第12話

ナナさんの強化は、シルフィードの武装追加とは全く異なる繊細で複雑な作業でした。

ヘスティアが用意してくれた、特別なカスタマイズ・ドックです。

そこはまるで手術室のように、清らかな空気に満たされています。

壁も床も、全てが白い金属で覆われていました。


「それじゃあ、始めましょうかナナさん」


ドックの中央に立つナナさんに向かって、私は微笑みかけました。

ナナさんは、静かにうなずき返します。


『よろしくお願いします、マスター』


私はまず、図書館で手に入れた設計図の本を取り出しました。

そしてデストロイヤーやファントム、ブレイカーの設計図を頭の中に叩き込みます。

一つ一つの部品の役割や、エネルギーの流れ、システムの連携。

それら全てを、完全に理解する必要がありました。

膨大な情報が、私の頭の中を駆け巡ります。


次にヘスティアに指示を出し、強化に必要な素材を準備してもらいます。

ドックの床が、音もなくスライドしました。

そこから液体金属や、光ファイバーの束などがリフトに乗って上がってきます。

どれも、最高品質の素材ばかりです。

液体金属は、銀色の輝きを放っていました。


「よし」


私は、深呼吸を一つして意識を集中させました。

そしてナナさんに向かって、ゆっくりと両手をかざします。


「『上位修復』!」


私の手から放たれた緑色の光が、ナナさんの巨体を優しく包み込みました。

しかし今回は、何かを修復するのではありません。

創造と融合、私のスキルの新たな可能性への挑戦です。


まずは、ナナさんの装甲を一度分解する必要がありました。

私の魔力に反応します。

ナナさんのオリハルコン製の装甲が、パズルのピースのように一枚一枚丁寧に取り外されていきました。

そして空中に静止した状態で、ふわりと浮かびます。

まるで、時間が止まったかのようでした。


次に、準備された液体金属を私の魔力で操作します。

それはまるで粘土のように、私の意のままに形を変えていきました。

私はブレイカー・モードの設計図を元に、より頑丈で柔軟な新しい装甲を形作ります。

そしてそれを取り外したナナさんの装甲と、分子レベルで融合させていくのです。


ギギギ、と金属が軋むような音が響きます。

でもそれは、破壊の音ではありません。

新たな誕生のための、産声のようなものでした。

二つの金属が触れ合うと、まばゆい光を放ちました。


『すごい、既存の装甲に新たな金属を完璧に融合させている。これほどの精密作業は、この工場の機械でも不可能です』


ドックの外で見守っていたヘスティアが、感心の声を漏らしました。

作業は、順調に進んでいきます。

新しい装甲を、ナナさんのフレームに再び取り付けていきました。

その姿は以前よりも、さらに洗練された力強いものへと変わっていきます。

関節部分には、可動域を広げるための工夫も加えました。


次は、内部システムの強化です。

ファントム・モードの技術を応用します。

ナナさんの機体を、周囲の景色に溶け込ませる光学迷彩の機能を組み込みました。

さらにデストロイヤー・モードの設計図を参考に、背中に翼と高出力のエネルギー砲を増設します。

翼は普段は小さく折り畳まれていますが、展開すればシルフィードにも劣らない速度で空を飛べるはずです。

エネルギー効率を上げるため、内部の配線も全て見直しました。


一つ一つの作業が、私の魔力を大量に消費していきます。

額からは汗が流れ落ち、息も少しずつ上がってきました。

でも、私は手を止めません。

目の前で生まれ変わっていく相棒の姿を見ると、不思議と力が湧いてくるのです。


その頃、王都ではアレス様たちが国王の前に呼び出されていました。

そして、厳しい言葉をかけられていました。


「勇者アレスよ、魔王軍が国境に迫っているのにそなたたちは何をしていたのだ」


玉座に座る国王の、怒りに満ちた声が広間に響き渡ります。

アレス様は、なすすべもなく頭を垂れることしかできませんでした。


「申し訳ございません、我が聖剣が先の戦いで破損し修復不能な状態に」


「言い訳は聞きたくない、聖剣を直せぬのなら代わりの武器を用意するのがそなたの役目であろう。このままでは、国民からの信頼を失うぞ」


「……」


「もはや、時間はない。一週間だ、一週間以内に出撃の準備を整えよ。それができぬのなら、勇者の称号を奪い追放処分とする」


国王の最後の言葉に、パーティーの誰もが顔を青くしました。

勇者の称号を奪われ、追放されること。

それは彼らにとって、死刑宣告にも等しいものでした。


広間から下がった後、パーティーの雰囲気は絶望そのものでした。

重い沈黙が、彼らの間に流れます。


「どうするのよアレス、あと一週間なんて無理に決まってるじゃない」


リナリアさんが、アレス様に泣きつきます。

アレス様も、ただ唇を噛みしめるだけでした。

そんな時、神官のカインが決心したように口を開きます。


「一つだけ、可能性があるかもしれません」


「なんだと、カイン」


「例の、『奇跡の修理屋』の噂です。もしその人物を見つけ出せれば、聖剣を直せるかもしれません」


「だが、どこにいるのかも分からない相手だろう」


「はい、ですがもうそれに賭けるしかありません。私は明日から、全力でその人物の行方を捜します。皆さんも、どうか手伝ってください」


カインの必死の訴えに、他のメンバーもわずかな希望を見出したようにうなずきました。

彼らの、最後の希望。

それが、私自身であることに彼らはまだ気づいていません。


一方、ヘパイストスの鍛冶場ではナナさんの強化が最終段階を迎えていました。

全てのパーツの組み込みが終わり、私は最後の仕上げをします。

ナナさんの動力源であるエターナルコアに、私の魔力を直接注ぎ込みました。

コアの輝きが、一層強くそして優しくなります。


「終わった」


私は、その場に座り込みそうになるのをなんとかこらえました。

目の前には、全く新しい姿へ生まれ変わったナナさんが立っています。

以前の少しごつごつした印象は薄れ、まるで騎士のような気品すら感じさせる姿です。

背中に折り畳まれた翼が、静かにその時を待っていました。


『全システム、再起動します。自己診断プログラムを、開始。ボディバランスや、エネルギー効率、全てにおいて設計値を大幅に上回っています。これが、私の新しい体』


ナナさんが、ゆっくりと自分の手を開いたり閉じたりして感触を確かめていました。

そして、静かにこちらを振り返ります。


『ありがとうございます、マスター。この体は、とてもしっくりきます』


その合成音声には、初めてはっきりとした喜びの感情が乗っているように聞こえました。

私は、疲れも忘れて満面の笑みを浮かべます。


「よかった、本当によかったナナさん」


『早速、性能テストを行ってみましょう』


ヘスティアが、ドックの壁に仮想の敵を映し出しました。

Aランクモンスター、ロックリザードの立体映像です。


ナナさんの姿が、ふっと消えました。

光学迷彩です。

次の瞬間、ロックリザードの映像の背後に音もなく現れます。

その速さは、以前とは比べ物になりません。


背中の翼が一瞬で展開し、ナナさんの体は宙に浮き上がりました。

そして両腕が変形し、そこから無数の光弾がロックリザードへと撃ち込まれます。

映像は、一瞬で破壊されてしまいました。


「すごい」


『素晴らしい性能です、これならドラゴン級のモンスターとも互角以上に戦えるでしょう』


ヘスティアも、褒める言葉を惜しみません。

私たちの戦力は、大きく向上しました。

シルフィードの武装も、すでに完成し船体に取り付けられています。


私は、ヘスティアに大陸の地図を映し出してもらいました。

「侵食する虚無」という、本当の敵と戦うためにです。

私たちには、まだやるべきことがあります。

それは、超希少金属の確保でした。


「ヘスティアさん、オリハルコンなどが採掘できる場所に心当たりはありますか」


『はいマスター、データベースによれば一箇所だけ高純度の鉱脈が眠る遺跡が存在します』


ヘスティアが、地図上の一点を指し示しました。

そこは深い森の奥深く、誰も足を踏み入れたことのない「迷いの森」と呼ばれる場所の中心部です。


『ただしその遺跡は、古代の強力な防衛システムが今も動いている非常に危険な場所です。攻略は、困難を極めるかと思われます』


「大丈夫です、今の私たちならきっとできます」


私は、力強く答えました。

新しい力を手に入れたナナさんと、強力な武装を施されたシルフィード。

そして何よりも、私の『修復』スキルがあります。


「行きましょう、ナナさん。次の目的地は、決まりましたね」


『はい、マスター』

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