第2話 こだわり

「う~ん」

 大事なこと……。


―――


 大事なこと、大事なこと。


―――


 だいじな……


 ん? 今誰かに――。


「丸山ぁ、授業に集中しろ~」

「あ、すみません」


 やらかした~。

 さっきの視線は、先生だったのか?


―――


 昼休みの屋上


「う~ん」

 空を見上げると、俺の心と同じように雲がかかっている。


「そんなに遠くを見て、何か悩みでもあるの?」

「え?」

 声のするほうを向く。

 遠藤さん……の近くにいた――「岩田 月渚いわた るなさん、だよね」

「うろ覚えなのは、よくないと思うけど……」

「すみません」


「それでどうしたの?」


 俺はこの間遠藤さんに言われたことを話した。


「大事なこと、ね」

「岩田さんはあるの?」

 彼女は先ほどまで俺が見ていた空を見上げた。


「前を向くこと、かな」

 まえをむくこと……。

「凄いね。たくましいというか、カッコいいというか」

「ありがと」

「それに、俺にはできないなって」


 岩田さんは視線を俺のほうに少し向けた。

「そんなすごいことじゃないよ。ただ私は、そうしないと気持ち悪いから」

「気持ち悪い?」

 前を向いてないと気持ち悪い? それってどういう――

「全然わかんないって顔してるね」

 彼女は可笑しそうに笑った。

 こっちは真面目に悩んでるのに。


「そうしてないと、私が私じゃないみたいに感じるんだよね」

「……やっぱり分からない」

 岩田さん、すごいな。この人がネガティブになることなんてあるんだろうか。


「なんというか、説明へたでごめん」

「いやいや、俺が理解できないのが問題だから」

 ほんと、俺が――


「でもさ。きっと丸山くんにもあるよ。そういうこだわりみたいなもの」

「そうなのかな」

「うん。誰にでもあると思う」

「なんでそう、言えるの?」

 岩田さんはまた空を見た。


「だって――すべてを適当になんてできないと思うから」

 そう、なのか? 自分の今までを思うと。

「……俺、大体適当な気がするんだけど」

「ほんと?」

 俺が首を縦に振ると彼女は続けた。


「じゃあ――」


 岩田さんはいろんな例を出して説明し始めた。


 寝るときの姿勢。

 風呂派かシャワー派か。

 ご飯を好きなものから食べるか、嫌いなものから食べるか。


 などなど


 それから「本当に全部適当にだった?」と尋ねた。


 違う。


 俺は寝るときは左右どちらかに、横にならないと気持ち悪い。

 俺は絶対に風呂に入らないと気持ち悪い。

 俺はご飯を嫌いなものから食べないと気持ち悪い。


「違う」

 岩田さんは微笑んだ。


「じゃあ少なくとも、それが丸山くんのこだわりだね」


 岩田さんは、そう言い残して俺の前を立ち去った。


 空を見上げると、雲の隙間から、少しだけ太陽の光が差し込んでいた。

 そこに確かにあると、主張するように。





 


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