第28話

橋の完成を祝うお祭りは、大成功のうちに幕を閉じた。

その日の夜、辺境伯様の屋敷では、関係者だけを招いたささやかなお祝いの会が開かれていた。

国王陛下も、堅苦しいのは無しにしよう、と言って参加してくれている。


豪華な料理が並ぶテーブルを囲み、誰もが今日の成功を喜び合っていた。

俺は、人の多さを避けて、テラスで夜風に当たっていた。

昼間のにぎやかさが嘘のように、王都の夜は落ち着いている。

空には、美しい満月が浮かんでいた。


「ルーク様」

ふと、背後から声をかけられた。

振り返ると、そこにはゲオルグさんが、ワイングラスを片手に立っていた。


「ゲオルグさん、お疲れ様でした。今日は、ありがとうございました」


「いえ、礼を言うのはこちらの方です。あなた様のおかげで、私は生涯忘れられない、最高の仕事を経験することができました。あの橋は、我々技術者にとって、永遠の誇りとなるでしょう」

ゲオルグさんは、心からの感謝を込めて言った。

その顔は、大きな仕事を終えた満足感に満ち溢れている。


「完成した橋ですが、辺境伯様は『希望の橋』と名付けられました。まさにこの街の未来を照らす、希望の光ですな」


「希望の橋、ですか。良い名前ですね」

俺は、静かにうなずいた。


俺たちが話していると、リリアとルナがテラスにやってきた。

二人とも、お祝いの会の雰囲気に少し疲れたのかもしれない。


「ルーク、ここにいたのね」

「お星様が、とってもきれいだよ」


二人は、俺の隣に並んで夜空を見上げた。

その小さな横顔が、月明かりに照らされてとても美しく見える。


「ルーク殿、あのお二人は」

ゲオルグさんが、不思議そうな顔で尋ねてきた。


「俺の、家族です。何よりも、大切な」

俺がそう答えると、ゲオルグさんは全てを理解したように、優しくほほ笑んだ。


「なるほど、あなた様が、あれほどの力を発揮できる理由が分かったような気がします。守るべきものがある人間は、強いものですな」

ゲオルグさんはそう言うと、俺たちに一礼して部屋の中へと戻っていった。


テラスには、俺たち三人だけが残された。

しばらく誰も何も言わずに、ただ夜空を眺めていた。

心地よい静けさが、俺たちを優しく包み込む。


やがて、リリアがぽつりと言った。


「ねえ、ルーク。これから、どうなるのかしら」


「どうなるって?」

俺は、リリアの顔を見る。


「私たちの暮らしよ。もう、悪い人たちに追われる心配もなくなった。橋も完成したし、あなたはこの国で一番の職人になったわ。これから、もっともっと大きな仕事が、あなたを待っているんじゃないかしら」

リリアの声には期待と、ほんの少しの不安が混じっているように聞こえた。


「そうだな、もしかしたらそうかもしれない。王様からは、王都に新しい家を用意しようかなんて話もされたしな」


「えっ、ほんと。王都に住むの」

ルナが、驚いたように声を上げた。


「まあ、もちろん断ったけどな」

俺が笑って言うと、二人はほっとしたような顔をした。


「俺たちの家は、あの森の砦だけだ。これからも、それは変わらないよ。どんなに立派な屋敷をくれると言われても、あの家以上に落ち着ける場所はないからな」


「そっか。よかった」

リリアが、心から安心したように、小さく息を吐いた。


「仕事は、これからも続けるつもりだ。王家付きの特任工匠なんて、大げさな名前をもらったしな。困っている人がいれば、力を貸してやりたい。だけど俺の基本は、あくまで森での暮らしだ。お前たちと畑を耕したり、ニワトリの世話をしたり、時々家具を作ったり。そんな普通の毎日が、俺にとっては一番の宝物なんだ」


俺がそう言うと、リリアとルナは、顔を見合わせて嬉しそうに笑った。


「うん、私もそれがいいわ」

「るなも、ずっとルークと一緒がいい!」


二人が、左右から俺の腕にぎゅっとしがみついてくる。

その温もりが、俺の心にじんわりと広がっていった。


お祝いの会が終わり、俺たちは辺境伯様の屋敷に用意された客室で、その夜を過ごした。

久しぶりに、ふかふかの羽毛布団で眠ることができる。

だが、俺はなかなか寝付けなかった。

これまでの出来事が、次から次へと思い出される。


家を追い出された、あの寒い日のこと。

森でリリアとルナに出会った、運命の日。

三人で力を合わせて家を建て、畑を作った楽しい日々。

そして、アルダー家との、最後の戦い。

全てが、まるで夢の中の出来事のようだった。

だがこれは、紛れもない現実なのだ。

俺は自分の力で、運命を切り開いてきた。


翌日、俺たちは王都を出発し、森への帰り道についた。

辺境伯様やバルトロさんたちとの別れは、少しだけ寂しかった。

だが彼らとは、これからもずっと良い関係が続いていくだろう。


ステルス・キャンパーは、新しく完成した希望の橋を渡る。

橋の上からは、風切り谷の雄大な景色が一望できた。

多くの人々が、馬車や徒歩でこの橋を行き交っている。

彼らの顔は、皆、希望に満ち溢れていた。

この橋が、この土地に新しい未来をもたらすだろう。

その光景を見て、俺は心の底から、この橋を作ってよかったと思った。


数日後、俺たちは懐かしい我が家へと帰り着いた。

砦の門をくぐると、そこにはいつもの穏やかな時間が流れている。

ニワトリたちが元気に庭を歩き回り、畑の野菜は、青々と葉を茂らせていた。


「やっぱり、ここが一番落ち着くな」

俺がしみじみとつぶやくと、リリアとルナも深くうなずいた。


「ええ、本当に」

「ただいま、おうち!」


俺たちの、長くて短い戦いは終わった。

そしてここからが、俺たちの本当の日常の始まりだ。

俺は大きく伸びをすると、作業場の戸を開けた。

木の香ばしい匂いが、俺の鼻をくすぐる。

作りかけの椅子が、主人の帰りを待っていたかのように、そこに置かれていた。


「さあ、仕事の続きでもするか」

俺は、工具を手に取り、にやりと笑った。


「ルーク、お茶が入ったわよ」

「るな、おてつだいするー!」

家の中から、二人の明るい声が聞こえてくる。

俺は、その声に「ああ」と答えながら、木を削り始めた。

カンナをかける軽快な音が、森の中に心地よく響き渡る。

それは、世界で一番平和で、幸せな音に聞こえた。

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