第11話
マグマの海に浮かぶ、巨大な洞窟がありました。
その奥に鎮座する古代の兵器工場は、まるで眠れる巨人のようです。
私とナナさんはシルフィードを、工場の入り口にある巨大なドックに着陸させます。
船のハッチが開くと、熱気を含んだ空気が流れ込んできました。
「ここが兵器の、生産工場」
船を降りた私は、目の前に広がる光景に言葉を失いました。
ドーム状の天井は遥か高く、どこまで続いているのか分かりません。
巨大なクレーンや無数のロボットアームが、蜘蛛の巣のように張り巡らされています。
それら全てが今は動きを止め、静かにその時を待っているようでした。
空気はほんのり、鉄が焼ける匂いや機械油の匂いがします。
足元には、何本ものレールが複雑に敷かれていました。
『全システムは、スリープモードで待機中です。動力源の地熱エネルギー供給も、最低限のレベルに抑えられています』
ナナさんが、周囲の状況を冷静に分析してくれます。
この巨大な工場を、どうやって動かせばいいのでしょうか。
私がきょろきょろと辺りを見渡していると、足元の一つのパネルが淡く点滅していることに気づきました。
それは、他とは違う青色の光を放っています。
「ナナさん、あれは」
『管理システムへの、アクセスパネルです。マスター、例のカードキーをどうぞ』
言われて私は、図書館で手に入れた白金のマスターキーを取り出しました。
パネルにはちょうど、カードを差し込むための細いスリットがあります。
私がカードを差し込むと、カチリと小さな音が静寂に響きました。
次の瞬間です。
工場の床を、青白い光のラインが一斉に走り始めました。
それはまるで、巨大な回路に命が吹き込まれていくようです。
停止していた機械たちが一つ、また一つと低い唸り声を上げて再起動していきます。
壁に設置された照明が次々と点灯し、今まで暗闇に沈んでいた工場の全貌が明らかになりました。
その規模は、想像をはるかに超えるものでした。
『生体認証と、魔力パターンの照合を開始します』
りんとした女性のような合成音声が、高い天井に反響します。
『認証コードを、リペアラーとして確認しました。古代文明マスターキーを、承認します。ようこそ管理者様、ヘパイストスの鍛冶場は本日よりあなたの指揮下に入ります』
その声と共に、私たちの目の前に一体の女性型アンドロイドが音もなく現れました。
銀色の長い髪を持ち、体の線が分かる機能的なスーツを着ています。
その顔立ちは、まるで精巧な人形のように整っていました。
青い瞳が、感情を感じさせない光を宿しています。
『私の名は、ヘスティアです。この工場の管理AIですから、以後お見知りおきください』
ヘスティAと名乗ったアンドロイドは、優雅におじぎをしました。
その動きには、一切の無駄がありません。
「わ、私が、管理者?」
『はい、あなた様はこの工場の全ての機能をお使いになれます。生産や開発、研究など何なりとお申し付けください』
図書館に続き、今度は巨大な兵器工場の主になってしまいました。
なんだか、話がどんどん大きくなっていきます。
『ヘスティア、現在の工場の稼働状況と貯蔵資源のリストを出しなさい』
ナナさんが、管理者である私に代わってヘスティアに指示しました。
その口調は、同僚に対するような事務的なものです。
『了解しました、ユニット734。現在、工場の主要システムは78パーセントが正常に稼働中です。残りの22パーセントは、長年のスリープによる機能低下が見られます』
ヘスティアが、空中にホログラムのスクリーンを映し出します。
そこには工場の立体的な見取り図と、各区画の状態が細かく表示されました。
赤く表示されている部分が、うまく動かない場所のようです。
動力部や、素材精錬施設に問題が集中しています。
『貯蔵資源ですが、鉄やミスリルといった基本金属は潤沢に存在します。しかしオリハルコンや、ヒヒイロカネなどの超希少金属は在庫がほとんどありません』
「それじゃあ、ナナさんたちの強化は」
『ご安心ください、管理者様。この工場には、物質合成プラントが併設されています。基本金属を原子レベルで分解し、再構成してあらゆる金属を作り出せます。ただしそれには、膨大なエネルギーと時間が必要となりますが』
ヘスティアの説明に、私は少しだけ安心しました。
時間がかかっても、必要なものが作れるなら問題ありません。
「分かりました、まずはこの工場の機能を100パーセントの状態に戻しましょう」
私は、機能不全を起こしている区画へと向かいました。
そこは工場の心臓部と言える、動力炉の制御室でした。
巨大な制御盤が、激しく火花を散らして黒い煙を上げています。
焦げ付くような、嫌な匂いが立ち込めていました。
「これは、ひどい状態ですね」
『経年劣化による、魔力伝導体の腐食が主な原因です。交換部品の在庫はありますが、修理には専門の技術者が必要になります』
ヘスティアが、申し訳なさそうに言いました。
しかし、私にはその必要はありません。
「大丈夫です、私が直しますから」
私は、煙を上げる制御盤の前に立って両手をかざしました。
そして、修復の力に意識を集中させます。
「『上位修復』!」
私の手から放たれた緑色の光が、巨大な制御盤を丸ごと包み込みます。
腐食していた配線が、新品同様の輝きを取り戻しました。
ショートしていた回路が、正常な状態に直っていきます。
壊れていた部品が、まるで意思を持つように自ら正しい位置へと収まっていきました。
制御盤から発せられていた異音も、次第に収まります。
ほんの数分後のことです。
あれだけひどい状態だった制御盤は、完全にその機能を取り戻していました。
それどころか私の魔力で強化され、以前より遥かに高い性能になっています。
『信じられません、これはもはや修理ではなく創造の領域です。記録されたどの修復技術とも、一致しません』
ヘスティアが、驚きに目を見開いていました。
管理AIである彼女の感情が、はっきりと表情に現れています。
『管理者様、いえマスター。あなた様こそ、我々が待ち望んでいた真の主です』
ヘスティアは、その場に深くひざまずきました。
私に忠誠を誓うように、頭を下げます。
こうして私は、ヘパイストスの鍛冶場の機能を完全に手に入れたのです。
工場の機能が全て回復したところで、私たちはさっそく強化プランを練ることにしました。
ヘスティアが巨大なドックに、シルフィードとナナさんの設計図をホログラムで映します。
『まずは、シルフィードからですね。図書館のデータによれば、この船にはいくつかの追加武装の搭載が可能です』
スクリーンに、様々なオプションパーツが表示されました。
自動追尾機能付きのレーザー砲や、広範囲を攻撃するプラズマ爆弾があります。
さらには、空間を歪めて敵の攻撃を無効化する次元シールドまでありました。
どれも、とんでもない性能です。
「すごい、これ全部付けられるんですか」
『理論上は可能です、ですがそれには先ほど申し上げた超希少金属が必要になります。現在の在庫では、レーザー砲を二門追加するのが限界でしょう』
「そうですか、じゃあまずはそのレーザー砲をお願いします」
『かしこまりました、すぐに生産ラインを稼働させます』
ヘスティアが指示を出すと、工場のあちこちでロボットアームが動き始めました。
貯蔵庫から運ばれた金属が、溶鉱炉で真っ赤に溶かされます。
あっという間に、レーザー砲の部品へと加工されていきました。
その光景は、見ていて飽きませんでした。
『次に、ナナさんの強化プランですが』
ヘスティアが、ナナさんの設計図を拡大しました。
『ナナさんには、いくつかの換装ユニットの設計図があります。遠距離からの砲撃に特化した、デストロイヤー・モード。隠密行動と奇襲を得意とする、ファントム・モード。そして近接格闘能力を高めた、ブレイカー・モードです』
どれも、強力そうなものばかりです。
私がどのモードが良いか悩んでいると、ナナさん自身が口を開きました。
『マスター、私自身の意見を述べさせていただいてもよろしいでしょうか』
「もちろんですよ、ナナさん」
『ありがとうございます、私は特定の状況に特化した形態より、あらゆる戦況に柔軟に対応できる強化を望みます』
ナナさんの、初めて聞く明確な自己主張でした。
私は、なんだか嬉しくなってしまいます。
「分かりました、じゃあ一つのモードに換装するのではなくて、それぞれの良いところを今のナナさんの体に追加するのはどうでしょうか」
私の提案に、ヘスティアは少しだけ難しい顔をしました。
『それは前例のない、非常に高度なカスタマイズです。各システムの干渉や、ボディバランスの再計算など問題が山積みです。しかしマスターのスキルがあれば、あるいは』
「やります、私がナナさんを世界で一番すごいゴーレムにしてみせます」
私は、力強く宣言しました。
ナナさんの赤い目が、嬉しそうにほんの少しだけ輝いたように見えました。
こうして私とナナさん、そしてヘスティアによる壮大なプロジェクトが始まったのです。
工場の奥深く、特別に用意されたドックにナナさんが静かに入っていきました。
これから、彼の新しい体が生み出されようとしています。
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