第四十四話「灰の影、王都の裏布」
1 王都の夜
織議が終わったその夜、王都は異様に静かだった。
昼の間、議席に響いたざわめきや論争の熱はもうなく、石畳を歩く足音さえ吸い込まれるように消えていく。
「……空気が重い」
アリアが囁いた。呼吸をしても、昼間のように返りが胸に戻らない。
俺は砂時計を返した。粒は落ちる。だが、胸骨に響く厚みが薄い。
「灰の王の言葉……王都の内にまだ残っている」
2 裏布の気配
城下町の裏通り。
そこには布職人たちの小屋が並んでいた。夜でも織機の音が続いているはずだった。
だが、その夜は音がなかった。
近づくと、織機の枠に灰色の布が掛けられている。
「……これ……」
ミラが指先で触れた。
糸は王都の白布のはずなのに、触れれば沈黙を吸う。
「裏布だ」工匠が低く言った。「表で捨てた拍が、裏に絡んで織られてる」
3 沈黙する職人たち
小屋の奥に人影があった。
数人の職人が座っている。目は開いているのに焦点はなく、口は動かない。
彼らの足元には、灰布の切れ端が山のように積まれていた。
「……拍を奪われてる」
フロエが柄板を鳴らした。だが響きは返らなかった。
封糸の女が札をかざすと、布切れの山がわずかに震えた。
「沈黙の織りに縛られている。表で捨てられた拍が、裏で人を縫い止めている……」
4 座を忘れた議席
翌朝の織議は、さらに荒れていた。
「外の稽古を取り入れれば、王都の秩序が乱れる!」
「いや、すでに乱れている! 裏布を見ろ!」
議席は座ることを忘れ、立ち上がって互いに指を突きつけた。
セレスティアが前に出た。
「昨日、座れたはずだ。だが今日は立っている。
——名を刃にするのは、座を忘れた時だ」
だがその声は、一部の耳にしか届かなかった。
灰の影は、議席そのものに潜り込んでいた。
5 灰の影の告白
その時、議場の隅で一人の若い議員が立ち上がった。
外套の内から灰布を取り出し、広げて見せる。
「これは王都が生み出したものだ。捨てられた拍を織り合わせた裏布だ。
私たちはずっと知っていた。だが、秩序を守るために黙っていた」
議場がざわめく。
「つまり、お前たちが灰の縫い手を……?」
「そうだ。外の敵ではない。我らの影だ」
その告白は、拍を奪うより深い沈黙を場に落とした。
6 縫い返しの試み
俺は壇上に押し跡の板を置いた。
「ならば、裏布にこそ縫い目を置く。昨日の誓いは無駄にしない」
浮き受け、三点、泡返り、沈み癖の抜き、雨の半拍。
五つの記号を刻み、議席の中央へ差し出した。
座るか、立つか。秤はここにある。
数人の議員が膝を折った。だが、半数は立ち続けた。
「名は争いの芽だ!」
「座は弱さだ!」
灰布を掲げる者たちの声が、議場を裂いた。
7 裏布の蜂起
その夜。
王都の裏通りで、灰布をまとった職人たちが一斉に立ち上がった。
目は虚ろで、声はない。
だが足並みは揃い、沈黙の波をまとって進んだ。
「裏布の蜂起……!」
フロエが息を呑む。
セレスティアは剣に手をかけた。
「座を忘れた王都の影が、形を持った」
8 やり足りない決意
俺は砂時計を返した。
粒は落ちる。返りは薄い。
だが、まだ消えてはいない。
「やり足りないで終える。縫い返すまで歩く」
その言葉に仲間たちが頷いた。
灰の影を正すには、王都の裏布を座らせるしかない。
——第四十五話「裏布蜂起、座のための戦」へ続く。
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