第22話「分岐の予報——三旗と“戻す路”」
朝は乾いていた。
雪は消え、土は息をしている。回廊の分岐——三つの道が合わさって、また三つにほどける場所。
看板を撫で、閂に一滴。いつも通り。けれど胸の奥は落ち着かない。
「今日は分岐。人と荷が合流して再び分かれる」
レイナが地図に短い矢印を置く。
「塔は写しと補助。指揮は現場。紙は道具、主人じゃない」
ベルクは分岐中央の石標を指差した。
「第三騎士団は合流の空を持つ。剣は抜かない。楔十五度で切る」
フィオは器を重ねて、肩で笑う。
「余白の粥は退き路の端。器の音を終わりの合図に」
ミロは子らに若草小旗を配る。
「半は旗ひと振り。騒音が強い時は鈴一打」
僕は柱に紙を貼った。
《分岐の三行》
一:合流帯(矢印太/時間短)
二:余白=退き路(退き場・器・水)
三:戻す路(仮→確/歌で戻す)
角は丸い。黒地白字。赤枠は二重。下に改めた名。
帯長ベルク、余白番マルタ、読み手ラース、見方停止路工房(ディオム)、歌い手は市童会。
さらに、もう一枚。
《三旗の標(分岐)》
白:確旗(二本線/確定)
若草:半(逆刻み/止め)
琥珀:仮旗(戻せる予報/待避へ)
レイナが囁く。「琥珀は“溜め”の色。見分けやすい」
うん、目が覚める色だ。
最初の一刻は、うまく回った。
合流帯。矢印太。声が届く。鈴が一打。
そのときだ。青い箱が、また来た。
「合流予報輪(マーシャラー)——予約路を前日に切って、今日の波を押し流す」
商会企画長サーレン。黒革の手袋は変わらない。笑顔も薄いまま。
箱の窓で針が踊り、側面には小さく**『仮のまま固定可』**の刻み。
嫌な文字だ。
「停止路義務」とベルク。
「中央鍵で止まる」サーレンは肩をすくめる。「現場は押すだけでいい」
匣が石標に据えられ、予約路の青札が道の上に勝手に点った。
仮旗のまま、確定に近い扱い。
合流点の空が痩せる。退き路に戻す口が見えなくなる。
怒号はない。代わりに沈黙が濃くなる。沈黙は危険だ。
マルタの若草半。
届かない。波の拍が予報輪に吸われる。
梁の影で細い笛。群衆拍だ。昨日の小匣と似ている。いや、今日は分岐拍。
「半!」
僕は匣の裏。蓋。蝶番。逆刻み界面。
あった。でも二口だ。「仮→確」と「仮→戻す」の切替を内部信号で潰している。
汚い。
ベルクの声が落ちる。
「ベルクの名で止まる!」
騎士の楯が十五度で楔になる。
歌い手が低く回す。
《回さない歌・分岐》
さきのな、とめ
あとのな、まつ
はん(若草)
こはく、もどす
しろで、きめる
おわり、いちど
僕は仮→戻すの口を表面へ引き出す。
琥珀の小旗を入れる外付け窓を作って、名を書ける欄を太く。
墨で一行。
「合流予報輪:外付“戻す口”——設計:リオン」
針の震えが若草半→琥珀→白の順で落ち着く。
列が止まれる速さに落ちた。
退き路へ琥珀が流れ、器が重なり、水が回る。
怒号はない。息が戻る。
サーレンの舌打ちは、風に消えた。
「速さが死ぬ」
「折れない速さは、最後に上がる」
喉は乾いていたが、声は出た。
昼の空。
フィオの粥。器の音は、今日も正しい。
レイナが紙を一枚、柱に足す。
《戻す路(仕様)》
一:退き場に“名の灯り”(余白番/取り立て番)
二:器の列を細く(角丸/矢印太)
三:帰り歌・短低(鈴一打で締め)
ディオムが匣の側面に白い印を二つ。
「戻す口の指標。若草→琥珀→白の矢印を短く太く」
ブラン(規格局)が頷く。「R1-分岐付録 RJ1に入れる」
午後。
公開三分をやる。
条件は同じ。合流三列、退き路あり、予約路あり。
A:予報優先(仮の固定)/B:三旗+戻す路。
指標はいつも通り——停止まで/再開まで/怒号数。
A。
仮旗が固定されたまま押し込まれ、退き路に戻れない。
——停止、遅い。
——再開、遅い。
——怒号、三。
沈黙が重しを抱える。
B。
若草半→琥珀→白。
退き路に器。帰り歌は短く低い。
——停止、早い。
——再開、短い。
——怒号、ゼロ。
褒めが二つ、三つ。息が軽い。
ブランが板を掲げる。
「B式優。三旗+戻す路を必須に」
サーレンは笑わず、鍵を持ち上げた。
ブランが短く言う。「最終停止。名札穴必須。名を先に」
サーレンは筆を取り、刻む。
「合流予報輪・担当:サーレン——外付“戻す口”に同意」
名は残った。
裏。
紙の匂い。札束。
「予約路アップグレード」——仮旗を白に早替えできる券。隅に小さな官印。
またこれだ。
取り立て番ルオが黒地太字の免除枠を叩く。
「救護/避難/破損。——名で言え。返せるお願いで。売買は無効」
札束は、掲示板の改めた名へ吸い込まれる。
ざまぁは、紙が名の列に変わる音。静かだ。
夕刻。
最後の合流。
太鼓が一瞬、速くなった。
梁。小匣。分岐拍。
ベルクが鞘で一度。終わりの合図。
マルタが若草半。
歌い手が帰り歌。
「さきのな、とめ/あとのな、まつ/はん/こはく/しろ/おわり」
短く、低く。
列は割れ、退き、戻り、決まる。
匣は、人に追いつけない。
ユーンが柱の陰で、声を落とす。
「岐路には三拍が要る。止め/溜め/決め」
ディオムは白い印の角を指でなぞる。
「式は『半→琥珀→白』。詩は三旗の歌で短く」
ブランの綴り本。新しい頁。
《R1-分岐付録 RJ1》
必須:
名で止める(帯長/余白番/歌い手)
三旗(白=確/若草=半/琥珀=仮)
戻す路(退き場・器・水)
楔十五度(合流切り)
逆刻み界面(合流予報輪)
推奨:
見せ方・分岐(黒地白字/矢印太/角丸)
息の指標(怒号/褒め/終わり数)
現場枠:
旗の材/鈴の音/退き場の広さ
末尾の改めた名。
「規格局:ブラン」
「停止路工房:リオン/レイナ/ディオム」
「第三騎士団:ベルク」
「市民:余白番マルタ/取り立て番ルオ/歌い手・市童会」
「監:ユーン(臨時)」
夜。
看板を撫で、閂に一滴。
今日を楽にする工房。
文字は軽い。
交わる速さを小さく割って担ぐ方法は、まだある。
明日は橋だ。
サーレンは上流で**「一方向最適」**を仕掛けているらしい。
でも、名は残った。
戻す口も外へ出した。
戻せる。
鈴を一打。
終わりの合図。
——回っている。
第22話ハイライト
回廊の要所で**《分岐の三行》と《三旗の標(白=確/若草=半/琥珀=仮)》**を導入
サーレンが**《合流予報輪(予約路)》で“仮の固定”を強行 → 外付“戻す口”+三旗歌+楔十五度で止まれる速さ**へ矯正
公開三分比較:予報固定は停止・再開とも遅く怒号増/三旗+戻す路は停止・再開が短く怒号ゼロ
裏口アップグレード券は名の灯り+免除枠で無効化(静かなざまぁ)
R1-分岐付録 RJ1確定:名/三旗/戻す路/楔十五度/逆刻み界面を必須化
ユーン「岐路には三拍(止め/溜め/決め)」、ディオム「式は半→琥珀→白、詩は三旗の歌」
次章は橋の“一方向最適”との対決へ
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