第4話

 時は流れ、翌日の昼休み。教室でいつものメンバーと昼飯を囲む。


「それで、誰かから返事はあったのか?」


 弁当の唐揚げをほおばりながら本郷が聞いてきた。


「俺もそのこと気になってた。昨日から何か進展はあったの?」

「いやあーしかし、佐々木殿の計略には改めて仰天せざるをえない。大胆不敵とはまさにこのこと。」


 細川と浜中も興味津々に聞いてくる。

 ちなみに細川と浜中にもラブレターのことは昨日の昼食時に話してある。


 ふと窓の外を眺めると、校庭の桜は昨日よりも花びらが散っているのが見えた。


「何も進展なし。いい作戦だと思ったんだけどな」


 昨日から今日の今に至るまで、女子からは一人も話しかけられていない。

 話しかけられるどころか、あからさまに避けられているのを感じる。

 避けられているだけならまだいいが、一部の女子は俺の方を見て、にやにやと笑いだしたり、ひそひそ話をしたりということが後を絶たない。

 中には、「まじ気持ち悪っ」とストレートに意見を申す者や、「変態、近寄らないで」と俺を勝手に性犯罪者に仕立て上げている者もいた。


 俺はただラブレターを書いただけだぞ?

 たしかに今のデジタル化が進んだ社会において、時代を逆行するほどのアナログ的手法を取ったことは認めるが、そんなにおかしなことをしたつもりはない。


 複数人を同時に相手したことも変だとは思わない。確かに今の日本は一夫一婦制だ。一人の旦那に一人の嫁が夫婦としての形だと法律でも定められている。しかし俺は何も結婚を前提に行動しているわけではない。彼女が同時に何人できようが法の裁きを受ける対象とはならない。


「やはり分からないな。なぜみんな俺のことを異端視するのか」


 甘い卵焼きを口の中でもごもごさせながら俺はそう言った。気のせいか、卵焼きの味がしょっぱいような感じがした。


「本気で分からないと思っていることが俺たちにとっては不思議なんだけどな」


 すました顔で本郷がそう言う。


「光源氏に比べたら、俺のしたことなんて大したことないだろ」

「あれは千年も前の創作物だろ」


 声高らかに笑いだす本郷。

 細川と浜中もくすくすと笑っている。

 

 俺はふと思った。紫式部という女性は当時、宮中の男をとっかえひっかえしてたんじゃないか?じゃなかったらあんな物語を作り出すことなんてできないはずだ。

 平安時代の男女の事情なんてものを考えたところで事実を確かめようがない。現代にタイムマシンは開発されていないのだから。

 

 弁当は全て平らげてしまった。

 時計を見ると残り十分で午後の授業が始まる。


 窓の外を見ると、校庭の桜の木にはまだ少しだけ花が咲いていた。

 ふと、咲いている花の一つに目が留まった。

 周りの花は、花びらが欠けていたり、色が褪せていたりしている中、俺の目に留まったその花は、五枚の花びらが欠けることなく大きく開き、色鮮やかなピンク色を解き放っていた。

 

 この花は何かを主張している。周りを寄せ付けない、いや、周りを気にしないと言った方が正しいのかもしれない。俺はその花にそんな奇妙な印象を持った。


 突如外に強風が発生する。

 校庭に砂煙が舞い、窓ガラスはドンドンという音をはき出す。

 もう一度窓の外を見ると、さっきの花が枝から消えていた。




 帰りのホームルームが終わり、次々と教室から出ていく生徒たち。


「佐々木殿、浜中殿、さっさと帰ろうではないか」


 細川の声を受け、俺と浜中は教室を後にし、3人で下校することに。

 俺と細川と浜中は帰宅部であり、よく一緒に帰宅している。

 いや、少し違うな。三人とも自転車通学なのは同じだが、俺の家と細川、浜中の家は逆方向にあり、門を出てすぐに分かれるため、正確には、駐輪場まで一緒に行って自転車を取り、そこで俺は二人と別れることになる。


 生徒玄関に着くと本郷がいた。

 こちらに気付くと「よっ」と手を振ってきた。


「お前、今日は部活行かないのか?」


 本郷はサッカー部に所属している。サッカー部は平日の放課後、毎日活動があるはずだ。しかし本郷は部活へ行く様子はなく帰宅しようとしている。


「今日は歯医者に行かなきゃ行けないんだよ。歯医者って何回も通わなきゃいけないからめんどくさいよな」

「歯は大切にしないとね、本郷君。朝、昼、夜の三回、しっかり磨かないと」

「母さんも同じこと言ってたよ。一応歯磨きは毎日してたんだけどな」


 溜息交じりにそう答える本郷。確かに、歯医者というのはめんどくさい。


 外履きに履き替え、生徒玄関を出ようとした。

 

 その時だった──。


「佐々木君」


 後方から名前を呼ばれ、振り返る。


 そこには一人の女子生徒が立っていた──。

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