『修復』スキルはゴミだと追放された私、古代兵器(ゴーレム)の心臓を直してしまいました~私を捨てた勇者パーティーが助けを求めてきましたが、もう手遅れです。最強の相棒と遺跡巡りしているので~

☆ほしい

第1話

「シエラ、お前はもう用済みだ」

パーティーのリーダーである勇者アレス様の言葉は、とても冷たく私の胸に刺さりました。

ここはダンジョン攻略を終えて立ち寄った、薄暗い酒場の一角です。

周りの冒険者たちの騒がしい声が、やけに遠くに聞こえるようでした。

「用済み、ですか。私、何か失礼をいたしましたでしょうか」

なんとか絞り出した私の声は、情けなく震えていました。

私の問いに、アレス様はいらだたしげにため息をつきます。

「まだ分からないのか、お前のスキル『修復』はもうこのパーティーに必要ないんだよ」

アレス様の隣に座る魔術師のリナリアさんが、扇で口元を隠しながらくすくすと笑いました。

「そういうことですわ、シエラさん。あなたのスキルは、壊れた剣や鎧を直すだけですもの」

その地味な能力は、戦闘の役には立ちませんわ。

「ですが皆さんの装備を最高の状態に保つため、私は毎日努力してきました」

「うるさい、言い訳をするな」

アレス様がテーブルを強く叩きつけ、大きな音が酒場に響きました。

周りの冒険者たちが、何事かとこちらに視線を向けます。

「新しく仲間に加わったパラディンのゲオルグは、強力な攻撃と防御のスキルを兼ね備えている」

彼がいれば装備が多少傷んだところで、ダンジョンの攻略には何の問題もない。

そうだろう、とアレス様はゲオルグに同意を求めました。

「はい、アレス様の言う通りです。私の聖なる力があれば、雑魚モンスターなどすぐに倒せますからな」

パーティーの隅で黙って酒を飲んでいた、ゲオルグと名乗る大柄な男が自慢げに胸を張りました。

彼は最近パーティーに加わったばかりですが、その実力は確かです。

アレス様からの信頼も、とても厚いようでした。

「そういうわけだ、エンチャンターは二人もいらない」

いや、お前のような役立たずはそもそも必要ない。

アレス様は、そう言ってから革袋をテーブルの上に投げ捨てました。

中には、金貨が数枚だけ入っています。

「これまでの報酬だ、これでとっとと消えろ」

今まで私がパーティーに貢献してきた対価としては、あまりにも少ない金額でした。

でも、私にはもう何も言うことができません。

悔しくて、唇を強く噛みしめました。

パーティーの後方で神官のカインさんだけが、申し訳なさそうな顔で私を見ています。

彼はいつも私のことを気にかけてくれましたが、アレス様の決定に逆らうことはできないのです。

私はそんなカインさんに小さく微笑みかけると、静かに席を立ちました。

「今まで、お世話になりました」

深々と頭を下げて、私は一人で酒場を後にします。

背後で、リナリアさんの甲高い笑い声が聞こえた気がしました。

外に出ると、冷たい夜風が火照った頬を撫でていきます。

私は孤児でした。

幼い頃に両親を亡くした私は、スラムでゴミを漁って生きていたのです。

そんな私を拾ってくれたのが、アレス様でした。

彼の役に立ちたい、その一心で私は必死に『修復』の腕を磨いたのです。

どんなに傷ついた武器も、どんなに壊れた防具も徹夜で完璧に直しました。

それが私の存在価値だと、心の底から信じていたからです。

でも、それももう終わりになりました。

私は、あまりにもあっさりと捨てられてしまいました。

涙がこぼれそうになりましたが、ぐっとこらえます。

ここで泣いても、何も始まりはしないのです。

行くあてなど、どこにもありませんでした。

ギルドの宿に泊まるお金も、すぐに底をついてしまうでしょう。

私はただ、当てもなく夜の街を歩き続けました。

大通りは、まだ人々の活気で満ちています。

楽しそうな笑い声が聞こえてくるたびに、私の心は重くなりました。

私は、人々の輪から弾き出された存在なのです。

賑やかな場所から逃げるように、私は裏路地へと入りました。

街の明かりが届かない場所まで来た時、私はふと足を止めます。

目の前には、古びた石碑が一つ立っていました。

そこには、かすれた文字でこう書かれています。

『この先、忘れられた遺跡。古の災いが眠る場所、決して立ち入るべからず』

忘れられた遺跡、という言葉に私は惹かれました。

誰も近づかない、とても危険な場所だと聞いています。

強力なモンスターが巣食っていて、複雑な罠がいくつも仕掛けられているとか。

でも今の私には、その場所がなぜか安らげる地のように思えました。

もう、誰にも会いたくないのです。

誰にも、用済みだなんて言われたくないのです。

私は、そこで一人になりたいと思いました。

何かに導かれるように、私は遺跡へと続く道に足を踏み入れました。

遺跡の中は、ひんやりとした空気に満ちていました。

壁には、見たこともない紋様が描かれています。

天井からは、太いツタが何本も垂れ下がっていました。

何千年も前に栄えた、古代文明の跡なのです。

ここなら、私のことを知る人は誰もいません。

私はゆっくりと、遺跡の奥へと進んでいきました。

時折、床に転がっている錆びた剣や壊れた兜が目に入ります。

昔の私なら、すぐに駆け寄って修復してあげたでしょう。

でも今の私には、そんな気力もありませんでした。

どれくらい歩いたでしょうか、私は遺跡の中で最も広い巨大な空間にたどり着きました。

ドーム状の天井には大きな穴が開いていて、そこから月明かりが差し込んでいます。

その光に照らされて、一体の巨大な石像が置かれていました。

いや、あれは石像ではありません。

ゴーレムです。

全身が未知の金属でできており、その表面には複雑な回路のようなものが刻まれています。

大きさは、五メートル以上はあるでしょうか。

しかし、その体はひどく壊れていました。

左腕は肩から先がなくなり、胸の装甲は大きくへこんでいます。

その姿は、まるで戦いに敗れて力尽きた巨人のようでした。

私は、なぜかそのゴーレムから目が離せなくなります。

かつては、きっとものすごい力を持っていたのでしょう。

それが今では誰にも知られず、こんな場所で壊れかけている。

その姿が、なんだか今の自分と重なって見えました。

「あなたも、独りぼっちなのね」

私は、無意識のうちにゴーレムに近づいていました。

そして、その冷たい金属の足にそっと手を触れます。

痛々しい傷跡を、指で優しくなぞりました。

直してあげたい、と私は強く思いました。

もう誰かのためじゃない、ただ目の前で壊れているこの存在を元に戻してあげたい。

「『修復』」

私は、静かにスキルを発動しました。

私の手のひらから、淡い緑色の光が放たれます。

それは、いつもと同じ地味で小さな光でした。

光がゴーレムの傷に触れた、まさにその瞬間です。

ゴゴゴゴゴ、と遺跡全体が地響きのように揺れ動きました。

私の手から放たれた光は、今まで見たこともないほど強く輝き始めます。

そして、まるで生き物のようにゴーレムの体全体を包み込んでいきました。

「え、何が起こっているの」

私の魔力が、体の中からごっそりと吸い上げられていくのが分かります。

あまりの魔力消費に、立っているのがやっとでした。

光が、ゴーレMの胸のへこんだ部分に集まっていきます。

そこには心臓のように埋め込まれた、大きな魔石がありました。

しかし、その魔石はひび割れて輝きを失っています。

私の光が、そのひび割れをゆっくりと確実に塞いでいくのが見えました。

やがて、魔石は完全な輝きを取り戻します。

そして、まるで鼓動するかのようにドクンと力強く脈打ち始めました。

それと同時に、ゴーレムの全身に刻まれた回路が青白い光を放ち始めます。

光が収まった時、ゴーレムの体は傷一つない完璧な状態に戻っていました。

失われていた左腕も、いつの間にか元通りになっています。

そして、ギィと重い音を立ててゴーレムの頭がゆっくりと私の方を向きました。

その兜の奥で、二つの赤い光が静かに灯ります。

『システム、再起動。自己診断プログラム、開始』

低く、合成音声のような声が私の頭の中に直接響いてきました。

『全機能、正常。損傷率、ゼロパーセント。外部接続を確認、魔力供給源を特定』

ゴーレムの赤い目が、私をじっと捉えます。

私は、あまりの出来事に声も出せずその場にへたり込んでしまいました。

『我が名は、ユニット734。古代文明によって造られし、自律思考型戦闘兵器です』

長き眠りから、私を目覚めさせたのはあなたですか。

私は、ただこくこくと頷くことしかできませんでした。

役立たずだと捨てられた私のスキルが、伝説の古代兵器を蘇らせてしまったのです。

この瞬間から、私の運命は大きく変わり始めることになりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る