本論7:篭絡
ものすごく簡単な話。
E太が我々に告げた「呪いに繋がる出来事」の内容は、あまりにシンプルな恋愛のねじれから起きるいざこざだった。
E太は近頃F美というかなりの美人と付き合い始めたのだという。しかし、そのF美はその直前に仮名・G田という男と付き合っていたのだという。
このG田という男、F美によれば顔だけはいいが自己中心的軽薄極まりないようで、他の女に目移りするし、その上でF美に金をせびってくるのだという。彼女はそんな恋人失格の男を速攻でフった。
しかしこのG田、軽薄なくせにプライドだけは高いらしく、まさか自分が本当にフラれたとは思っていなかったらしい。その言葉を「女の駆け引きだ」としてまだ関係は続いていると思っていた。しかし、F美はすぐに彼よりも容姿の劣る別の男——E太とくっついてしまった。
そこでようやく関係は終わっていたのだと察したが、彼にそれを受け入れることはできなかった。
大学内で、彼女らが二人でいるところを見て大いに発狂。
しばしE太と口論になって、最終的には彼に殴りかかってしまった。
それを見かねたF美がG田の頬をひっぱたく。
すると。
「呪い殺してやるっ!!」
と捨て台詞を吐いて逃げ帰ったのだという。
あけすけに言うと超絶くだらない。小説家だってもっとひねりを加えた話を書くだろう。それほどまでに低俗な争い。
しかし、これは現実だ。ドラマのように、登場人物は見栄えよく動いてくれない。
人間の構造は実にシンプルで複雑な構造をしている。こんなくだらないことで——いやくだらないからこそかもしれない——人を心の底から憎むことができてしまうのだ。
そこに理屈はない。人の感情はいつだって理論では解決できない厄介な問題を投げかけてくるものだ。
結局のところ、怒りやすいやつが理不尽にキレた。ただそれだけ。
そういう結論でこの話は終わる——はずだった。
ここでE太の元に『コトリバコ』が届く。
くだらない恋愛譚が、一気にホラーへと転落した。
理不尽にキレたやつは——理不尽な呪いを振りまく加害者に変容した。
まだ確定いたわけではないが、そうとしか考えられない。
話を聞くに、G田に呪術的な素養があるとも思えないし、あの材質の箱を調達できるようにも思えない。
どうやらこの事件の背後にはカジュアルに人製の呪物を斡旋している何かがあるようだ。呪いを送ってくれる業者か何かが。僕の仮説ほどではないが話が壮大になってきた。
一刻も早く、確認を取らなければならない。
僕は底知れぬ闇を覗いてしまった恐怖に震えながらも、やはりその暗黒を照らしてみたいという好奇心に駆られていた。
■■
翌日。昼過ぎ、授業二時限目。霧隠大学F館、二階100号室。
そこでは文学研究の講義が行われていた。少し退屈な内容が、ハスキーボイス持ちの先生によって語られている。おかげでうつらうつらとしている生徒が多く、この授業に出席しているG田もそのうちの一人だった。
彼は教室後ろの席に陣取り、スマホをいじりながらなんとか意識を保っていた。ノートはテストに落ちない最低限にしかとっていない。。
彼は大きくあくびをする。
(ねみぃ……くっそだりぃなぁ……)
まだ終わらないものかと腕時計を見ると、時計の針は授業終わり時間を指そうとしているところだった。
(お、そろそろじゃんか。つまんねぇ授業ともおさらばだ)
彼はペンケースに筆記用具をしまい、ノートを畳んで鞄にしまい始める。まだ授業が終わっていないにも関わらずだ。そして机の上がまっさらになった瞬間に——
~~♪
チャイムが鳴り始めた。
まだ教授の挨拶は終わっていないが、彼はさっと立ち上がり教室を出ようと——
「ねぇねぇ」
——した。だが、彼を呼び止めるものがいた。
「授業終わっちゃったぁ? あたし、寝ちゃってた……きみ、ノート取ってたりしなぁい?」
隣で突っ伏して寝ていたG田には馴染みのない女子生徒だった。彼女は目を擦りながら彼の袖をちょいちょいと引っ張っている。
G田は、初対面のくせにあまりの馴れ馴れしさに「なんだこいつ……」とは思いつつも、彼女の顔を見て俄かにテンションが上がる。
(……結構可愛いなぁ)
垂れがちな目、高い鼻筋、うるやかな唇。一見高校生にも見えるほどあどけない美
だが、緩めな服の上からでもわかる肉付きのいい体。
G田の好物であった。
(……イケるか?)
どうやらこちらに気があるようで、さっきからしきりに軽くボディタッチしてくる。距離感が初見の男相手にしては近すぎる。軽いオンナなのかもしれないという算段をG田は立てた。
だから。
「取ってる取ってる。この後暇? 学食で一緒に食べながら見せてあげるよ」
「ほんとー!? やったぁ!」
ちょろい。G田は確信する。
「あー、でもあたし今日はお弁当なんだよねぇ。どっかの空き教室で食べない?」
「いいね。買う暇ないからちょっと分けてよ」
「オッケー」
二人は教室を出て、二つ隣の電気が点いていない静まり返った教室へと入った。
お、と期待せざるを得ないG田。狙った女子と二人っきりである。当然、彼女は自分を信用しきっていると判断する。
G田が先に教室に入り電気を点けた。
続いて、女子生徒が入り、ドアを閉めて——
「さて、事情聴取だ、ナンパくん」
ポケットから取り出したレーザーポインターのようなもののスイッチを入れた。
すると、教室の前後に二つあるドアからカチリと音が鳴り、施錠される。
「え?」
「さて、聞こう……箱について何を知っている? どうやってE太くんを呪ったんだ?」
さっきまでの頭ふわふわな雰囲気はどこへやら、彼女はきっとG田を睨みつけてレーザーポインターを突き付けている。まるで拳銃でも突き付けているように。
「はぁ!? わけわかんねぇこと——」
「アンジくん! サンプル!」
彼女はパパンと手を鳴らす。
「はい!」
彼らの少し前にもう一つのドアから入室し見つからないように隠れていた僕は、箱を手に彼の前へと歩み寄る。
どすんと彼の前にある机の上に箱を置く。人間製の箱を。
「呪い、箱……このワードに関することを答えてもらうぞ、ナンパくん」
尋問の始まりだ。
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