第27話
使いの兵士は、俺が手紙を読み終えるのを待っていた。
そして俺が顔を上げると、改めて口を開いた。
「それからもう一つ、辺境伯様からの伝言がございます」
「伝言、ですか」
俺は聞き返した。
「はい、旧アルダー領の民たちが、街へ向かう道中で困っていると。彼らの乗る馬車は古く、街道も荒れているため、なかなか前に進めないそうです」
兵士は、少し申し訳なさそうな顔で言った。
「辺境伯様は、彼らのために新しい馬車を手配しようとされました。ですが彼らは、それを固く断ったそうです。どうしても自分たちの足で、ルーク様に会いに来たいと」
その言葉に、俺は胸を突かれたような思いがした。
彼らは俺に会うためだけに、そんな苦労をしながら旅を続けているのか。
俺が彼らのために、何かできることはないだろうか。
使いの兵士は愛想が良く、俺に敬意のこもった態度で一通の封筒を差し出した。
俺は、それを受け取り封を切る。
中には辺境伯様らしい、力強い文字でこう書かれていた。
橋の完成が近いと聞いて、心から嬉しく思うこと。
そして橋の完成を祝うため、盛大な式典をこのレンガの街サイで開きたいということ。
その式典には、ぜひ君にも主役として出席してもらいたいという願いが書かれていた。
国王陛下も、お越しになる予定だという。
「式典、か。少し、俺の柄ではないんだがな」
俺は、苦笑しながら手紙を読み進める。
だが手紙の最後には、もう一つ驚くべき内容が記されていた。
『追伸、旧アルダー領の民たちが、君に会って直接礼を言いたいと強く願っている。彼らは代表団を作り、すでにこのレンガの街サイへと向かっているとの知らせが入った。君がよければ、彼らにも会ってやってはくれまいか』
旧アルダー領の、民たちが。
俺に、礼を言いたいだと。
俺は、その手紙を手に持ったまま少しだけ戸惑っていた。
彼らに、どんな顔をして会えばいいのだろうか。
そんなことを考えていると、使いの兵士がさらに口を開いたのだ。
「それからもう一つ、辺境伯様からの伝言がございます」
「伝言、ですか」
俺は、驚いて聞き返す。
「はい、旧アルダー領の民たちが、街へ向かう道中で困っていると。彼らの乗る馬車は古く、街道も荒れているため、なかなか前に進めないそうです」
兵士は、少し申し訳なさそうな顔で説明した。
「辺境伯様は、彼らのために新しい馬車を手配しようとされました。ですが彼らは、それを固く断ったそうです。どうしても自分たちの足で、ルーク様に会いに来たいと」
その言葉に、俺は胸が熱くなるのを感じた。
彼らは俺に会うためだけに、そんな苦労をしながら旅を続けているのだ。
俺が彼らのために、何かできることはないだろうか。
「分かりました、伝言感謝します。辺境伯様には式典の件、ありがたくお受けするとお伝えください。民の代表の方々にも、ぜひお会いしたいと」
「かしこまりました」
兵士は深く一礼すると、馬に乗って去っていった。
俺は、しばらくの間彼らが行った街道の方角を眺めていた。
そして、一つの決意を固める。
その日の午後、俺は橋の建設現場の作業員たちを集めた。
橋の本体は、もうほとんど完成している。
あとは路面の舗装と、手すりなどの細かい飾り付けを残すだけだ。
「みんな、聞いてくれ。今日で、この現場での作業は一旦終わりにする」
俺の言葉に、作業員たちは驚きの声を上げた。
「どういうことですかい、親方」
「まだ、橋は完成してやせんぜ」
「ああ、分かっている。だがその前に、やらなければならないことができたんだ」
俺は、旧アルダー領の民たちのことを話した。
彼らが俺たちに会うために、困難な旅を続けていることを。
「俺は、彼らを迎えに行こうと思う。そして彼らが安全にこの街まで来られるように、道中の街道を全て整備するつもりだ」
俺の言葉に、作業員たちは一瞬黙り込んだ。
だがその沈黙は、すぐに一人の男の声によって破られた。
「面白い、面白えじゃねえか親方!」
木こりのリーダーが、にやりと笑って言った。
「俺たちも、ぜひ手伝わせてくだせえ。俺たちの作ったこの橋を、一番最初に渡るのがあんたを慕ってやって来た人たちだなんて、これ以上嬉しいことはねえや」
彼の言葉を合図に、他の作業員たちも次々と声を上げる。
「そうだそうだ、俺たちも連れてってくれ!」
「道作りなら、お手の物だぜ!」
彼らの目には、熱い光が宿っていた。
彼らはもはや、ただの雇われた作業員ではない。
俺と同じ志を持つ、頼もしい仲間たちだ。
「ありがとう、みんな。それじゃあ、力を貸してもらうぞ!」
俺たちはフォレスト・ブレイカーに乗り込み、旧アルダー領へと続く街道へと向かった。
フォレスト・ブレイカーの圧倒的なパワーの前では、荒れた街道など無いも同然だ。
深い轍はならされ、邪魔な岩は砕かれ、道はみるみるうちに平らで広くなっていく。
さらに俺はスキルを使って、道の両脇に排水路を作り、雨が降ってもぬかるまないように改良した。
半日ほど進んだ頃、道の先に数台の古びた馬車が、ゆっくりと進んでいるのが見えた。
あれが、民の代表団に違いない。
俺は、フォレスト・ブレイカーを止め、一人で彼らの元へと歩み寄った。
俺の姿に気づいた彼らは、驚いたように馬車を止めた。
中から村の長老らしき、白髪の老人が杖をつきながら降りてくる。
「もし、あなた様は」
老人は、俺の顔をじっと見つめ、何かを確信したように目を見開いた。
「もしや、我らの領地を救ってくださった、ルーク様ではございませんか」
その声は、感動に震えている。
「はい、俺がルークです。皆さんが大変な思いで、こちらへ向かっていると聞きました。迎えに来ましたよ」
俺がそう言うと、老人をはじめ、馬車から降りてきた人々がその場に深々とひざまずいた。
「おお、やはりあなた様でしたか。このご恩、何と言って感謝すればよいか」
「あなた様のおかげで、我々は長年の苦しみから解放されました」
彼らは、口々に感謝の言葉を述べ、涙を流している者さえいた。
俺はそんな彼らに、一人一人手を差し伸べ、立ち上がるように促した。
「やめてください、そんなにかしこまらないで。俺はただ、自分がやるべきだと思ったことをしただけです」
「いいえ、あなた様は我々にとって救世主です。どうか、我らの感謝の気持ちを受け取ってください」
長老はそう言うと、荷馬車の中から一つの木箱を大切そうに持ってきた。
「これは今年の秋に、我らの畑で初めて収穫できた小麦で作ったパンです。まだほんの少ししかありませんが、あなた様に一番に食べていただきたくて」
箱の中には素朴だが、とても美味しそうなパンがいくつか入っていた。
彼らの心が、ずっしりと詰まっているように感じた。
「ありがとうございます。ありがたく、いただきます」
俺は、そのパンを一つ手に取り、ゆっくりと口に運んだ。
小麦の香ばしい香りと、優しい甘みが口の中に広がる。
それは、今まで食べたどんなごちそうよりも、美味しく感じられた。
俺は彼らの古い馬車を、スキルを使って新しく頑丈なものへと作り変えてやった。
そして俺たちが整備したばかりの、平らで安全な道を、一緒にレンガの街サイへと向かって進んでいく。
彼らは生まれ変わった街道と、乗り心地の良くなった馬車に、何度も驚きの声を上げていた。
数日後、俺たちはついに風切り谷へとたどり着く。
目の前に巨大で美しい木の橋が姿を現した時、民の代表団は、完全に言葉を失っていた。
「こ、これが、ルーク様がお作りになった橋」
「なんと、美しい。まるで、天への架け橋のようだ」
「さあ、皆さん。この橋の、最初の客はあなた方です。どうぞ、渡ってください」
俺がそう言うと、彼らは申し訳なさそうにしながらも、ゆっくりと馬車を橋の上へと進めた。
橋の上は、驚くほど揺れが少なく、安定している。
彼らは、欄干に施された美しい彫刻に、感嘆の声を漏らした。
その時だった。
橋の中央で、リリアとルナが花かごを持って待っていてくれた。
二人は代表団の馬車が近づくと、祝福するように色とりどりの花びらを道に撒いた。
それは、まるで物語の一場面のように幻想的で美しい光景だった。
橋の向こう岸では、ゲオルグさんをはじめとする作業員たちが、拍手で彼らを迎えている。
民の人々の目からは、温かい涙がとめどなく流れていた。
橋の完成を祝う式典は、その三日後、レンガの街サイの中央広場で盛大に行われた。
広場には街の住民はもちろん、噂を聞きつけた近隣の村々からも、大勢の人々が集まっている。
国王陛下と辺境伯様も、特別に設けられた観覧席から、その様子を満足そうに眺めていた。
俺は、主役として壇上に立つことになったが、どうにも居心地が悪い。
リリアとルナも、俺が作った揃いのドレスを着て、少し緊張した面持ちで隣に立っている。
辺境伯様の、高らかな開会の挨拶で式典は始まった。
そして国王陛下から、俺の働きを褒める言葉が述べられる。
俺は、ただただ体を小さくするばかりだった。
式典の最後、俺はマイクの前に立つように促された。
何か、一言挨拶をしなければならないらしい。
俺は深呼吸を一つして、集まった大勢の人々を見渡した。
そこには、たくさんの笑顔があった。
街の住民も、作業員の仲間たちも、そして旧アルダー領から来た民たちも。
誰もが、希望に満ちた顔で俺を見つめている。
その顔を見ていたら、不思議と緊張が解けていった。
俺は、マイクに向かって自分の素直な気持ちを話し始めた。
「俺は、ただ、大切な家族と穏やかに暮らしたかっただけです」
俺は、隣に立つリリアとルナの手を、そっと握った。
「そのために、家を作り畑を耕しました。ですが世の中には、人のささやかな幸せを自分の都合で奪おうとする者たちがいます。俺は、それが許せなかった。だから、戦うことを選びました」
俺の言葉に、広場はしんと静まり返る。
誰もが、真剣な表情で耳を傾けていた。
「俺一人の力は、小さいものかもしれません。ですが俺には、助けてくれる仲間がいました。信じてくれる、家族がいました。だから、どんな困難にも立ち向かうことができたのです。この橋は、俺一人で作ったものではありません。ここにいる全ての仲間たちの力と、皆さんの応援があったからこそ完成したのです。本当に、ありがとうございました」
俺がそう言って深く頭を下げると、次の瞬間、割れんばかりの拍手と歓声が広場全体を包み込んだ。
その音は、いつまでもいつまでも鳴り止むことがなかった。
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