捕足:禁地教授、異空にて

「よっと」


 彼によって落とされた時空の隙間、そのさらに未確定で不安定な領域から私は脱出する。どうやったかはまぁ……説明しないでおこう。私にとってはプールを泳ぐのと同じようなものだとしかいない。

 すると、そこはアンジくんに分析してもらった地下室の広間だった。三つのドアがあり、それぞれ別の部屋に通じている、その内の一つには彼が調べられなかった部屋もある。


「ふむ」


 だが、今調べるべきはそこではない。その部屋から箱の素材である人間の生命反応を感じるがそれは放っておいても死にはしないし、あの神父は今足止めを食らっていて加工を再開しに来るのもかなり先だ。

 だから、まずは第一に必要なものから取っていくことにしよう。

 箱の保管庫のドアを開ける。ずらりと棚に箱が並んでいる。一番多いのは黒い箱だが、中には段ボールやガラス、木製などもっと暮らしに溶け込めるような迷彩性の高い材質で出来ているものも並んでいた。


「ずいぶんと開拓的な開発者だ。意地でも対象に届けたいのだな……もしくは、自分の罪を露見させたくないか」


 念のためもう一度『指差し確認インデックス』で分析をする。

 原材料は頭蓋骨をはじめとした骨、眼球、毛髪、唇、耳、歯、舌、声帯、胃、腸、心臓、血管、肝臓、腎臓、肺、横隔膜、膀胱などなど……一種類の材料で作られているものがあれば、様々な材料を組み合わせて作られているものもある。しかし、どれもこれも原形を全く保ってはおらず、全くもって別の材質になってしまっている。それでもまだ細胞は活動を停止していないのだから驚きだ。

 ギリギリ生きている、その事実が呪いを内包するのにプラスに働いている。生きている人間の方が感情をため込むのだからそうなのだろう。


「さて、鮭ばりに捨てるところのない使われ方をされているが、そんな加工の名手でも捨てて燃やさなければいけない部位があるようだな——例えば衣服」


 目を向けるのは、部屋の隅にちょこんと配置された焼却炉。アンジくんはこの中も調べてくれてはいるが、焼却という処理を挟んだため読み取れる情報が大いに劣化してしまっていた。

 だが、わずかながら読み取れた情報によれば、そこにこびりついている焦げ跡の正体は繊維ではなく肉だった。

 ならば、あの神父には人をガラスにまで加工できる技術をもってしても捨てなければならない部位があったのだ。


「恐らく、我々の急な訪問と超調襲撃の準備のため、行っていた加工を中断しているようだ。だから、まだ残っている可能性は——ある」


 あった。

 扉を開けると——予想通りのものがそこには詰め込まれていた。

 さて、ここは後のテストに出る部分だ、答えられはしなくても考えておいて欲しい。



 ■■



「……誰かと思えば、G田くん」


 一作業終え、未知の部屋を開くとそこは物のあまり置いていない閑散とした部屋だった。中央にぽつんと椅子と机があり、そこには鋸や金槌が乗っている——使ったばかりなのか血と肉片がこびりついている。

 そして椅子には、あのG田が縛り付けられていた。いつもの軽薄そうな表情はなく、ただただ骨の髄からにじみ出るような恐怖だけが浮かび、服にはじっとりと汗が染みた跡がある。震え、怯え切っている……もしかしたら加工の現場を目撃してしまったのかもしれない。


「だ、誰だ! あ、あの神父の仲間か!?」


 おっとそうだ、彼には偽りの姿を見せていたのだ。確か、かなり器量の良い女子を演じていたはず……

 分かりやすいように変えてやろうか。


「! なっ! お前、あの時の!」


「心配するな。君を殺すつもりはないよ。今解放してやろう」


 彼を椅子と結びつける縄に『指差し確認』を当て、解こうとする——すると目に入ったのは彼の手と足の傷だった。釘のようなもので貫かれたようで、ぽっかりと穴が空きそこから止まることなく血が溢れている。もう既に工程には入っていたようだ……こうしてに傷を入れるのは、恐らくそいつに強い恨みの感情を持たせるためだろう。こうして増大させた感情のエネルギーをそのまま箱に詰めるという手法だ。


「しかし、なんで君がここに捕まっているんだい? 君は自分に嘆いているようには見えないのだが」


「知らない! あいつは、守秘義務を破ったとか言ってたが! なんで俺が!」


 もちろん、我々に呪いの源としてここを告げてしまったからなのだろう。

 この男は人を呪った。報いは受けてしかるべきだ。だが、このままでは失血で死んでしまうかもしれない。E太は体調を害したが、死ぬことはなかった……これでは流石に罪と罰が釣り合わないというものだ。


「止血と痛み止めをする。これで少なくとも死にはしないだろう。傷が塞がるわけではないからちゃんと後で然るべき機関で治療してくれたまえ」


 『指差し確認』で軽く彼の傷周りの組織をいじくり、当面の間血液の流出や壊死を抑え、これ以上の被害の拡大が無いように処置をする。


「なぁ……この前から思ってたんだ、あんた何者なんだ?」


 今助けたばかりだというのに、彼の顔にはさっきまでと同じくらいに濃い恐れが浮かんでいた。


「しがない大学教授だよ。今はそう言っておこう。謎の解明はもっと盛り上がってからするものさ」


 さて、そろそろ戻る頃合いだ。

 アンジくんが神父を殺してしまっていないことを祈ろう。

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