吸血鬼になった彼女

 ある日、友達が吸血鬼になった。

 

「うわーん学校行けないよーっ!」

 

 どうも、吸血鬼の生活は不便らしい。

 昼間は外に出歩けないし、水の中を泳ぐこともできない。それに何より、鏡に映らないから身だしなみのチェックができないのだとか。

 そんなわけなので、私は様子を見てみることにした。

 

「でも不便なことばかりじゃないよ? 暗いとこはよく見えるし、忙しい時は血を飲むだけで済むし。別に他の食事もできないわけじゃないから」

 

「血を飲むって言ったって、どうやって?」

 

「親が医療関係に勤めててさ、そこから輸血パックを何個か貰ってるの」

 

 なんて軽い口で答えた。

 なんというか、もっと深刻な状況を予期していたものだからあまりにも拍子抜けで、笑いそうになる。

 見た目もいつもと変わらない普通の少女の姿で、血に飢えて凶暴になるということもない。

 

「ねぇねぇ、せっかく来てくれたんだしさ、一緒に遊ぼうよ!」

 

 そんなことを言って彼女は私の手を握った。

 力が強くて、私には振り解けそうにない。

 そんな彼女のなすがままに、私は夜の街を彼女と出歩いた。

 

「いやー、眩しい眩しい! 灯りがいっぱいで目がチカチカするよー!」

 

 彼女の部屋は灯り一つなかったので、夜の街は一層と輝いて見えた。中学校から高校の今までで、彼女とは日頃よく遊んでいたが、今日はいつもとは違う気分がする。

 

「それで、どこ行くつもりなの?」

 

「ふふふ……それはね、学校でーすっ」

 

 その言葉に私はキョトンと首を傾げた。

 

「どうして、学校に?」

 

「だって、行けないから」

 

 ちょっとした失念。見た目の変化がないだけに、そういった彼女の事情すらも忘れてしまっていまいそうになるのだ。

 

「でもこの道、通学路と違くない?」

 

「ん、行くのは高校じゃなくて、中学の方」

 

「そりゃまたなんで」

 

「なんとなく、面白そうだから」

 

 彼女は時々こういう発言をする。気まぐれで、めんどくさいところもあるけど一緒にいて楽しい存在だ。そんな彼女と行く夜の学校は、きっと楽しいだろう。

 

「そういうことなら、いいんじゃない」

 

 

 そうして私たちは柵を乗り越えて夜の学校に侵入した。

 

「真っ暗で、何も見えないや」

 

「そお? 私はめっちゃ見やすい!」

 

「それは君が吸血鬼だからでしょ」

 

「そうだけど、そうじゃないんだってば!」

 

 彼女の手が私の肩を掴んで引っ張った。

 力が強い勢いで私たちの背は地面に叩きつけられる。

 

「ね? ほらこの夜空。こういうところじゃなきゃちゃんと見えないでしょ」

 

 夜空に煌めく星々——あれはオリオン座だ。他にも様々な星があんな遠くから光を降り注いでいた。

 頸で押し潰していた彼女の腕が脈動して、くすぐったい。

 

「これが見せたくてここに来たの?」

 

「そ。吸血鬼になると退屈でさー? こんなことしかやることなくなっちゃった」

 

「その割には、吸血鬼らしいとこ、見せてくれたことないけど」

 

 私のイジワルな物言いに、彼女もイジワルそうな笑みを浮かべて返した。

 

「そんなにいうなら、吸ってあげてもいいんだよ?」

 

 彼女は肩にかけた腕を軸にして、私に抱きつく。彼女で視界が覆われ、その鋭い瞳が私の首元を刺した。

 

「ほら、抵抗できないでしょ? じゃあ、いただくね…………」

 

 首筋に歯が食い込む。ものすごい圧力で皮膚が押し潰され、痛みが脳を揺さぶった。

 お互いの心臓の鼓動が鮮明に聞こえ、鼻腔は彼女の匂いで満たされる。

 五感の全てが彼女に奪われた。私は抵抗しない。己の全てを彼女に捧げ、一切を委ねよう————。

 

「なんてね。冗談だよ」

 

 ストン、と力を抜いて彼女は穏やかな笑みを向けながら立ち上がった。

 

「さあ、そろそろ帰ろう。面白いものも見れたし。————ああそうだ、最後に一緒に写真を撮ろうよ。次いつ会えるかわからないからさ」

 

 校舎を背にして、彼女はスマホを翳した。

 

「じゃ、撮るよー。はい、チーズ」

 

 二人で自撮りのツーショット。自撮り用のライトのおかげで、真っ暗な夜中でも綺麗に私たちを映してくれる。

 

「んー。割と盛れたんじゃない?」

 

 写真の中央には吸血鬼となった彼女がいて、その隣で私が指をピースさせて微笑んでいた。

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