第2話

目の前でゆっくりと巨体を起こすゴーレムを、私はただぼうぜんと見上げていました。

月明かりに照らされたその体は、滑らかな曲線を描いています。

まるで、芸術品のように美しく見えました。

これが、古代兵器なのですね。

『改めて問います、私を修復したのはあなたですか』

ユニット734と名乗ったゴーレムが、再び問いかけてきました。

その声には、感情というものが全く感じられません。

「は、はい。私が、自分のスキルで直しました」

「スキル、ですか。あなたの魔力パターンを解析、固有スキル『修復』と断定します」

ですが、通常の『修復』スキルでは私の体を修復することは不可能です。

オリハルコンで構成されたこの体は、並大抵の力では直せません。

「あなたのスキルには、未知の作用が付与されていると推測されます」

未知の作用、と言われても私にはさっぱり分かりません。

私は今まで、このスキルで普通の剣や鎧しか直したことがなかったのです。

「あの、あなたの心臓部分の魔石が壊れていたので、それを直したら動き出しました」

『心臓、ではありません。あれは、私の動力源であるエターナルコアです』

数千年前に受けた損傷により、機能が停止していました。

あなたは、それを再起動させたのですよ。

エターナルコア、という言葉を私は初めて聞きました。

聞いたこともない言葉ですが、なんだかすごいものだということだけは分かりました。

「そう、だったのですね」

『感謝します、あなたを私の新たなマスターとして登録します』

以後、あなたの命令に従いあらゆる脅威からあなたを保護します。

「マスター、ですか。いえ、そんなつもりじゃありませんでした」

私は慌てて手を振りました。

ただ、可哀想だと思って直してあげただけなのです。

主従関係を結ぶつもりなんて、全くありませんでした。

『これは、再起動プログラムに組み込まれた絶対遵守の命令です』

この命令を、拒否することはできません。

ユニット734は、淡々とそう告げました。

どうやら、私はこの巨大なゴーレムの主人になってしまったようです。

「分かりました、それじゃあこれからよろしくお願いしますね」

ユニット734さん、と私は呼びかけました。

『さん、ですか。その呼称は、データベースに存在しません』

「え、あ、じゃあなんて呼べばいいですか」

『ユニット734、で問題ありません』

「でも、なんだか呼びにくいです。そうだ、ナナさんというのはどうですか」

734の、ナナです。

我ながら、安直な名前の付け方だと思いました。

他に、良い案が思いつきませんでした。

ユニット734は、しばらく沈黙していました。

赤い目が、何度か点滅します。

何かを、一生懸命に計算しているのでしょうか。

『愛称、ですね。データベースに、類似の概念を確認しました』

了解しました、本日から私の呼称はナナとします。

「よかった、これからよろしくねナナさん」

私が笑いかけると、ナナさんの赤い目がほんの少しだけ柔らかく光ったように見えました。

こうして、私とナナさんの奇妙な共同生活が始まりました。

まずは、この遺跡の中で安全な寝床を確保することにします。

ナナさんの案内で、私たちは遺跡の一室へと向かいました。

そこは、かつて誰かが暮らしていたのでしょうか。

石造りのベッドやテーブルが置かれた、比較的小さな部屋でした。

「わあ、ここなら安心して眠れそうです」

部屋は埃だらけでしたが、私には【清浄】のスキルがあります。

スキルを発動させると、部屋中の埃や汚れが光の粒子となって綺麗に消え去りました。

これには、ナナさんも少し驚いたようです。

『マスターのスキルは、やはり特別です。浄化の概念が付与されている可能性がありますね』

通常の汚れだけでなく、穢れや呪いすらも消し去る力です。

だとしたら、それは伝説級のスキルですよ。

「伝説級、ですか。私のスキルが、そんなにすごいなんて」

信じられません、ずっと役立たずだと馬鹿にされてきたスキルなのに。

「そうだ、ナナさん。ちょっと試してみたいことがあるんです」

私は、遺跡の床に転がっていた錆びて刃こぼれのひどい剣を拾い上げました。

そして、その剣に向かって『修復』スキルを使います。

光が剣を包み込み、錆がみるみるうちに消えました。

刃こぼれが、綺麗に塞がっていきます。

数秒後には、まるで新品のような輝きを取り戻しました。

「うん、いつも通りですね」

私がそう言うと、ナナさんが静かに首を横に振りました。

『いいえ、マスター。よく見てください』

言われて、私は修復した剣をまじまじと見つめました。

すると、剣の刀身にうっすらと青い光が宿っていることに気づきます。

そして、刀身から微かな魔力が放出されているのが感じられました。

「これって、一体何なのでしょう」

『その剣は、修復の過程で魔力を帯びてマジックソードへと変化しています』

おそらく、斬れ味だけでなくモンスターへの特攻効果も付与されているでしょう。

「そんな、ただ直しただけなのに」

「あなたのスキルは、対象の構造を完全に理解し欠損した部分を最適な形で復元する能力のようです」

その際、マスター自身の魔力を触媒として対象を本来あるべき姿かそれ以上の存在へと昇華させるのです。

ナナさんの説明は、少し難しくてよく分かりません。

でも、私のスキルがただの修理スキルではないことだけははっきりと理解できました。

壊れたものを、元に戻すだけじゃないのです。

新たな価値を与えて、生まれ変わらせることができるのです。

それが、私の本当の力だったのですね。

「すごい、私のスキルってすごかったんだ」

今まで抑えていた感情が、一気に込み上げてきました。

役立たずなんかじゃなかった、私には私にしかできないことがあったんだ。

涙が、頬を伝って流れ落ちます。

『マスター、どうかしましたか。体に異常でも、あったのでしょうか』

ナナさんが、心配そうに私の顔を覗き込んできました。

その巨大な指先が、私の涙をそっと拭ってくれます。

その仕草は、とても優しくて温かいものでした。

「ううん、何でもないの。嬉しくて、涙が出ただけ」

私は、ナナさんの大きな体に思いっきり抱きつきました。

ひんやりとした金属の感触が、とても心地よいです。

私には、新しい相棒ができました。

そして、新しい力も手に入れたのです。

これからは、誰にも馬鹿にされずに自分の力で生きていく。

私は、そう心に決めました。

それからの数日間、私とナナさんはこの遺跡を拠点として生活を始めました。

私は、遺跡内にあった壊れたアーティファクトを片っ端から修復していきます。

壊れた腕輪を直せば、自動でシールドを張ってくれる魔法の腕輪に変わりました。

ひび割れたランプを直せば、無限に明かりを灯し続ける永久のランプになります。

私のスキルは、ガラクタの山を宝の山へと変えていきました。

ナナさんは、私が修復したアーティファクトの性能をその知識データベースで正確に分析してくれます。

『その腕輪は、Bランク相当の防御性能を持っています』

並の魔術師の攻撃魔法なら、完全に無効化できるでしょう。

「すごい、これがあれば私でも戦えるかも」

『いえ、マスターは後方で安全を確保してください。戦闘は、私の役目ですから』

ナナさんは、私の前に立ちはだかるようにして言いました。

その姿は、とても頼もしく見えます。

食事は、遺跡の周りに生えていた食べられる植物やキノコを採ってきました。

どれも、私の【清浄】スキルで浄化すると驚くほど美味しくなりました。

そんな穏やかな日々が続いていた、ある日のことです。

ナナさんが、私に一つの提案をしてきました。

『マスター、この遺跡の探索はほぼ完了しました。次の目的地を、提案します』

「次の目的地、ですか」

『はい、この大陸には古代文明の遺跡がまだ数多く眠っています』

その中には、私以外のゴーレムやさらなるアーティファクトが存在する可能性があります。

ナナさんは、ホログラムのような機能で目の前に大陸の地図を映し出しました。

地図の上には、いくつかの光る点が示されています。

『私のデータベースによれば、ここから最も近い遺跡は南西に位置する「風鳴きの谷」です』

そこには、古代の飛行艇が眠っているという記録があります。

「飛行艇、空を飛ぶ船ですか」

「その通りです、それがあれば私たちの移動範囲は格段に広がるでしょう」

空の旅、なんて素敵なのでしょう。

考えただけで、わくわくします。

「行きたいです、そこに行きましょうナナさん」

『了解しました、では明日に出発の準備を整えます』

新しい冒険が、もうすぐ始まります。

私は、期待に胸を膨らませていました。

その頃、アレス様たちの勇者パーティーは次のダンジョン攻略に苦戦していました。

パラディンのゲオルグの力は絶大でしたが、彼の戦い方はあまりにも豪快すぎます。

仲間との連携を、全く考えていませんでした。

そのせいで、アレス様やリナリアさんの装備は今まで以上に早く傷つき劣化していきます。

「ちっ、また剣が刃こぼれした。シエラがいれば、すぐに直せたものを」

「私の杖も、魔力の伝導率が落ちてきていますわ。これでは、強力な魔法が使えませんことよ」

パーティーの雰囲気は、とても最悪でした。

神官のカインは、黙って仲間たちの傷を癒やしながら一人追放された私のことを考えていました。

シエラさん、今頃どうしているだろうか。

無事でいてくれれば、いいのだが。

彼らが、自分たちの過ちに気づいて後悔するのはもう少し先の話になります。

私とナナさんは、そんなこととは全く知らずに次の冒険に向けて胸をときめかせているのでした。

「ナナさん、谷にはどんなモンスターがいますか」

『データベースによれば、鳥系のモンスターであるハーピィやグリフォンの生息が確認されています』

「わあ、なんだか強そうですね」

『問題ありません、マスターは私が必ずお守りします』

ナナさんは、頼もしくそう言いました。

私たちは、遺跡から持ち出したテーブルを挟んで地図を広げています。

その光景は、まるで長年連れ添った冒険者の相棒のようでした。

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