

 正直お客さんが足を運びやすい場所とは言い難い。


遥人はるひとくん、来てくれないかなあ」

「呼んだ?」

「わっ」


 聞きなじみのある声に顔を上げると、クラスTシャツを着た彼の姿があった。


遥人はるひとくん!」

「おつかれさま、つぼみさん」


 遥人はるひとくんは遠慮気味な足取りで、私が座る長机の前までやってくる。


「調子はどう?」

「ぜんぜんだよ~」

「その割には明るい顔だね」

「そかなー?」


 指摘されて気付く。


 私、遥人はるひとくんが来てくれてめっちゃ浮かれてる。


「つぼみさん、何かいいことがあったの?」

「部誌がまあまあ売れてて嬉しいかなあ~って」


 嘘だ。あんまり売れてない。

 この山積みを見られたら分かると思うけど。


「部誌、ぜひ一冊どうかな? 私の作品も載ってるよ」

「言われなくても買うつもりだよ」

「……!」


 遥人はるひとくんの言葉に嬉しさと、不安が込み上げる。

 ともあれ読んで欲しくて部誌を渡す。

 

「はい、まいどあり」

「ありがとう。せっかくだからここで読んでいこうかな」

「それはだめっ」


 気付けば机を叩いていた。


「家で読んで」

「わ、わかったよ」


 彼はちょっとだけしょんぼりしていたけれど、仕方がない。


 ——あんなもの、目の前で読まれてたまるか!


 部誌に掲載してある私の作品。

 それは、実体験を基にした青春小説だ。

 ゆっくりと恋心が育っていく様を描写したような、そんな作品。


 ヒロインのモチーフは私で、恋人役のモチーフは遥人はるひとくんである。


「今日帰ったらさっそく読むよ。感想も送るね」

「うん、ありがと」


 部室を出ていく彼の背中を、名残惜しくなりながらも見送った。



 その後、夜になり遥人はるひとくんから感想が届いた。


「僕もこんな恋愛がしたい、か」


 私のこと、意識してくれてたりして。


 そんな期待感と、作品を読んでもらえた嬉しさと。

 そのほかいろんなものがないまぜになって。

 蕾はだんだんと、その体積を膨らませていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る