本論17:火葬と仮想

「やっぱり教授は人でなしですよ」


「そうとしか言いようがないな」


 教会の庭に僕たちは貯蔵されていた箱を運び出していた。原型がないくらいに加工されているとはいえ、これらは人の死体なのだ。焼却炉で焼くのはあまりにも非道だと思ったので、せめてそれ以外の場所で燃やそうと思ったからだ。

 呪物でもある箱を安易に燃やしていいのかとも思ったが、教授曰く「日本は火葬の文化だ。死体を燃やすことはそこまで冒涜的ではないだろう。弔う気があるなら、浄化されてくれるはずだ」だそうだ。

 何故だか傷だらけのG田もいたが手足は使い物にならないし、精神的に衰弱しているしでそこらへんに寝かされている。


「……どうして改めて僕を罵倒するんだい。やはり、この火葬のスタイルは気に食わないかい?」


「いえ、この人たちはいいんです。もうこれ以上はどうしようもないと思います」


 こんな姿を遺族に見せるわけにもいかない。見せても信じてはくれないだろうし、それが事実だとわかっても辛いだけだろう。こんな人としての尊厳を徹底的に壊された死に姿は周りの誰しもを不快にし不幸にする、やはりこの箱は絶対に在ってはならなかった。

 だから、こうして闇に葬るしかないのだ。


「ただ、その生かさなければならない箱はどうするんですか? あの約束が守られる限り、彼か彼女かもわからないそれはずっと行き場のない呪いを抱え続けることになるんですよ? それは……あまりにも酷じゃないですか」


 あの箱は、身を焦がすような怒りと恨みと悔しさを内包したまま道具として扱われる。教授の勝手な都合というわけでは決してないが、箱は大勢が呪われないための人柱となってしまったのだ。それはやはりむごたらしい行為なのではないだろうか。


「……箱に脳を搭載したと言ってもそれが人間のように考えを持っているわけではない。人間が感じるような苦しみを感じることはできない、と言っても君は納得しないだろうね」


「もちろん、そうです」


「君は自分の正義を貫くつもりなんだな。皮肉ではない、正当な賞賛さ。頑固さはあるが、そもそも自分の正しさを持てていることそれ自体が一つの誉だよ……ただ、君は知っておかなければならない、誰しもが違った正義……つまり価値観を持っているのだと」


「それは、わかっていますよ。そんなのは学校で耳が腐るほど聞きました」


「本当にそうかい? 現に君はあの神父を完全に拒絶した。あの合理的な価値観を突っぱねた。彼の孤独を虚構だとした」


「……何が悪いんですか。教授も結局は彼を追放した。同じ事ですよ」


「別に拒絶したという結果を変えろというわけではないさ。ただ、理解した上で拒絶しろということだ」


 火を見つめていた教授は僕に顔を向けた。その表情は、いつものわざとらしいものではなく、真に迫ったものだった。

 だが、この表情だって作られたものだ。本当の表情は誰にも認識できない。

 この人を信じてもいいのだろうか、疑念がよぎる。

 だけども、いつだってこの人の言葉を聞いてしまう。魔力でも籠っているのだろうか。


「社会性を持つということは一概には語れない。だが、それは社会の歯車になる側面を持つとことだという側面は確かに存在する。しかし、人間は——地球の人間はそれだけではないだろう? 個性を発露することは十分に認められている。社会に役立たないことだって常識の範囲内であれば自由にできる」


 次に、視線は上に向かった。

 空……つまりは宇宙を見ているのだろう。


「だが、ヴュグは違う。あそこの人間は歯車以上の意味合いを持たない。個はもはや全たる社会の一部でしかない。自由がないという以前に、そんな概念はなく全員が全員それが当たり前だと思っている。使えない歯車は処分されることもね」


「……だから彼はあんな凶行に走ったと?」


「凶行ですらなかったのだよ。社会のために動くことは彼にとって生きるも同然のことだ。だから彼は救いを与える役目を持とうとした。でないと彼は生きる意味がないのだから。それが、どうしようもなく地球人にとっては受け入れられないものだった。そういうことだ」


「……僕にはやっぱり理解できませんよ。そういうものは排除すべきだ……そうとしか思えません」


「感情的には理解できなくとも、理屈としては追及できるようにしてほしい——その上で争って欲しいんだよ。それができなくては、きっといつか致命的な間違いを犯す」


 ここで視線はまた火に戻った。最早灰同然の箱。


「そんな断裂は地球の外だけじゃない。地球の中でだって起こっている。例えば、人間らしく燃やされることを望む者も——呪いをあるべき場所にぶつけたことで報われる者も」


「……それが言いたかったんですか? この箱の中には復讐したいと思っている人もいると」


「分からないさ。だって彼らはもう何も考えられない。ああすればよかったこうすればよかったと悔やむことも出来ない。だが、死の間際に遺された呪いがあるってことは、そういうことだよ」


 思い出すのは、僕に歩み寄ってきたあの呪いの姿。そして箱に入った尾田から聞こえた声。確かに僕はその呪いに当てられて神父を撲殺しようとした。報われるというならば、そっちの方が近いのかもしれない。

 ただ単に、それを受けた僕自身の怒りが発露しただけなのかもしれないが。


「だが、人を呪わば穴二つだ。彼は感情の扱いに長けている。下手に殺せばより大きな呪いが残ったことだろう。それが僕らに向かうのか、地球という星に向かうかはわからないがね」


 全ては混沌の中だ。僕はすぐそばにいる人の心の中だって理解はできない。宇宙に巡るあれやそれやはもっと理解できないのだろう。

 仮に想ったとしても、正解が理解できるかも危うい。


「だから今できるのは、結局のところ今できることだけだ。君の手の届く範囲のことだけ。だからよく考えて学んでおくれ。そうすれば、できることも増えてくるだろう」


 今できること……それは多分、祈ること。

 彼らの苦しみも呪いもわからない、彼らを救うことも出来ない。せめて、箱の中身がこの世に苦しみを生まないことを祈るだけだ。

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