2章 隠しダンジョンと魔群大陸 10
ああ、確かに俺は惨めだ。
けどそれ以上にやっぱりこのアルベルトとか言うおっさんは惨めだと思う。
そう思わないと俺が精神を保っていられない。
自分よりも下を見て安心感を得る。それこそが一番の心の安定なのだから。
「な、なんだ……何がおかしい。貴様らの命はそう長くはないと言っているのだぞ……!」
「フン、くだらん。逸脱者の子孫だろうが何だろうが、このオレには勝てんのだ。どこに恐怖する必要がある」
「は、はは……そうか、それなら好きに言っておくがいい。口では何とでも言えるし、いくらでも虚勢をはれるのだからな。この私ですら敵わないあの化け物どもに、貴様らが蹂躙されるのを楽しみにしておくとしよう……!!」
あ、逃げた。
めちゃくちゃ捨て台詞吐いて逃げたよあの人。
「おい貴様ら、竜をよこせ! 誰よりも私が逃げるのを優先し……ろ?」
「ふむ。残念だが、貴様の仲間はオレたちが全て無力化してしまったようだぞ。さあ、どうする?」
「ば、馬鹿な……!?」
わぁお。
俺がアルベルトと戦っている間に、いつの間にやら騎士隊が壊滅していた。
確かアイリはニーニャの仲間の人たちを治療していたはずだから、戦闘を行っていたのは三人か。
Aランクハンター二人と
うん、過剰戦力だね!
と言うか、そこら中ヤバめなクレーターだらけでこの世の終わりみたいになっているんだが。
多分やったのエリだよなぁこれ。いやー恐ろしい。
……え、俺こんなんに目を付けられてたの?
死ぬて。
「あらあら、そちらも終わったんですね~」
ユイの声が聞こえてくる。
よかった。見たところ怪我もなさそうだ。
けど……なんだあの状況。
「きっ、貴様……一体、何をして……」
「うふふっ。なんだと思います~?」
アルベルトが逃げた先でユイが騎士の一人の頭を撫でている。
マジでどういう状況?
……うん?
あ、いや違う。
何か頭に刺さっているような……針?
――グチュ、チュズヌン
「ゥァ……イ、ィツダツシャ、シソン……ロクニ……ン」
うわ言のように何か呟いているのが聞こえる。
あの……ユイさん?
何をしていらっしゃるので?
「はーい、よくできました~♥」
「ゥ゛ゥ……ァ゛」
「おい貴様! 軽率に我が国の情報を漏らすんじゃない! おい、聞いているのか……!?」
「無駄ですよ~。今はもう、私の声しか聞こえませんからね。もっとも、それももう終わりのようですけど」
「ァ゛……ぁ……」
今の今までビクビクと動いていたはずの騎士が急にピタリと止まった。
声ももう聞こえない。
え?
死んだ?
待って、そこまでするとは思わなかったんだけど。
怖い。ユイさん怖い。
「貴様……今、なにを……」
「心配なさらずとも、変なことはしていませんよ? 必要な情報はあらかたいただきましたので、安らかに眠ってもらっただけです」
「情報……だと? まさか拷問をして聞き出したと言うのか? しかし誇り高き我が騎士隊はそう簡単に口を割ったりはしないはずだ。一体どれほど酷い拷問を……」
「あらあら拷問だなんてそんな。彼とは『お話』をしていただいただけですのに」
ユイさん……それ、「お話」と言う名の拷問では?
その騎士、完全に針で脳の中身弄られてるように見えたけど?
いやでもなんか……あの騎士の人、凄い安らかな顔をしているようにも思える。
新しいパンツをはいたばかりの正月元旦の朝どころじゃない清々しさを感じる。
それこそ、この世の苦しみ全てから解放されたみたいな。
いや苦しみどころか命も何もかも解放されちゃってるのよ。
「ま、まあよい……いくら情報を手に入れたとて、貴様らではあの化け物共には決して勝てん。だから、そこに倒れている者ならくれてやる。その頭の中にある情報もな。だからな! いいか、私を追って来ても貴様らが困るだけだぞ! 絶対に、絶対に追って来るんじゃないぞ……!!」
そう叫ぶとアルベルトはそそくさと逃げて行った。
あっという間に遥か彼方だ。
なんだアイツ、めちゃくちゃ足速いじゃん。
さっきまでの俺との戦いはなんだったんだ。
「ほう、逃げ足だけは中々の速さではないか。さては剣にさえこだわらなければ相当な強化魔法を使えるな? であれば惜しい。その才を活かせば更なる高みを目指せたろうに。騎士などに執着しおった結果がこれだ。……だから騎士というものは好きになれんのだ」
あ、そう言えばメリアちゃんって騎士が嫌いだったっけ。
厳密にはゴルドラン家がある帝国に仕えている騎士のことなんだけど、メリアちゃんはどこの騎士も同じようなものだと思ってたな。
なんせ黄金英雄記における帝国の騎士は地位と名誉と金に飢えた亡者だ。
よくある「主に忠誠を誓う気高い騎士」みたいなのがゲーム中には存在しないから、メリアちゃんにとって騎士は下手すりゃ冒険者や傭兵なんかよりも下の扱いになんだろう。
金が目的だと公言しているうえにそれが傍から見ても分かり切っている分、冒険者とか傭兵の方がむしろメリアちゃんポイントは高いというね。
「メリアさん。あの方、逃がしてしまってもよかったのですか? 重要な情報を持っていそうでしたが」
「構わん、所詮は低俗な騎士よ。王国最強だとか言ってうぬぼれているだけの犬に興味はないわ」
「あらあら、結構な物言いですね」
「フンッ、これでも優しい方だとは思うがな。まあよい、それよりも……だ。其方も中々恐ろしいことをしていたようだが、成果はあったのか?」
「はい、それはもう。皆さん素直にお話ししてくださったので助かりました~」
素直に……か。
いや、絶対違うよね?
なんかもうこの世の物とは思えない恐ろしい何かで無理やり話させてたよね?
――とは言え、彼女が騎士たちから色々と聞き出してくれたおかげで重要な情報を得られたのもまた事実だった。
まず、現在の王国について。
ニーニャの言っていたように、今現在王国は隣国に戦争を仕掛けまくっている状況らしい。
どうしてそうなったのかについては騎士隊ですら知らないようだ。
或いは騎士隊長と思われるアルベルトであれば何か知っていたのかもしれない。
逃げられてしまった今となっては後の祭りではあるけど。
まあ、結局ここが分からないんじゃ国王が急な方向転換をした理由もわからないからな。
現在の王国について情報の裏が取れただけでも充分だし、詳しいことに関してはひとまず保留だ。
一応、聖域の守護者が国家反逆罪で指名手配犯になっていることについても聞いてみたらしいが、特にこれと言って新しい情報も得られなかったのだとか。
単純に彼らが「逸脱者とその子孫を戦争に使うことに反対した」から罰したと。
ただそれだけのようだ。
まあそれはいい。
ここまではなんとなく、そうなるだろうなとは思っていたことだし。
むしろ重要なのはここからだ。
王国が現在抱えている逸脱者の子孫……その人数と能力の方が今の俺たちにとっては重要な情報だった。
なにせ近い内に戦うことになりそうだからな。
メリアちゃん+Aランクハンター&その他の俺たちが負けることはないんだろうが、相手を知っているに越したことはない。
まず、彼らの人数だが……これは思ったよりも多くないようだ。
その数たったの六人。
いや、流石に少なくね?
と思ったが、これには明確な理由があった。
そもそも逸脱者が残した子孫の内、逸脱者としての能力が覚醒した者自体がほとんどいないらしい。
あれだ。いわゆる「優性遺伝」と「劣性遺伝」と言うやつだろう。
ああいや、今は顕性と潜性なんだっけ?
これ一発変換できないから面倒くさいんだけど。まあそれはいいとして。
そう言うわけだから、逸脱者の特徴である「強力かつ類まれな能力」を持っていない彼らを王国は対して優遇したりしなかったようだ。
それどころか逸脱者の子孫として扱いすらしなかったらしい。
結果として、現在王国が定めている逸脱者の子孫はたったの六人しかいないと言うことになってしまっているのだと。
とまあ、彼らの人数とその少なさの理由が分かったところで、お次に大事なのは彼らの持つ適正と能力だろう。
ユイやエリみたいなAランクハンターの多くはユニークスキルとか言う特殊能力を持っているらしいし、実際に彼らもそう言った力を持っているようだ。
以下、具体的な内訳ね。
召喚系の「増殖」持ち、バルザック。
魔法系の「増魔」持ち、リリア。
戦士系の「防壁」持ち、ドルフ。
同じく戦士系の「雷撃」持ち、カイン。
治療系の「拡大」持ち、ルミナス。
そして名前以外不明のエニス。
……正直に言っていいかな。
スキル名を聞いただけだと、なんとなく想像はできそうでできないくらいにしか分からないよこれ。
しかも騎士隊ですらその状態らしいからね?
詳しい内容とか、騎士隊長どころか王国のお偉いさんですら理解していないらしい。
当然そんな状態じゃあユイが騎士隊から色々聞き出したところで追加情報なんか出てくるはずもない。
これじゃあ「彼らがそういう物を持っている」と言う圧倒的情報アドバンテージを手に入れただけだ。
はい、そうです。強いです。
それめちゃくちゃ強いです。
こう言うの、あらかじめ知っているだけで全然違うんだよね。
それこそ戦いというものは、情報を制した方が勝つんだよ。
なので、今の俺たちはかなり有利と言える。
風……なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、俺たちのほうに。
だから俺たちは決めた。
国王のいる王都へと直接乗り込んで、逸脱者の子孫をぶっ倒して、諸悪の根源と黒幕を確かめてやろうってね!
どうせ今逃げたって、ニーニャたちは今後も逃げ続けることになるんだ。
ならいっそのことこっちから全力でカチコミってな寸法よ。
待ってろ、ニーニャ。
俺たちが君の笑顔を取り戻すから!
君がこれからもずっと天真爛漫な可愛い笑顔でいられるようにしてあげるから!!
期待して待っててくれ!!
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